(1)真っ暗闇の中で
ハッと気づいたら、辺りは真っ暗だった。どれくらい真っ暗だっ
たのかと言えば、もうビックリするくらい! ほら、闇夜のカラス
って言葉があるけれど、そんなもんじゃない。色白自慢のワタシが
暗闇に溶け込んで、自分の姿も見えないんだからさ。
そう、両手を顔のすぐ前に持ってきても何にも見えない。真っ暗
なだけ。普通だったらいくら暗くても、ほの白く手の平が見えるは
ずだよ。電力事情の悪かった大昔ならいざ知らず、二十一世紀にも
なるって言うのにさ? まあ、今でも夜になれば真っ暗っていう所
はあるんだろうけど、ワタシの常識にはそれは無かった。
つまりね、ワタシが住んでる所は真の闇が無い所だ。そう、信号
機の光は停まるコトが無いし、車のヘッドライトが途絶えるコトも
無い。不況だ不況だとは言われながら、ネオンライトだって消える
コトは無い。身近な所じゃ、真夜中だってコンビニはお店を開けて
る。その周りはいつだって昼間のよう。それに今は防犯用に街灯が
至る所に設置されてるからね。ワタシが住んでる所じゃ、闇って言
葉は言葉だけで、本当の意味合いなんて考える奴は居ないだろうっ
て思う。
でもね、ううん、だからかな、こうして本当の闇に包まれている
と、次から次へと色んな考えが浮かんでくるよ。
小さい頃、ふざけて真っ昼間に雨戸を閉めてやった『暗闇ごっ
こ』。あれは『薄闇ごっこ』だったなってコトや、理科の時間に習
った目の構造なんかのコト。ほら、目ってのは、光が無ければモノ
が見えないんだってコトが本当だったんだって、改めて思ったりし
て。
そんなコトをつらつら考えながら、精一杯目を凝らしてみても、
やっぱり見えるのは闇ばかり。もっとも目を瞑っても同じだから、
変な気分になってきちゃった。
あ、もしかしてだよ?もしかしてワタシ、透明人間に変身しちゃ
った? だから何も見えないの?それとも体自体が消えちゃった?
でも、そんなはず無いからもっと違う理由があるはずだ。そう、
ワタシ、こう見えても割と論理的なんだよね。魔法や夢物語なん
て信じないし、そんなコトをマジに口する奴らはバカにしていた
くらいだ。そんなモノに走るってコトは、現実逃避以外の何モノ
でもないって、ワタシは言いたい!
と、突然ひらめいた。うん、見るのがダメなら聞くのはどうだ?
って耳をすませても何も聞こえない。じゃあ、ってんで、自分で手
を合わせて音を出したつもりでも何も聞こえない。そもそも両手を
合わせた感触ってモノが無いんだから。実は、自分でも立ってるの
か、座ってるのかもよく分からないんだ。声を出してみたつもりで
もそれすらも聞こえないしさ。声が出てないのか、耳が聞こえない
のか、それすらも分からない。感覚自体がマヒしてるの?コレって、
普通じゃないよね。論理的に考えてみても、もしかしたら実際、ワ
タシの体がヘンになっちゃったのかな、って思う。そう考えるのが
一番リクツに合ってる。
でも、なぜだか怖くはなかったんだ。コレには自分自身で驚いち
ゃうくらいだ。うん、いつもだったら人と違うってコトは一番の恐
怖だったし、それにたった一人でいるってコトだけで怖くて泣いち
ゃうのにね。
そう、ワタシがよく考えてた最強の恐怖の場面にこんなのがある。
場所は学校の教室。お昼休みになってみんなでお弁当を食べる時
に、ワタシだけたった一人でお弁当を食べているんだ。周りのみん
なは机を丸く並べたり、三つ四つくっつけ合ったりしてワイワイ言
いながら食べてるのにね。ワタシだけが人と違って、みんなと遠く
離れてたった一人でお弁当を食べているんだ。仲間はずれが怖かっ
たコトも勿論ある。でも人と違う自分、これが許せないくらいに怖
かった。おまけに違うのは自分一人だけだから、その怖さは拍車を
かける。まあ、実際にはこんなコトは一度も無かったけれど、想像
するだけでもこんな場面があったらたまらないって思ってた。
けれど今。今のワタシは間違いなく人とは違う。それにたった一
人だ。おまけにここは暗闇の中。普通だったらもうワタシ、号泣っ
てところだ。でも今のワタシはヘンに冷めてる。っていうか落ち着
いてもいるんだよね。と言うコトは…今のワタシはやっぱりヘンな
んだろう。
そのままどれ位の時間が経ったのかな?時計は無いし、もっとも
時計があったってこの暗闇の中では見えないんだろうから無駄な話
なんだけど。腹時計の奴もまるで反応が無いから、あれから一分し
か経っていないのか、はたまた何日か経ったのかも分からない。ト
イレに行きたくならないのはラッキーと言えるんだろうな。
それにしてもこの状況は、どう考えても普通じゃないよ。やっぱ
りワタシの体も闇に変わっちゃったんじゃないかな?前にぬるま湯
に浸かってボーっとしてたコトがあった。その時もどこまでが自分
の体か、お湯なのか分からなくなっちゃったっけ。まるでそんな気
分だよ。でも、このまま暗闇の中で漂うってのも悪くは無いかも知
れないな。誰にも干渉されずに何も考えずに暗闇の中をたゆたう。
これって考えようによっては幸せかも知れない。う〜ん、まあどう
でもいいや。考えるのも面倒になってきちゃった…
ふーって意識も暗闇に混じりつつある時、ん? って、かすかな
音に気づいたんだ。
それは遠くから誰かが呼んでいるような、叫んでいるような声だ
った。ほら、山登りなんかで、頂上で『ヤッホー』なんてやってる
アレ。勿論ヤッホーなんてお気楽な言葉じゃないんだけど、イメー
ジ的にはアレが一番近いと思う。
ワタシってば、これで急に怖くなった。暗闇以外のものを待ち望
んできたはずなのに、どうしてか怖くなったんだ。
そう、アレは暗闇との一体感を脅かすもの。せっかく馴染んでき
た暗闇から、ワタシを引き離す力だ。
今ワタシは暗闇の一部となって、それを拒絶しようとしていた。
早くアレが無くなりますように! ワタシに気づきませんように!
「お〜い! 今行くからね。ちょっと、どこにいるのか声を出して
くれないかな? 真っ暗でどこがどこやら分かんないな。お〜い!」
今度はハッキリと聞こえた。その時、もう一人のワタシが命令し
たんだ。声を出せってね。その瞬間、声が出た。
「は、はい!」
と、同時に辺りが薄闇に変わった。
「あ、そこにいたんだ。もう大丈夫だからね。でも良かったよ、も
う少し遅かったら、キミ、闇の中に溶け込んでしまっていたんだ
ぜ?」
そう言ったのは見覚えのある少年だった。