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(16)砂漠、そして

 ハジメ君がまたパチンと指を鳴らした。今度は目の前に砂漠が広

がった。見渡す限り砂の海だ。そこを乾いた風が吹き抜けてゆく。

風の視線で砂漠が見えているようだ。

「ココはね、見た通りの砂漠だよ。生き物が住むには条件がキツ過

ぎる。でも、こんな所にも命はあるんだ」


 目の高さの砂漠になった。そこを小さなトカゲが走ってゆく。

「ココでは水は貴重だ。生き物はどんな生き物でも水が必要だから

ね。ココで生きてる生き物は、水を沢山採らなくてもいいように進

化してるんだ」

「ふうん。それじゃそんな進化をしない人間は、ココには住めない

ね。だって、進化した水を必要としない砂漠人間、なんて聞いたコ

トがないもの」

「そう思うだろ? ところが住んでるんだな。それも何百年も前か

らね」

 見る見るうちにトカゲが小さな点になり、そして見えなくなって、

高い所から見おろす視線になった。砂漠の真ん中にテントの様なモ

ノが幾つか見える。


「ほら、あそこに人間が住んでる。砂漠にもオアシスという水場が

ある。それを利用して何とか生活してるんだ」

 ネットで観たドキュメンタリーを思い出した。国営放送のオンデ

マンドで、音楽がキレイな番組だったな。


「ココの環境は厳しいから、明日のコトだって分からない。オアシ

スだっていつ枯れるか分からないからね。おまけに争いもあるし」

「争いって?」

 テントから視線は移って、今度は何やらゴロゴロと転がってるモ

ノの上にピントが合った。よく見ると、壊れて半分埋まりかけた戦

車だ。

「戦争があったのね」

「うん。まあ正確には、あったじゃなくて今もあるだな。戦闘こそ

無いけれど、睨み合いは続いてるからね」

「戦争中なんだ…」


 ワタシは改めて人間のコトを思った。生き物の中で一番争いが好

きな種、そんな言葉を聞いたコトもある。やっぱり人間はそんなに

争い事が好きなんだろうか。

「厳しい環境だからこそ、争いの種も尽きないんだ。本当は助け合

ってが理想なんだろうけど、現実はそう甘くはないんだろうよ」

 そう言うハジメ君は寂しそうに見えた。


 その埋まりかけた戦車の横を、何人かの人間が、頭の上に何かを

載せて通り過ぎるのが見える。スーッと寄って、アップになったそ

の顔には、まだ幼さが見える。子供だ。多分ワタシと同じくらいか、

年下だ。

「あの子たちはね、オアシスの水場に水をくみに行くところなんだ。

そうだな、時間で言うと半日仕事だね」

 ハジメ君はそう言うとワタシの目を見つめた。

「ココじゃ、子供も大切な労働力なのさ。彼らは生きる為に水をく

みに行くんだ」

「生きる為に?」

「そう。今の彼らにキミの悩みを告白する勇気があるかい? ワタ

シの先の見えてる人生に価値がありますかってね? 多分、彼らに

とってキミの悩みは、贅沢以外の何物でもないだろうよ」

 一言も無かった。その通りだ。ワタシとこの子たちとじゃ、余り

にも環境が違い過ぎる。


「彼らにとっては今日一日を生き抜くコトが大事なんだ。先が見え

ないからね」

「じゃ、彼らには楽しみとか生き甲斐は無いの?」

 ワタシは思わずそう口に出していた。だってホントにそこが知り

たいんだもの。

「それは彼らに聞いてみなくちゃ分からない。でもね、多分答えは

彼らの顔を見れば分かるんじゃないかな? ほら」

 そう言われて、ワタシは彼らの顔をじっと見た。悲しそうな顔の

子は一人もいない。みんなしっかりとした目をしている。そう、自

信に溢れているようにも見えるんだ。

「彼らには責任感と誇りがある。だって自分が水をくみに行かない

と、それこそ家族みんなが生きてはいけないからね」

 責任感と誇り。今のワタシには無縁な言葉だ。何だか彼らがうら

やましく見えてきた。


 と、突然、小さな子が転びそうになった! 自分の体には大き過

ぎるタンクをもてあまし、よろけた格好だ。するとすかさず、大き

な子が支えて助けてあげた。多分、大丈夫かと尋ねているんだろう。

その時の小さな子の笑顔! ありがとう、でも大丈夫だから。そう

答えて笑ったに違いない。ワタシは確信した。ああ、彼らには彼ら

の楽しみや生き甲斐はあるって。水をくんで帰った時の達成感や満

足感、家族からの感謝、まるで自分が感じるみたいに想像するコト

が出来た。


「ふうん。はるかくんも何か分かったみたいだね。現実問題として、

彼らには明日が見えない。でも、その中でも楽しみや生き甲斐はあ

る。人間はたくましい種なんだもの」

「たくましい種?」

「そうさ。おまけに賢い種でもね。だからこそこんな厳しい環境の

中でも生き続けて来られたんだから」

「うん」


 ワタシは人間を少しだけ見直した。

「はるかくん、環境が違えば価値観も違う。それは当たり前さ。だ

からはるかくんの悩みだって、はるかくんの世界では分からないで

もない。ココの子供たちだって、はるかくんの世界で暮らしていれ

ば、そう考える子も出てくるかも知れない。反対にはるかくんがコ

コに住んでいれば、そんなコトは考えもしないだろう。環境が違え

ば、価値観は違うから。でもね、同じなのは『人間は生きているだ

けで価値がある』ってコトさ。更に言えば、同じ生きているなら楽

しく、生き甲斐を持っての方がいいかもねってコトなんだよ」

「いいかもねって、どういう意味?」

 ハジメ君のこの言葉に引っ掛かった。


「うん。だから選ぶのはその人次第。楽しいコトが無くても生き甲

斐が無くても、その人生はその人のものだからそれはその人の自由。

裏を返せば、楽しく生きようとするならいくらでもそう出来るって

コトさ。人間は環境が整っていて、うまく生き続けるコトが出来た

としてもせいぜい百年が限度だろう? リミットが決まってる。そ

の時間をどう生きてゆこうと、それはその人次第って訳。どっちも

選ぶコトが出来る。まあ、心構えひとつ、ってコトだね」


 心構えひとつ! また心の問題だ! 人間と他の動物と違うのは、

本能以外に心があるコト。その心のありようで生き方に違いが生ま

れる。

「人間に生まれてきただけでも奇跡。そうして、生きてるってコト

は、神様のごほうびなんだから。ごほうびは大切にしなくっちゃね」

 うなずくワタシに向かって、ハジメ君はもう一度指を鳴らした。

今まであった砂漠は無くなり、目の前には光だけがあった。

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