(13)はるかの告白と天界システムの変更?
「どうだった? うまくいったかい?」
山名のおばあさんの病室で、ハジメ君はそう言って迎えてくれた。
「うん。何とかね。それより、あの場所、天国の入り口なんでしょ?
門の向こうが天国で」
ワタシは今は誰も寝ていない、空いてるベットに座りながら言っ
た。緊張の糸が切れて、ほんの少し疲れていたからだ。向の山名の
おばあさんは、相変わらず静かに横たわっている。このおばあさん
も魂が体から離れたら、素直に、心安らかに天国に行って欲しい、
そう思う。
ハジメ君は少し考えてから
「いいや。門の向こうが直ぐ天国って訳じゃない。キミが見たアレ
はね、審判の門なんだ」
「審判の門?」
「そうさ。あの門をくぐってから、いわゆる振り分けがなされる。
ほら、俗に言う天国か地獄か。はるかくんの行った場所はまだその
どちらでも無いと言う訳」
「そう。あそこでも充分に天国みたいだったけどね。それじゃ天国
はもっともっと素晴らしいんだね? あ、そうだ、あのおばあさん
は天国にいけるわよね?」
ワタシは自分が立ち会ったあのおばあさんのコトが気になってい
たんだ。あの天使様は返事をしてくれなかったし。
ハジメ君は山名のおばあさんをちょっと確認してから、ワタシの
座っているベッドに並んで腰を掛けた。
「それは私にも分からない。審判部で丁寧に吟味されてから結果が
出るシステムだからね。ただ、人間はみんな罪人だってコトは言え
る。人間として生きてきたなら、罪のない人はいないからね」
「え? 人間は誰もがみんな?」
「そうさ。聖人君子も人殺しもみんな罪を持ってる。あ、コレはい
わゆる犯罪とは意味が違うよ。そう、言うなれば生きてゆくコト自
体が罪のようなモノだからね」
「え? 生きてゆくコトが罪なの?」
ワタシは驚いてしまった。それならみんな死んでしまった方がい
いというの? そう言うコトじゃない。
「まあ、コレはキミにはまだ難しいかも知れない。でもね、生きて
いる限り人間は罪を犯す。だから謙虚にならなくてはいけないよ。
自分の命をながらえる為に他の命を絶つ。毎日の食事にしてもそう
だろ? コレを当たり前だと思ってはいけないんだ」
「うん。ワタシ、それは勉強したから分かる」
「そうだったね。他にもまだあるよ。便利な暮らしの為に、自然や
他の生き物を脅かしてる。コレは人間の生活すべてに関係がある」
「生活すべて?」
「そうさ。何をするにしても人間は罪を犯す。でもね、それがすべ
ていけないって話じゃない。罪を犯すのもしかたがないだろう。で
もそこに謙虚さとか感謝の気持ちがなければならないんだ」
「うん」
「謙虚さとか感謝の気持ちは、必ず行動に出る。それがあるか無い
かでは、結果に大きな違いを生む。心掛け、心構え次第で、どのよ
うにもなるんだ」
「あ、最終的にはやっぱり心の問題なのね」
「ん。そう言うコトかな。人間はみんな罪人だから、審判の門でど
ちらに振り分けられるかはやっぱりその人の心掛け次第。自分で生
き物を殺したコトがない人が地獄で、毎日何百って命を絶ってる人
が天国ってコトも珍しくはないからね」
「…そうなんだ。でも今のワタシには、その辺りの違いは難しいよ」
「うん。風野はるかくん、キミはまだ子供だ。人生も始まったばか
りで、まだまだこれからなんだから。そんなに急がなくてもいいん
だ」
ハジメ君の言葉はワタシの心に響いた。涙が出そうになった。で
もそれだからこそ、ワタシは今まで密かに思っていたコトを、ハジ
メ君にぶつけてみたくなったんだ。コレまでだったら絶対に他の人
には知られたくないホントの気持ちを。
「うん。でも、ワタシ、まだ子供だけど、先が見えてる気がするの。
このところずっとそう思ってた。神様にずいぶん質問だってしたの
に、一度も答えは返ってこなかった。まあ、もう諦めてはいるけど
ね。神様なんていないって。あ、今のコレはすべて幻覚なんだから、
この際ってコトもあるけど、自称神様のお使い、代理人のハジメ君
に、ぜひ聞いてみたい。ねえ、先の見えてる人生でも、価値がある
のかな?」
最後は舌を出してちょっとおどけてみた。そうでもしなくっちゃ、
こんなコトはとても聞けないよ。
ハジメ君も笑ってくれると思ったのに、黙ってしまった。と、見
る見るうちに涙が溢れ、頬を伝わって二筋の光となった。
「風野はるかくん、キミはまだ子供なのにそんな風に思ってたんだ
ね。キミの今の『時代』が子供の心をそんなにも押し込めているな
んて。ゴメンよ、気づいてやれなくて」
「あ、そんな。真剣にとってくれなくてもいいのに。ちょっと聞い
てみたかっただけだから。ね、ワタシが悪かったわ。ゴメンなさい。
今の質問は聞かなかったコトにして。ね?」
予想外のハジメ君の反応に、ワタシはアセってしまった。
ハジメ君はしばらく黙っていたけれど、顔を上げると
「よし! コレまでは『死』についての経験だったから、今度は方
向を変えてみよう。はるかくん、いいかい。今のキミの質問への答
は最後までとっておくよ。きっとキミにも分かるから」
「うん」
分かっても分からなくても、ワタシはこの目の前のハジメ君を信
じよう。その時のワタシは心からそう思ったんだ。
「さて、それじゃ、ちょっと他の部屋を見てみよう。都合がいいこ
とにココは総合病院だ。たまにはゆっくり歩いてゆくのもいいでし
ょ?」
「そうだね。でも、この山名のおばあさんは大丈夫なの? それに
お迎え役とおなだめ役の子はどこへ行ったの? ワタシが代わりを
したのに姿が見えないのはおかしいよ」
ホントは三人で迎えてくれると思ってたのに、肝心な二人の姿が
なかったのでワタシは残念に思ってたんだ。
「うん。あの二人は急きょ呼び出しがかかって本部に戻った。天界
にあるね」
「ふうん。そうだったの。あ、天界って言えば、門の所で『ザ・天
使様』ってカンジの人と会ったわ。引継役の」
ワタシはその人のコトをコト細かく説明した。ハジメ君は眉をひ
そめて聞いていたけれど
「もしかして、ちょっとガラが悪かったりした?」
恐る恐るそう訊ねてきたんだ。
「そう、よく分かったわね。それからその人、ハジメ君も審判部だ
とか言ってた。ワタシ、スカウトされたんだから」
「ホ、ホント?」
「ええ。ついでだから言いたいコトも言ってやったわ。ワタシはス
ッとしたけど、部長さんでもないのに今考えれば悪いコトをしちゃ
ったな」
ハジメ君はコレを聞いて頭を抱えた。
「はるかくん、まずいよ。あの人はね、うちの部長なんだ。お迎え
部、おなだめ部を指導する立場でもあるんだよ」
「いっ? ワタシ、ダメ出ししちゃった。おまけにずいぶんエラそ
うな態度で」
「うわ〜、まあ知らなかったとは言え、キミはスゴイよ。私はとて
もそんなコトは出来ないな。でもどうしよう。私が後で叱られる」
ハジメ君は本気で心配してるみたいだ。
と、その時、二人の天使様がパッと現れた。白い衣装をまとい、
白い羽根を羽ばたかせ、頭の上に金の輪を浮かべている。やっぱり
見るからに、のスタイルだ。
二人は息を弾ませて、大慌てで
「おい、えらいコトになったよ。今お迎え部は大騒ぎさ」
「そうなんですよ。ワタクシの所もです」
ハジメ君に当たり前のように、そう話しかけた。
「えっ? 何かあったのかい? まさか、このはるかくんに関係の
あるコトじゃないだろうね?」
ハジメ君の顔色がますます悪くなった。
「え? もしかしたら、お二人は、お迎え少女におなだめ少年なの?」
ワタシは気がついた。このしゃべり方、間違いない。今は本来の
姿を現してるんだろう。コレまでの姿は、あのおばあさん用だった
ってコトだもんね。
元お迎え少女に元おなだめ少年は、弾む息を整えようと深呼吸を
してから
「それは分からないけど、大きな改革が起こったんだよ」
元お迎え少女が、乱れた服のすそを手で直しながらそう言った。
彼女、ここまで来るのに相当急いで来たんだな。
「ええ。どう言う訳か、お迎え部とおなだめ部が手を取り合うコト
になりました。なんでも審判部の部長が提案したとかで」
元おなだめ少年が、少しずれた頭上の輪っかを直しながら言った。
こっちもよっぽど慌ててたんだろう。
「うちの部長がだって?」
「そう。これからは成績は問わないんだと。なによりも迷える魂の
為になんだって」
「システム自体が変わるみたいなんです。コレは大袈裟ではなく革
命ですよ」
つまるところ、これからはお迎え役、おなだめ役が協力して、迷
える魂のコトを第一に考え、成績は二の次で、魂を天に返そう!
というコトらしいんだ。まあ、どっかで聞いた話なんだけどね。
「それで、早速ここの病院に留まってる魂を、彼と協力して返すコ
トにしたんだ。勿論これから離れる魂のケアもする。ほら、病院っ
て、場所としては好都合と言えるほど、魂がかたまってるから、か
えっていいだろうって。とりあえずお試しに、病院単位で担当を申
し出たんだ。ね?」
「ええ。彼女も出来るコトはなんでもするからって言ってくれまし
たしね。ペアを組むことにしたんです」
二人はお互いに微笑むと手を取り合った。
「ええっ? 彼と彼女? それにその手は?」
「ハジメ君たら鈍いのね。まあ、お二人さん、頑張ってよ。お二人
ならうまくやれるわ。あ、この山名のおばあさんのコトもよろしく
ね。心安らかにいけるように」
「まかしてよ」
「頑張ります」
ハジメ君はまだ鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。なん
にせよ、すべては迷える魂の為に。私の気持ちも明るくなった気が
する。




