バレたけど頑張る
ノアールが帰って行った後で、薬草茶を飲みながら長老と話していた。
「滞在中の移動手段などは心配しなくてもよくなりましたな?」
「そうだけど…乗る機会ってあるのかなぁ」
「すぐには無いかもしれませんが、そのうち必ず良かったと思うことがあるでしょう」
そんなもんか?と思いながら、お茶の追加を頼もうとミリーかエーメさんを探していると、ユレアがやってくる。
「皆に聞いたよ?羽馬と契約したんだって。名前付けたんだよね、教えて?」
俺はポケットからノアールの尻尾の毛を取り出しユレアに渡す。その間にさりげなく近付いてきたエーメさんが、薬草茶を入れ直してくれた。
「ノアールって付けたんだ。それでさ、これと腕輪を組み合わせて欲しいって言ってた」
「預かるね。腕出して勇太…ねえ、ノアールはどんな意味?」
俺の腕を取り腕輪に絡ませるようにして、毛を巻き付けながらユレアが聞いてくる。
「確か…黒を表す言葉だったはず。俺が暮らしてる国の言葉じゃないけど、響きが気に入ってるんだ」
「黒を表すか…それを真っ白な羽馬に付けるなんてねえ…はい出来た」
いつの間にか腕輪が平凡なリング状から、蔦が彫り込まれたようなデザインに変わっていた。これでいつでもノアールを喚べるようになったらしい。
色々話しているにうちに夕方になった。そろそろ帰る時間だが、ユレアにカレンダーについて説明をしないといけない。
「ユレア、向こうの日にちの流れを説明するから覚えてくれ。長老、何か書く物はないか?後は筆記具かな」
紙にカレンダーを書きながらユレアに説明をする。土日と祝日に印を付ける。
「この印がある日がこっちに来ても大丈夫な時だ。時々は用事があるから調整したい。それから零時丁度に転送がいいな」
「分かった。じゃあ、次はこの日になるときってことだよね?」
説明が終わって帰る準備をしていると、ミリーが近寄ってくる。
「近くにいると巻き込まれるかもしれないから、離れてろ」
「分かりました。勇太さん、お土産よろしくです」
すっかり味をしめたミリーに軽く笑い返して転送を待った。
時計を確認すると夕方六時、寝るまでには時間がある。パソコンを起動しながら携帯で親戚に連絡をした。
「もしもし、婆ちゃん?勇太だけど、ちょっと助けて欲しいんだ」
「あんた孫の振りして何企んでるんだい?警察に連絡するよ?」
「…婆ちゃん…詐欺ごっこはやめようよ。最近じゃ洒落にならない位被害あるらしいからさ…分かってて遊んでるよね?」
電話の向こうでは笑い転げる声が聞こえる。七十才を超えても悪戯を仕掛けてくるとは、自分の祖母ながら侮れない。
「面白かったか?それで何を聞きたいんだい?勇太」
「実は…」
俺は色々質問しながら、メモを取って礼を言う。
「…とまあ、こんなとこかねえ。何を始めるのかは知らないが頑張りなよ」
「ありがとう婆ちゃん!今度お菓子送っとくよ、じゃあね」
通話を終了させた俺は婆ちゃんから聞いた話を元に、色々と密林で買い物をする。
「これでよしっと。届くのが木曜だから…うん、大丈夫だな。…後はアレをどうするかだよな…」
机の端に置きっ放しになっているケースを見る。インストールしたままで手を付けていない、あのゲームだ。
削除すればもう関係ないことは分かっていた。だけどパンを食べた時のサンチョス、袋を大事そうに持っている時のミリーの顔を思い出した。
「…まだだ…まだ消さない。俺はあいつらが毎日笑えるような事してない…」
誰にでもなく言った俺はキャラメイクだけ済ませた。
仕事しながら色々考えているのが顔に出るのか、その週はいつも以上に課長に怒られた。自分でも注意力が低下している自覚がある。だから素直に頭を下げた。
「すいませんでした、なるべく気を付けます」
ため息をついた課長は、腕を組んで俺を軽く睨んでから言った。
「…何かを考えながらなのは見ていれば分かるが、それを認めてくれる程会社は甘くないぞ。高野、お前には期待をしているんだ。悩みがあれば相談しろ、いいな?」
「…!」
俺は黙ったまま再度頭を下げた。
金曜日夕方帰り道、いつもの商店街で酒と惣菜を買って帰る。部屋に着く直前に剣吾からメールが入った。
「やべー、意外に早いな?」
前日に届いた荷物と色々入れた鞄を、部屋の端に移動させてスーツから着替える。テーブルに色々出してたらチャイムが鳴る。
「おう、邪魔するぜ。勇太。土産の新作菓子だ」
剣吾からケーキの箱を受け取ってテーブルにおく。酒が入ると味に鈍感になるから先に食べる事にする。
「何だろう?可愛い一口大のケーキだけど、少しもっちりする。なあ剣吾、これって何だ?ケーキだよな?」
剣吾がニンマリ笑う。
「小麦粉と米粉を混ぜ合わせてある。米離れする世代にも興味持って欲しいからな」
今までの路線だけじゃ厳しくなるから、色々考えないとけないというわけか?社長は大変だ。
「社員を守らなきゃいけないもんな…剣吾はもう大人なんだよな色んな意味で」
「何言ってんだよ。おやっさん達がいなきゃ、まだまだだって」
色々話しながら剣吾と小さな宴会を楽しんでいたがふと聞かれた。
「そういえばどの位進んだ?俺今忙しくてほとんど手付かずでさ、勇太は?」
危うくビールを落としかけた俺は誤魔化した。
「俺も色々忙しくてやってないんだ」
「そうなのか?まあ、進んだら教えてくれよな?それよりさ、来週相談あるから、金曜日予定あけてくれよな」
剣吾から相談なんて珍しい。すごく気になったがその場では聞かなかった。楽しい時間はすぐ過ぎる。気付けば十一時四十分だ。
「さてと、明日は久々に休みだから少し冒険進めるかな。帰るわ、またな勇太」
「ああ、気をつけてな。じゃあ次の金曜日な」
外出着に着替えて外まで剣吾を見送った俺は、部屋に戻って準備をしていて気が付いた。玄関に鍵をかけておかないといけない。
そう思い荷物を持って玄関に向かった時に、ちょうど時間になったのか魔法陣が足下に出てきた。どうせ付いてくるからこのまま鍵をかけよう。
だが、俺がドアに手を伸したらいきなり開いた。剣吾?俺は混乱した。なんで剣吾が戻ってくるんだ!慌てている俺に剣吾は暢気に言った。
「勇太、ごめん。俺、忘れ物してさ…」
途中からは聞き取れなかった。剣吾が驚いた顔をして、何かを言ったところで転送された。
魔方陣が消えた時サンチョス達が目の前にいたが、全員が声をかけることを迷っている。話し掛けにくいような酷い顔をしているんだろうなと思う。
窓を見れば眉を寄せて、泣きそうな顔をしている俺が映る。迷ってはいたがユレアが皆の代表で話しかけてくる。
「勇太?どこか痛い?それともあたし達が気に障ることしちゃった?」
勘違いだから訂正しておこうと思った。
「違う。自分の不注意で転送をみられたんだ、よりによって一番大事な友達に…」
ユレアが息を呑んだ。俺は無理に少しだけ笑って言う。
「きっと今ごろ大騒ぎになってるだろうな。だから次はこっちに来れないかもな」
サンチョスとミリーが涙ぐんでいる。前から思ってはいたが感情がすぐ表に出るようだ。まあ子供だから余計だろう。
取りあえず長老に今回の予定を、一部だけ説明してから寝る事にした。
サンチョスが起こしにくる前に目が覚めた俺は、広間に移動して鞄から色々取り出していた。今回は大変になると思ったが、頑張るしかない。
次が不明だから、ちゃんとやらないといけない。俺は時間を無駄にしたくなかった。エーメさんが出してくれた薬草茶を飲んでいたら、サンチョス達が集まってくる。
「勇太兄ちゃん今日は早起きだあよ。どうしただあよ?」
「時間が惜しいんだ。忙しいから働け。まずユレアはこれがこっちで育つか調べてくれ」
俺はユレアに種籾と種小麦を渡す。ネットで購入しておいた物だ。
「分かったわ。少し時間ちょうだい」
ユレアに頷いて見送るとラルドさんを手招きする。俺は鞄から出しておいた紙の束を見せながら聞いた。
「調べて欲しい事が書いてあるから。いつまでに出来そうか教えて欲しい」
内容を確認したラルドさんは、今日中にと言い残して出掛けた。それから俺は、サンチョスとミリーに大きな袋を渡す。
「これにお菓子が入ってるから村の皆に配ってこい。自分達の欲しい分は先に取れよ?」
中を見て驚いていた二人は、欲しい物を少し出してから袋を抱えて走っていく。入れ違いでユレアが戻ってきた。
やけに早いと思っていると、続いて綺麗な女性が入って来た。淡い緑の髪だがユレアみたいに長くない。少し見とれていた俺に、女性が手を差し出してくる。
「はじめまして、勇太様。ユレアから話を聞いております。ユレアの姉で、クレアと申します。皆からは、母の女神と呼ばれております」
自己紹介するクレアさんに緊張しながら握手して、俺も自己紹介する。
「あの、高野勇太です。あの、クレアさんはなぜここに?」
何が気になったのか、ユレアが俺を指差して文句を言っている。
「あー!姉様にはさんをつけてる。どうしてあたしにはつかないの?」
やっぱり女の子は分からない。今はそんな小さいことを言ってる場合じゃないと、分かっているだろうに。そう思っていたらクレアさんが助けてくれた。
「ユレア?そんな風に男性を困らせるものではなくってよ?」
そう言いながら俺を見たクレアさんは、枯れた何かと緑の草みたいなものを見せてきた。
「先程お預かりした種子ですが、片方は根付くかと…」
二種類の植物を見比べていたユレアはクレアさんに聞いていた。
「姉様。どちらが適応したの?どんな実がつくのかな?」
クレアさんは笑顔で俺をみる。
「勇太様。少し成長した状態ですが、どちらなのか判断は可能でしょうか?」
俺は頷いて緑の方を手に取ってから二人を見て言った。
「両方いけたらなぁ…仕方ないか。これは米っていう植物の苗だ。一粒は小さいけど、沢山実るし、余すところなく活用出来るはずだ」
苗を眺めているユレアは疑問を持ったのか聞いてきた。
「ねえ勇太、どの位で育つの?栽培方法は?」
そこが大事なのは分かっている。俺はまた紙の束を出してから長老を呼んだ。
「これを栽培するには水田という場所が必要だ。これに書いてあるが、村人皆で作るんだ」
「水田ですか…ふむ」
長老は頷きながら内容を読み始めた。その間に俺はクレアさんに頼み事をする。
「貴女達には一番大事な事を頼みたい。渡した種籾を全部途中まで育てて欲しい。大きさはこの位まで」
通常の苗より少し大きい状態にしてくれるように頼むと、クレアさんが快諾してくれた。
「承知しました。いつまでにでしょう?」
「ちょっと待って欲しい。長老、村人皆で今から明日までに水田は作れるか?」
長老は俺の質問にやや困った顔をする 。
「頑張れば何とか、とは思いますが。説得に時間がかかるでしょうな」
そうだろうとは思ったから、小細工の第一段階は済ませてある事を説明する。
「大丈夫だろう。さっきサンチョス達に菓子をばらまかせた。後はユレアがお告げのように言ってくれれば、きっと皆やってくれるさ」
俺はチラッとユレアを見た。思った通りユレアは呆れ顔だ。
「あの子達にあげたお菓子はそんな意味合いだったわけ?」
ユレアから見れば俺は悪い奴なんだろうと思う。だけど俺は何とかしたいから必死に言った。
「俺は子供が空腹で辛い思いをするなんて、見ていられないんだ。偽善だって分かってる、本当の解決じゃないってことも」
「…勇太がちゃんと考えてるっていうのは、理解してるつもり。あたしと姉様に任せて!」
そう言ってユレアはクレアさんの方を見て、それから二人で笑いかけてくれた。長老が俺を見上げて言ってくる。
「女神様二人に微笑まれたからには、やるしかありませんのう。では外へ行きましょう勇太殿」
長老と一緒に外へ出ると沢山の人が集まっていた。