(17)神様の意味、はるかの心
淡い光の中にワタシたちは浮かんでいた。三百六十度全方向の巨
大スクリーンに、今は何も映ってはいない状態なんだろう。
「はるかくん、コレまで私たちは色々と観てきたよね。『死』の意
味も『生』の意味も幾分かは分かってくれたと思うんだ」
ハジメ君はワタシの真正面で、真面目な顔をしてそう言った。
「うん」
ワタシはただそう返事をした。確かにハジメ君との経験で色んな
コトを考えるようになった。幻覚とは言え、うまくまとまった自己
演出? 起承転結って言えるんだろうな。
「はるかくん、キミ、神様のコトを信じてないって言ったよね」
「うん」
それは今でもそう思う。もし、神様が本当にいるとしたら、どう
して人間の前に姿を現して、人間に忠告なりをしないんだろう。ど
うして悪い奴を神様自ら罰しないんだろう。祈っても祈っても、返
事をくれないんだろう。コレは不思議でならないよ。コレが無いっ
てコトは、やっぱり神様なんていないんだ。そうじゃない? 自称
神様のお使いのハジメ君?
「じゃあさ、はるかくんは神様がいるのといないのとどっちがいい
の?」
ハジメ君はごく当たり前の顔をしてそう訊ねた。まるで左のおに
ぎりと右のおにぎりのどっちを選ぶの? ってカンジでさ。ワタシ
はちょっと面食らってしまった。
「え? そりゃ、いた方がいいに決まってるよ。当たり前でしょ」
「じゃあ、神様はいるって信じなよ。いてもいなくても同じなら、
いるって思った方がいいでしょ? 思う分には自由だからさ」
それが当たり前、って顔のハジメ君だ。
「あ! そんな考え方もあるんだ!でも…」
「学校の教室を思い浮かべてごらん。今クラスには生徒だけで、み
んな好き勝手をやってる。席を離れて走り回る子もいるしオシャベ
リに夢中な子もいる。そこに先生が現れた。みんなは当然おとなし
くするよね。怒られるのがイヤだし、先生の言うコトは聞かなくっ
ちゃいけないからね。でも、ソレは生徒たちが仕方なくしてるコト
だ。先生がいなくなったら、また同じコトの繰り返しだろう。コレ
じゃ、生徒たちに進歩はないよ。先生は生徒たちの自主性を重んじ
てる。だから先生は姿を現さず、時々先生はいるよって話だけで、
生徒たちにまかせてるんだ。そのうち、こんなんじゃダメだってコ
トになって、生徒たちだけでもちゃんと出来るようになる。また、
そうなってこその先生だからね。そりゃ、先生が直接イタズラ坊主
にお仕置きをした方が話は早いさ。でも、それじゃ、力での支配に
なってしまう。支配は先生の望みじゃない。だからね」
「それって、教室が世の中で、先生は神様ってコト?」
「まあね。変なたとえで悪かったけれど、分かりやすいだろ? 神
様はお姿を現しにはならない。それは人間の為なんだ」
「ふうん。何だか誤魔化されたみたいな気もするよ」
「そう? ゴメン。でもね、神様ははるかくんがいると思えばいる
んだ。そしてそう思った方が、気が楽になるだろ? それだけでも
いいじゃない」
「うん。そうだね。確かにハジメ君の言う通りだ。そう、なんでも
心構えひとつ。そう言うコトでしょ?」
ハジメ君はそれには答えず、黙って笑ってるだけだ。
「じゃあ、最初の場所に戻ろうか。いよいよ最後の審判を下すよ。
それが私の本当の仕事だからね。はい、おでこを出して、目を閉じ
て」
ハジメ君の手の感触を感じてから目を閉じると、ワタシたちは移
動をしたようだった。今ではもうコレがごく当たり前の行為に思え
る。
最初の場所と聞いていたから、ワタシはひとつため息をついてか
ら目を開けた。今では何だか足を踏み入れたくない場所のように思
えたからなんだけど。
「あれ? ココって、最初の場所なの?」
最初の場所。アレは暗闇の世界で、ハジメくんが現れてから薄闇
の世界に変わった場所だった。足下に半分枯れかかった芝生があっ
たっけ。でも今は?
明るい太陽の下、風は心地良く、芝生は緑に輝き、初夏の趣があ
る。ココが最初の場所だなんて信じられないよ。
「そうだよ。ココが最初の場所さ。キミの姿を見つけるのにも苦労
したっけ」
そうだった。始まりはハジメくんの呼びかけだったよね。
「はるかくん、ココがどこだか分かるかい?」
そう言われても分からない。どこかの公園かな? でも見覚えは
ないよ。
黙っているとハジメ君がそのまま続けた。
「はるかくん、ココはね、キミの心の世界なんだ。キミは自分の心
の中に埋もれてしまうところを私に発見されたという訳さ」
「ワタシの心の中?」
「キミは事故にあって、魂が体から離れてしまった。普通はお迎え
役が行って仕事をこなすんだけど、キミの場合は神様がチャンスを
お与えになったんだ。キミは自分の心の中で、どうするかを選べた
んだ。そのまま自分の心の中に埋もれて、闇に変わってしまうか、
もう一度生きる決意をして自分の体に帰るかをね。あ、闇に埋もれ
てしまった場合は、後で回収をして魂は天に昇るコトにはなっては
いたんだけど」
「…でもどうしてワタシだけにそんなコトを?」
「そりゃ、キミが毎日神様に祈ってたからだし、間違いとは言え、
何かを助けようとして事故にあったからだよ」
「あ!」
「学校じゃ、先生もキミのコトは考えてる。それに何でもお見通し
だからね。性格から成績、学習態度まで」
あ、たとえ話ね。と言うコトは、神様がワタシのコトを考えてく
れていた? ホント?
「神様はみんなのコトを考えていてくれる。キミの疑問への答えが
この経験だったしね。そうそう、私の姿がハジメ君なのも、キミが
望んだコトなんだ。それに答えてのこの姿。まあ、はるかくん自身
は分かってはいないだろうけどね」
「ン〜、それは本当に分からない。でも、ハジメ君で良かった気が
する。ワタシ、ハジメ君が好きなのかな?」
照れてじゃなくって、ホントに分からなかったんだ。
「キミはまだ子供だから、愛だの恋だのってコトは分からないかも
知れない。でもキミがハジメ君を大切に思っているのは確かだろう
ね。まあ、人生は長い。これからだって考える時間はいくらでもあ
るさ」
「うん…」
それからハジメ君は芝生の上で気をつけをして
「風野はるかくん。質問します。キミにはチャンスがあります。こ
のチャンスをものにしますか?」
真面目な顔をしてそう訊ねた。ワタシは目を閉じて考えた。『死』
について。死ぬコトについて。『生』について。生きるコトについ
て。それから、世の中の仕組みについて。
言葉がごく自然と口からこぼれた。
「お願いします。ワタシ、まだ死にたくはない。生きて、それから
人生を楽しみたい。だってせっかく神様がくれたごほうびだもの。
今こうして魂のままそれに気づいても、バーチャルだけじゃつまら
ないよ。実際の体で、人生を送ってみたい」
ワタシは本当にそう思った。魂のままじゃ生きてる者にも気づい
てもらえないし、抱きしめても分かってもらえないなんて悲しいも
の。
「よし。分かった。審判役が審判を下すよ。風野はるかくん。キミ
はチャンスをものにしました。キミはもう一度生きるコトが出来ま
すよ。良かったね」
ニコッと笑ったハジメ君に思わず抱きついた。
「ありがとうハジメ君。ワタシ嬉しいよ。ありがとう」
「ハハ、照れちゃうな。まあ、コレが仕事だからね。でも、私にも
いい経験になったよ。こっちこそありがとう、はるかくん」
ハジメ君はワタシの耳元でそう言うと、さっと身を引いてから姿
勢を正した。
「それじゃ、お別れだ。目を閉じておでこを出して」
「あの、ハジメ君、もうあなたには会えないのかな? その、ホン
トのハジメ君じゃなくて、そのあなたには?」
お別れ、という言葉を聞いてワタシは胸が痛くなった。出来るコ
トなら別れたくないよ。
ハジメ君は一瞬ビックリした表情を浮かべたけれど
「風野はるかくん、キミとこうして会えるのは多分最後だね。あ、
もしかしたら百年後くらいに、天界で会えるかも知れないけどね。
ほら、うちの部長がキミのコトを気に入っていたから。そうなった
ら同僚になれるかも知れない、かな?」
最後は笑ってそう答えてくれた。ワタシはもうそれ以上は聞かな
かった。
「そうだ、キミが生き返った時、コレまでのコトはすべて幻覚だか
らね。あまり真面目な顔で誰かに話したりすると気持ち悪がられる
から。気をつけな」
ハジメ君はワタシのおでこに手をつけながらそう言った。ワタシ
は目を閉じながら
「分かってる。コレはすべて幻覚。ワタシの脳が生み出した幻。当
たり前じゃない。だからハジメ君と別れるのだって悲しくなんかな
い。悲しくないんだから!」
言葉とは裏腹に涙が出た。目を閉じても涙が出るコトを、この時
ワタシは初めて知った。
「はるかくん、生きるコトは神様のごほうびだよ。それを忘れない
で。せっかくのごほうびは大切にね」
それがハジメ君の最後の言葉だった。




