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週末限定レンタル勇者  作者: 暮先 冬夜
週末限定レンタル勇者 一章
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俺はいじめてない

「…怒ってる?騙した事」

 ユレアは後ろで手を組み、ちょっと首を傾けて聞いてきた。自分が可愛いと分かってやっているに違いない。面白くないが、確かに可愛い。

「最初はな。…でも、困ってるんだろ?」

「困っているというよりも、何が起こっているのかも分かっていないの…」

 俺の隣に座ったユレアは状況を説明してくれた。孫の女神と呼ばれている妹がいて、よく一緒に出掛けたりしていた。

 どんなことでも話し合える間だったらしい。

「でも…今年の初め…赤の月の途中で連絡が来なくなったの。おかしいと思って神殿まで行ったら、居なくなってしまったと神官達が騒いでいたわ」


 自分達が崇めている女神がいきなり消えてしまえば、信者は当然騒ぐだろう。まして未来担当の神様なら尚更だろう。

「あたしも、神官達も必死に探したわ。でも見つからなかった…橙の月になってすぐに、またおかしな事になったの…今度は神官達も…」

 ユレアは言いながら段々視線を落としていく。可愛い女の子が落ち込んでいると、少しだけ頑張ろうかなと考えてしまうのが男の性だ。

 でもそうは言わないで違う事を聞いた。


「あのさ?…こんな事聞くのはなんだけど、妹は消えちゃったのか?」

 酷い事を聞いている自覚はある。でも、俺はこっちの事が全く分からないんだ。

「完全に消滅してはいないの。どこに居るか分からないだけで…存在は感じられるから…」

 ユレアはつま先で地面に小さく穴をあけながら言う。俺は次の質問をする事にした。

「その影響なのか?作物が育たないのは?」

 俺の質問に首を振って、こっちを見たユレアは涙目だ。

「分からないの。関係ある気はするけど、確信が持てないの…」

「待てよ、確信ないのに俺は召喚されたのか?」


 そんなに強い口調で言ったつもりはない。だけどユレアは泣き出してしまった。困った事になったという事だけ分かる。

 チラッと長老を見ると、長老は何も言わずに同情の視線を向けてくれたが、村人達は非難の視線を送ってくるし、小声で何かを言い合っている。

 俺は言い訳したかった。今まで仲の良い女子とか、彼女なんていう存在はいた事がないんだ。だから女の子は何が原因で泣くのか分からないんだ。

 それなのに俺が悪者になるという流れが腑に落ちない。いじめようなんて思っていないのに。やっぱり俺は女の子に縁がないのか?

 そんな事を思っていたら、ユレアが小さく愚痴を言い始めた。

「…だって、あたしは女神なんだから…困ってる人達の助けにもならないといけないの…どんなに心配でも、役目があるの…投げ出せないの…だから…誰かに、頼りたかったの」


 俺が間違っていたかもしれない。女神って聞くと何でも完璧に出来て、どんな状況でも、どれだけピンチになっても解決していける万能な存在だと思っていた。

 でもそれは俺が漫画やゲームの中で見てる作られた存在だ。いつの間にか皆を助けてくれる勇者も同じだ。俺はそんな風になれないし、現状何も出来ない。

 きっとユレアも同じなんだろう。皆の期待が大きくて、何とかしないといけない立場なんだろう。本人の気持ちは理解されないままで。


 ここで同情するとぺろっと舌を出して、約束したよ?とか言われそうな気がするけど、俺はわざと乗る事にした。

「何が出来るか、何が必要か分かんないけどさ?俺、手伝うよ」

 さあ来い。笑顔で、やーい引っかかったーと言え。心の準備は出来ている。そう思ってユレアを見たら、よけいに泣いた!

 一段と村人の視線が痛い。どうしたらいい?どう言えば泣き止んでくれるんだ?軽くパニックになりそうだった。


「…ごめんなさい、ありがとう」

 焦る俺に一言だけ言って、ユレアが抱きついてきた。女の子の手を握った事すらない俺には刺激が強すぎた。

 心拍数があがって、顔が赤くなるのが分かる。どうしよう?こんな場合は、優しく肩に手とか置くものなのか?それで励ますのか?

 それどこのゲームだよとか考えていて気が付いた。鼻の奥で鉄の香りがする。まずい、鼻血だ。そう思った俺は立ち上がって鼻を押さえて辺りを見回す。


 少し離れた場所に小さな小川があった。村人達の間をすり抜けて、俺は小川を目指して走った。後ろでユレアと長老が何かを叫んでいたが、聞いている余裕はない。

 小川まで辿り着いた俺は、そのまま顔を突っ込んだ。息が続く限り冷やすという事を繰り返した。

 そうしながら思ったのは、女の子って柔らかいし、すごく良い香りがするんだなって事と、あれもユレアの作戦だったら俺って単純だよなという事だった。


「大丈夫ですかな?勇者様。そのままでは冷えてしまいます、そろそろ中へ戻りましょう。落ち着いた頃でしょうからな」

 長老の言葉に俺は素直に従った。小川の水は思いの外冷たくて、身体の震えが止まらない。自分の部屋なら熱いシャワーを浴びれば良いが、今はそういうわけにいかない。

「ハ、ハクシュ!…寒い…何とかならないか?…クシュ!」

 長老がため息をついて、サンチョス達に言った。

「暖炉しかあるまい…」


 後で聞いたがこの辺りは一年中暖かい場所だそうだ。大昔に寒い地域に住む住人達が家の中で、暖炉で暖まっている光景を見た先祖が形だけ真似を始めたらしい。

 だから暖炉は飾り以外の役には立っていなかったらしい。けれど俺がガタガタ震えているから、仕方なく使う事にしたようだった。

 広間の暖炉に薪が入れられて、火が付けられた。毛布にくるまった俺に、サンチョスがコップを運んできてくれた。


 前にいけると思った薬草茶だった。飲むとじんわり身体が温まる。何が面白いのか、そんな俺の横でユレアが俺の髪をいじっている。

「あっ!これいい!ねえ、勇太。こっちに居る間はこの髪型にしない?」

 ユレアがやっていたのは前髪を後ろへ流した、いわゆるオールバックだった。

「…嫌だ。俺、この髪型嫌いなんだよ。昔色々あってさ」

 高校時代にちょっと色気を出して流行の服と一緒にやってみたら、近所の子供に怖いと泣かれた。

 懲りずに文化祭の劇でやったら、クラスの皆から目つき悪く見えると言われた。密かに好きだった女子には、一般人には見えないとまで言われて落ち込んだ。

 それ以来やっていないが、ユレアは俺の話を聞いちゃいなかった…。

「でも、あたしはこれがいいの。だから決定!」


 多分口じゃ勝てないだろうから、好きにさせておこう。今は作物とかの方が重要だ。サンチョスの父親が近くに来たから聞いてみた。

「おじさん。教えて欲しいんだけど、家畜とかのエサは何を与えてるんだ?後、加工食品とかについても教えて欲しい、後はおじさんの名前も」

 失礼な口の利き方をしてしまったが、最初がそうだったから修正が難しい。そんな俺に文句を言わずに、おじさんは教えてくれた。


「家畜は豚が中心で、鶏と牛は少ないです。エサは麦の茎や野菜屑で、加工食品はチーズを少しと塩漬け肉だけです。俺の名前はラルドですよ、ついでに妻の名前はエーメです」

 俺は頷きながら薬草茶を飲み干して、ラルドさんにコップを返した。

「ありがとう。ラルドさん、エーメさん。ふーん、こっちでもチーズってあるんだ…」

 俺が色々覚えたり、やる事が多いなと思っているとパンの空き袋を持った女の子が側にやってきた。確かミリーとサンチョスが呼んでいた子だ。


「勇者様、これ美味しかったです。ありがとうございます」

 きっとサンチョスの妹とかだろうな、老け顔だけど愛嬌があって可愛いじゃないか。そう思って聞いていた俺は、続く言葉に無言で立ち上がる。

「勇者様が旦那様にこれをくれたから、私もお腹いっぱいになりました。…勇者様?」

 俺はサンチョスの襟を掴んで目の前に吊り下げて聞いた。

「…おい、あの子はお前の妹だよな?妹だ、よ、な?」


 頼む!そうだと言ってくれ!祈る俺を見ていたサンチョスは、さらっと言った。

「ミリーはおいらの嫁子だあよ?隣村で一番可愛いだあよ…っ痛い!勇者様何を…勇者様?」

 床に落ちたサンチョスは文句を言おうとしたが、俺は聞いていなかった。否、聞ける状態じゃなかった。天井を仰ぎ見て叫んだ。

「サンチョスに嫁?嫁?嘘だ…嘘だああ!誰か嘘だと言ってくれー!神は死んだのかー!」

 視界の端でユレアが呼んだ?という顔をしていた。

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