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週末限定レンタル勇者  作者: 暮先 冬夜
週末限定レンタル勇者 一章
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夢じゃない彼等の事情

 叫び終わった俺の目の前には、見慣れた壁とベッドがあった。

「俺、帰ってきたんだよな?良かった…今のって夢か?」

 自分の部屋にいる事に安心はしたが、色々と確認をしないといけない。手始めに左腕を見たが銀の腕輪はなかった。

 俺は疑問に思いながら次にゲームの説明書を読んだ。舞台設定が違っていて、違和感がある。

 ありふれた勧善懲悪で、魔王を倒しましょう!という流れのようだ。ネットの情報や掲示板でも同じだった。おかしな事は書かれていない。


「そうだ、剣吾は大丈夫かな。連絡を…まずいかなぁ、仕事してるかな…」

 どうしようか悩んで携帯を見つめていたら、向こうから連絡が来た。

「もしもし、剣吾か?大丈夫だったか?」

 慌てて話す俺の質問に、剣吾は質問で返してきた。

「何だ?勇太は今頃起きたのか?もう夕方だぞ」

 夕方?机に置いてある小さい時計を確認する。午後五時は一般的に言えば夕方だ。

「あ、あれ?もうこんな時間なのか?」

 俺は寝ぼけた振りで誤魔化してみた。剣吾は疑問には思わなかったみたいだ。

「おいおい、勇太はのんびりだな。それよりさ…」


 おかしい、俺だけが巻き込まれたのか?剣吾に適当に返事を返しながら、考える。もしかして夢?あんなにリアルな夢ってあるものか?でも腕輪はないし、ストーリーも一致しない。

「…でだ、来週末の金曜日はお前の部屋で飲もうぜ。新作菓子の試作品を持ってくから、楽しみにしててくれよ。じゃあな」

「ああ、了解だ…」

 剣吾との会話が終わって携帯を切ったところで我に返った。

「あっ!やべえ、内容覚えてない。まあいいか。来週末の金曜日家に来る?掃除しないと笑われるな。…さっきのは多分夢だな。あるわけないもんな」

 そう結論を出した俺は買い物に出掛けた。明日は月曜日で、また仕事の日々が始まる、そう考えたら少し気分が落ち込んだ。


 研修と先輩に連れられての外回りで毎日が過ぎていく。変わった夢の事も忘れていて、いつものように仕事に楽しさを見つけられない、

 そんな事を考えている内に金曜日になる。休日前の職場は上司含めて、皆が早く帰る事が多い。俺も定時ダッシュで会社を出ると、帰り道にある商店街に立ち寄った。

「すいません、そのコロッケを五個と、唐揚げと餃子をください。幾らになりますか?」

 お気に入りの惣菜屋で色々買い込んで、次に向かうのはおにぎり屋さんだ。米が美味いし、具にもこだわる店でよく買いに行く。

「さてっと、次はパンを買いに行こう。あそこの食パンがいいんだよなー。他にも沢山買うぞー」


 買い物を済ませて部屋に戻った俺は、荷物をベッドに置いて着替える。冷蔵庫からビールを取り出して、ベッドの上で壁にもたれて戦利品を手に取った。

 軽く食事をして携帯をいじっているうちに、深夜に近い時間になっていた。

「もう夜中になるのか、そういえばこの前買ったままでゲームやってないな…キャラ設定だけやるか。…ん?」

 ベッドから降りようとした俺の腕に違和感がある。いつの間にかあの腕輪があった。

「え…?まさか、これ。…嘘だろ?」

 そんなことを言ってる間に魔方陣まで出てきた。ここから離れよう、そう思った俺は場所を移動した。

「付いてくるのかよ!ちくしょう!」

 あちこち動いてみたが、足下から外れてくれない。諦めた俺がベッドに座り込んだ時に、光の壁に囲まれて転送された。



「…よう、サンチョス。元気だったか…」

 俺の目の前には両手を組み合わせて、泣きそうな顔のサンチョスが立っていた。黙って俺を見上げてくる。

「何か言えよ。お前、話すの好きだろう?」

 やっぱり黙ったままだったけど、サンチョスは泣き出した。なるべく普通に話したつもりだった俺は困った。

 自分が泣かせたような気になった俺は、サンチョスの頭を軽く撫でて話し掛けた。

「泣くなよ、どうしたんだ?」

 俺を見上げて鼻をすすったサンチョスは涙声で謝ってきた。

「おいら、勇者様に悪い事しただあよ。長老があんな…うええ」

 あの時サンチョスは驚いていたから、教えられていなかったんだろう。こいつが悪いんじゃない。


「気にするな。お前のせいじゃないさ。それよりも、長老は?」

 俺の質問に少し落ち着いてきたサンチョスが、しゃくりあげながら答えた。

「ひっく…長老は隣村の村長さんとこに…ふえ…話し合いに…出掛けてるだあよ」

「話し合い?内容知ってるか?」

「今年は作物の成長が悪くて、途中で枯れたりするだあよ。このままだと青の月位で、備蓄が底をつくだあよ。その時どうするかを話し合ってるだあよ」

「…食べ物がなくなりそうなのか?それと、青の月って?」

 月日の数え方が分からなかった俺が聞くと、泣き止んだサンチョスは丁寧に教えてくれた。

「一年は七つの月に分けられてるだあよ、最初は赤の月で、順に言うと、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫だあよ。それぞれは52日だあよ」

「そうなると、…青の月は…夏か。その位で備蓄がなくなったら?」


 計算しながら、俺は問題はこの事かと思った。前回の時に困っていると聞いていたが、食糧難だとは考えなかった。

 待てよ?と思った俺はサンチョスに聞いてみた。

「なあ、サンチョス。この前の夕食は、あれは…」

 俺は聞くのが怖かった。サンチョスは迷っていたが、教えてくれた。

「…長老が村を回って少しずつ出し合っただあよ」

 やっぱりと思った。だから翌朝に俺が皿を渡した時、サンチョスが嬉しそうだったんだ。普段は腹いっぱい食べるなんて、そんな事出来ないから。

 そして食欲がなくても、俺はきちんと食べないといけなかったんだ。


「サンチョス、俺…」

 謝ろうとサンチョスを見下ろすと、聞いていなかった。サンチョスは俺の横をじっと見つめていた。口の端に涎が滲んでいる。何だろうと思って、自分の横をみた俺はびっくりした。

 会社帰りに買ったパン屋の袋がある。魔法陣から逃げ切れなくて、諦めた時に近くにあったのは覚えている。だけど一緒に転送されるなんて思わなかった。

 サンチョスが俺の服の裾を引っ張って訴える。

「勇者様、その袋は何が入ってるんだ?いい匂いがするだあよ」

「これは俺と一緒に転送された、向こう側の食べ物が入ってるんだ。中は色んなパンだ」

 説明しながら袋を開けて中を確認する。大丈夫だった、崩れたりしていなかった。とりあえずバターロールの袋を開けて一つ渡してやる。


 サンチョスは、俺の顔と手の中のパンを何度も見た。

「こっちと作り方が違うかもしれないから、口に合うか分かんねえけど。食べてみろよ」

 俺がそう言うとサンチョスは、嬉しそうにしてからガブッとかじりついた。

 一口目を飲み込んだサンチョスは、大きく目を見開いたまま、残りをガツガツと貪った。俺は次を渡してやった。

 そしてあっという間に、五個入りの袋は空になった。幸せそうな表情で、放心しているサンチョスはポツリと呟いた。

「勇者様はこんな美味しい物を食べてるんだな。おいら達の村でも出来たらいいなぁ…皆にも食べさせてあげたいだあよ」


 俺が無理じゃないかと言おうとした時に、遠慮がちに扉がノックされた。サンチョスが慌てて開けると、サンチョスによく似たおばさんがいた。

「こんにちは勇者様。サンチョス、長老が戻られたよ。」

 それだけを伝えて、おばさんはそそくさと行ってしまう。多分後ろめたいからだろうと思ったが、事情がある事が分かったから責める気はなかった。

 サンチョスと一緒に広間に行くと、サンチョスの家族と長老が既に着席していた。俺がテーブルに近づくと、長老はいきなり椅子から降りて膝をついた。

 そして思った通り、頭を擦り付けるようにして謝り始めた。

「勇者様、この前は騙して申し訳なかったです。何分我らも…」

「…やめろよ。仕方なかったんだろ?…とにかく、椅子に座れ。そうじゃないなら話は聞かないからな」


 長老が座り直したから俺も着席する。さっきのおばさんが俺の前に蜂蜜酒を置いた。サンチョス達は、全員でコップ一杯を分けるようだった。

 俺は口を付けずに、コップを返しながら長老に聞いた。

「今日はこれだけって事は、採れる蜂蜜が少なくなってるのか?」

 長老はコップをサンチョスに渡して、俺をじっと見つめてから言う。

「そうです。花が少なくなったので、ミツバチはどこかへ行ってしまいました。他にも色々ありまして…」

 長老と俺が話す横では、サンチョス達が少しずつ蜂蜜酒を分け合っている。俺はチラッと見てから長老に先を促した。

「他?…今の時点で少しでも異常だと思うことを教えてくれよ」

「…承知しました。森の恵みがいつもの半分になり、動物達が生む仔の数は半数以下、川を上がってくる魚は、…ほとんどおりません。田畑では、野菜も穀物も途中で枯れるか、酷いところは種が発芽しないのです」

 俺は正直なところ、回れ右をして帰りたくなった。問題しかないじゃないか、俺一人じゃ対処出来ない。


 考え込んでいたらいつの間にかサンチョスが、部屋からパン屋の袋を持ってきた。俺の横で袋を抱えて、俯きながらも言ってくる。

「勇者様、これを…これを…おいらに売って欲しいだあよ。どんなに高くても、おいらが頑張って払うから…皆に…」

 さっきの量じゃ、自分だって満腹じゃないだろうに。そう思いながら、俺はおばさんに質問をした。

「サンチョスは今何才なんだ?無理をしているように見えるけど?」

 おばさんはエプロンで顔を覆ってしまった。まずいと思って顔が引きつる俺に、父親だろうおじさんが話し掛けてくる。

 だが、怒っただろうか?という心配はいらなかった。

「妻の事は気にしないで下さい。サンチョスは今年で、十三です。勇者様」

「十三?」

 おじさんの答えに、俺はゆっくりとサンチョスを見た。ドワーフ達は、見た目が老けて見えるというのは本当だったのか?そんな感想が少しあったが、そうじゃない。重要なのはそこじゃない。


 現在の日本で考えるなら、サンチョスは中学生にあたる。中学生…それなのに、そう思った俺は胃の辺りが重い気がした。

 例外はあるが今の日本の子供は、飽食の時代を生きている。俺だって明日の米がないなんて、そんな経験はした事がない。

「俺は、食べる事を我慢した経験がないんだ。だから、お前がどの位辛いのか、理解してやれない…それは好きにしていい」

 俺の言葉に、でもと言いたそうなサンチョスの髪を、ちょっとだけ乱暴にかき混ぜて付け加えた。

「それにな?こっちの通貨の事や、物の価値が判断出来ないから気にすんな!」

「勇者様、おいら…必ずお礼をするだあよ。父ちゃん、母ちゃん、ミリー!これな?勇者様の世界のパンだあよ。すっごく美味しいだあよ!」


 両親に袋を渡して騒ぐサンチョスを眺めていると、長老が側に来て小声で外へ出ようと誘ってきた。感極まったように見えるおばさんに、もう一回泣かれるのも嫌だから、俺は素直に長老と一緒に外に出る。

 サンチョスの家の外にあった小さなベンチに、長老と並んで座って村を眺めて見た。他の家より高い位置にあるから、広く見回せる。長老はまだパンの事を気にしているみたいだった。

「申し訳ないです。本当によろしかったのですかな?高価な物なのでは?」

「気にし過ぎだ。それよりも、話の続きだけどな?流石に俺一人で、今すぐ何とかなんて無理な話だ。この付近を治めてる領主とかに相談したらどうだ?」

「それが…その…」


 歯切れの悪い長老に、俺はため息をついて空を見上げた。多分だが、相談はしたけど、門前払いをされたんだろう。念のため一つ確認をした。

「食糧を分けてくれたりは?」

 長老は悲しげに首を振った。どうやら最低な領主のようだ。

「けどさ、このままじゃ…」

 皆が飢えて大変になると俺が続けようとした時、村の中が騒がしくなった。ワアワア言いながら、皆が村の入口へ走って行く。

「何だ?何が…って、あいつかよ…」

 村の入口に目を向けた俺は再度ため息をつく。皆に挨拶されながら、こっちへ歩いてくるのはユレアだった。

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