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(11)おなだめ役・お迎え役、そして

「ああ、あんたら、お水を持って来て頂戴。わたしゃ、ノドが渇い

て渇いて」


 ぼうっとそんなコトを考えながら山名のおばあさんを見ていると、

右側に寝ていたおばあさんにこう言われた。今までは毛布を被って

いたから眠っていたのかと思って、ちょっと驚いたけれど

「え?でもワタシは看護師さんじゃないから。あ、もしどうしても

と言うなら、ナースコールをしたらいいですよ」


 そうお断りの返事をしてる最中に気がついた。普通の人がワタシ

たちに話しかける訳が無いし、ハジメ君も首を振っていたからだ。

「風野はるかくん。その人は留まってる魂だ。相手にしちゃダメ!」

 ええ? だって普通の人間に見えるけどな、そう思いながらも慌

てて口をつぐんだ。

「ねえ、お水を持って来てよ。ねえ」

 ハジメ君は知らんぷりを決め込んでる。ワタシは何だかそのおば

あさんが可哀想になって、


「あのね、ワタシも今は普通の状態じゃないから、お水をもって来

てあげられないの。でもね、おばあさん、あなた、もう死んでるの

よ。だから天に昇った方がいいわ」

 そう声をかけた。


「え? アンタ、気味の悪いコトを言わないで頂戴。それよりお水

を…」

「はるかくん! 言ったろ? 迷える魂は自分が死んだコトに気づ

いてない。だから何を言ってもダメだよ。それにその魂はとっくに

四十九日を過ぎてる。ほら、目の色が赤っぽいだろ? 緑っぽいの

はまだましだ。四十九日前の猶予期間中の魂だからね。でも赤はダ

メだ。おなだめ役でも難しいんだから」

「でも。このままじゃ、おばあさんが可哀想」


 ワタシはおばあさんに近づくと、おばあさんの手を取り、その手

を撫でてあげた。

「おうおう、優しいコだね。お嬢ちゃん、今何年生だね?」

 おばあさんの目が急に穏やかになった気がした。

「はい。今、四年生です」

「へえ、わたしの家の孫も四年生だよ。でも最近じゃさっぱり会い

に来てくれない。どうしてかね?」

 おばあさんは寂しいのかな? そう思ったワタシはおばあさんの

目を見つめながら

「お孫さんはきっとおばあさんが大好きです。ワタシも同じだから

分かるんです」

「そう」

 おばあさんが微笑んだ。

「ホントはお孫さんだっておばあさんに会いに来たいんです。でも、

それが出来ないから」

「忙しいのかね?」

「ええ。最近の小学四年生はやるコトが一杯あるんです。友達とま

めに連絡も取らなきゃいけないし、話題に乗り遅れないようにネッ

トだってチェックしなきゃ。もちろん雑誌も。テレビゲームだって

そうだし、それから…」

「勉強もだろ」

「あ、そうだ。勉強も」

 二人で声を出して笑った。おばあさんは急にシャンとして来たよ

うに見える。


「でもね、おばあさん。忙しいけど、それが一番の理由じゃないの。

何を置いてもおばあさんには会いに来たい。それはお孫さんだって

そう思ってる。でも…」

 言葉に詰まっていると、今度はおばあさんがワタシの手を取って

撫でてくれた。

「そう…多分、わたしが理由なんだね。病院に入院して随分になる

けど、わたし…」


 赤っぽかったおばあさんの目が、次第に緑色っぽく変わってゆく。

それに気づいたハジメ君は、

「おばあさん、待ってて下さい。今、連絡をしますから」

 慌てて手帳を取り出すと、それを電話のようにして話し始めた。

何やら色々な所に連絡をしているみたいだ。この手帳、見た目は古

いけど、最新鋭のモバイルツールも顔負けだ。

 と、急に目の前の空間がもやってきた。それがあれよあれよとい

う間に、人間の形になって、そして一人の少女が現れた。


 彼女はワタシたちと同じくらいの年に見える。後ろでキュッとし

ばった髪が、行動的、かつ利発的だ。

「あ、連絡くれたのはあなたたちね。ありがとう。後は私が引き受

けたわ。それじゃ」

 少女はワタシたちをチラッと見ただけでそう言うと、おばあさん

の前に立った。

「ちぇっ、それだけかよ。まあしょうがない。ねえ、風野はるかく

ん。私たちは席を外そう。旅立つ時の決まりがあるからね。ほら、

立会人は一人につき一人だけ。コレはお迎え役もおなだめ役も同じ

なんだ」

「え? それじゃ、この子がおなだめ役なの?」

「そうらしいね。このおばあさんの担当なんだろう。一人で何人も

担当してるから、ずっとおばあさんの所にいるわけにはいかないか

ら」

 これを聞いて少女が振り向いた。


「ちょっと! 私はおなだめ役じゃないわ。お迎え役。この姿だっ

ておばあさんの妹の姿だもの」

「え? お迎え役だって? おかしいな? このおばあさんは…」


「そうだよ! 君、ふざけないでくれたまえ!」

 その声で振り返ると、今度は少年が立っていた。

 年の頃はやっぱりワタシたちと同じくらい。髪を七・三にキッチ

リと分けた、黒縁メガネの個性的な子だ。

 それにしても狭い病室に四人の小学生? これじゃ、教室だよ。

 少年はハジメ君に深々とお辞儀をすると

「ご連絡ありがとうございます。おなだめ部から参りました。それ

では早速手続きに入りますので」

 負けじとおばあさんの前に進み

「おなだめ役のこのワタクシが立ち会います。今まで随分この方に

は時間を割いたんですから。ねえ、奥方?」


 おばあさんに向かって無理矢理笑おうとしたけれど、その顔は引

きつっている。

「ちょっとアンタね、今までダメだったのに、随分じゃない? 他

人になだめてもらって、いけそうだと思ったらすっ飛んでくるなん

て卑怯よ!」

 お迎え役の少女は少年の顔を睨みつけ、一歩も引かない素振りだ。

少年だって負けてはいない。

「ハッ! ご自分でおっしゃいましたね? あなたこそお卑怯者で

す。お迎え役が今頃なんなんです? 四十九日の間に説得出来なか

ったんじゃないですか! 引っ込んでてくださいよ!」

「へえ、アンタ知らないの? おなだめ役がなだめられなかった魂

が旅立つ気になった時には、お迎え役が立ち会ってもいいのよ! 

そう、早い者勝ち! まあ、これまであまり例が無いから知らない

のも無理はないけどね。とにかく、私が立ち会うわ。ココでまた失

敗したら部長さんに何を言われるか分かったもんじゃない。ただで

さえ、成績だって悪いのにさ。なにも私だって好き好んで成績が悪

い訳じゃないのに…」

 途中からグチになった。

「こっちだってそうですよ。ワタクシだって努力はしてるんです。

でもちっとも成績は上がらない。これはワタクシだけの責任じゃな

いはずです。以前とは魂の質がまるで違うんですから。そもそもう

ちの部長は現場の状況が分かってないんです!」

 こっちもグチだよ。コトもあろうに自称とはいえ、神様のお使い、

代理人がグチ!

 よっぽど今の時代はお迎え役にとってもおなだめ役にとっても大

変な時代なんだろう。


「まあ、まあ、二人とも落ち着いて。私がお迎え部、おなだめ部両

方に連絡をしたのが悪かったんだ。ココは私が責任を持って仲介を

させてもらうよ。そうだ、こうなったら本人に選んでもらいましょ

う。ね? それなら文句無いでしょ?」

 さすがは審判役のハジメ君、二人の間に割って入って、そう提案

したんだ。

 ちょっと考えていたけれど、二人はそれぞれうなずいた。このま

まじゃラチが明かないと思ったんだろうね。


「さあ、おばあさん、今聞いての通りだ。このどっちかを立会人に

して天に昇るんだけど、どっちがいい?」

 ハジメ君がそう尋ねると、おばあさんはお迎え役の少女に向かっ

「あんた、やっぱりわたしの妹じゃなかったね。姿は似てるけど、

雰囲気が違うから疑ってたんだよ。それがいきなり『姉ちゃんはも

う死んでる』って言われても信じられなかったのはしかたがない

よ?ごめんね。それに」

 少年の方を向いておばあさんは続けた。

「あんたもこの前まで寝てるわたしの枕元で『奥方はもう死んでる

んです。奥方、奥方』って、小学生がそんな言い方をするのが気味

が悪かった。姿は確かにわたしの初恋の男のコに見えはするけど。

でも、笑顔だってわざとらしいしね。最近は姿が見えなかったから、

もういたずらはやめたのかと思ってた。でも、今日すべてが分かっ

た。わたしがもう死んでるってのは事実のようだね。今まで疑って

てごめんよ。でも、それを気づかせてくれたのは、このコの手のぬ

くもり。このコに触れてノドの渇きだってピタッと止まってしまっ

た。本当はノドが渇いてた訳じゃなかったんだね。心が渇いていた

んだよ。だからわたしはこのコに立ち会ってもらいたい」

 おばあさんはそう言うとワタシの手を握ったんだ。


「ええっ!」

「うそっ?」

お迎え役の少女も、おなだめ役の少年も、驚きのあまり固まってし

まった。ワタシだってビックリだ。ハジメ君は

「あの、すみません。この子は違うんです。ええと、なんて言えば

いいのかな? つまりこの子は部外者で」

 慌ててワタシの手をおばあさんの手から引き離した。

「え? そうなの? それじゃ、わたしはこのままでいい。二人の

どちらかを選ぶのも心苦しいし」

 そう言うとおばあさんはニコッとしたんだ。



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