森の中の戦い
ノアールに乗ってゆっくりと上空を旋回しているだけの俺達、見つからない熊。小一時間ほど過ぎただろうか、森の中で甲高い笛の音が響いた。
「出たようだな。ノアールよ、すまんが音が聞こえた方へ…」
「待て、ゴウザン!こっちからも聞こえるぞ」
ノアールに移動を頼もうとしたゴウザン王の言葉をさえぎって、剣吾が反対側を指差して叫ぶ。驚いた顔のゴウザン王に対して、俺が追い打ちをかける。
剣吾が聞いたのとほぼ同時に別の方向、三カ所目からの笛の音を聞いたからだ。
「悪い知らせだけど、あっちからも聞こえる…確実に三頭はいるってことだよな」
「何だと?同時に出たとは報告になかったぞ…悩んでも仕方ない、ノアールよ一番近い場所から行ってくれ」
「主様が聞いた笛が一番近いようですので、そこへ急ぎます。落ちないようにご注意を」
移動する途中で四頭目を知らせる笛が鳴ったが、羽馬はノアール一頭しかいない。押し黙るゴウザン王の肩を軽く叩いておいた。
少し木がまばらな場所で、二つの部隊が熊と向かい合っていた。こげ茶色に見える毛並みの熊で、確かに大きい。いや、大きすぎる。
「何だあれは。なあ剣吾、熊ってあんなに大きい生き物だったか?」
「ガキの頃に見た動物園のヒグマで、体長はあの半分より小さかった。どこで見つかったか忘れたけど、体重千キロを超えるヒグマがいたらしいけど…」
剣吾の知っている話も大概だけど、眼下に見えるそれはもっと大きいだろう。立ち上がったら五メートルを超すんじゃないか。
「なあに大丈夫だ。まだ遅れは取らない、そんな練度の低い者はおらん。他もこのくらいなら楽勝だ」
自信ありげに言うゴウザン王だった。言葉通りというか、兵士達の連携がしっかりしていて、誰も怪我をすることなく熊は倒された。
「いやあ、大きさに驚いたけど。訓練を積んでいるだけあって、やっぱり皆強いな。おーい、お疲れさん」
剣吾が兵士達に手を振ると、振り返してくれていた。
「これで終わりだよな。他も静かになったし、一周して声をかけるか?」
俺がゴウザン王に言うと、腕組みしながらあくびをかみ殺していた。兵士達の前だから注意しろよ、王様。
「気を抜きすぎだろ。で、どうすんだよ」
「ふわ…と、すまん。退屈でな、そうだな集合の合図をするか」
結論から言えば集合はずっと後になった。笛の音が三カ所から聞こえてきたからだ。さっき倒したばかりなのに、もう涌いたのか?
「ノアール!一番近い場所へ向かえ」
「承りました、主様」
さっきと同じ光景が眼下に広がって…違う、熊の様子が変だ。大きさは同じくらいだけど、耐久力が上がってないか?
「剣吾、あの熊おかしくないか?さっきのに比べて打たれ強いというか、斬られても怯まない気がする」
「そう言われると…そうだな。動物だから足や腹に怪我したら、引くことが多い気がするけど、向かっていくな」
冷静に観察している横でゴウザン王が唸っていた。どうしたのかと見れば目が合う。
「どうしたんだよ」
「気のせいならばいいが、先程よりも発見範囲が狭い。ついでに言うなら、森の入口に少し近付いたようだ」
俺と剣吾は顔を見合わせると状況をまとめようと話した。範囲を把握してゴウザン王の意見を検証するためだ。
「最初に笛が聞こえたのはあっちか。ノアール、急いで一回目の戦闘場所を回ってくれ」
「承知致しました。剣吾様」
まだ熊が倒れているはずの場所に行くと、血だまりがあるだけで死体がない。嫌な予感がする。
「急げノアール、他も回れ!」
「では主様、しっかりとたてがみを掴んでいて下さい」
ぐるっと見て回ったが一頭も死体が残っていない。近くにやっと熊を倒した兵士達が見えるからそこに向かう。軽傷者が少しいるようだった。
「怪我をした者はすぐに入口へ向かって、手当を受けろ。残りは他の隊と合流して、下がりつつ索敵を続行だ」
ゴウザン王に上から声をかけられて、こちらを仰ぎ見る兵士達だったが、素早く指示に従っていた。
「勇太、剣吾。森の奥を見に行きたいが、かまわんか?」
俺達は真剣な顔で頷いた。移動を始めてすぐ、またしても笛が鳴る。二カ所だったことで、俺は内心である仮説をたてた。
「ゴウザン、すぐに戻ろう。今の笛は三回目だ、数は二カ所。これは危ない」
「そうか、そういうことか。勇太の言いたいことは分かった、ノアール今度は音が遠い方へ、場所としては入口に近い方へ飛べ」
「どういう事だ勇太、剣吾。説明しろ」
「後でな」
森の入口まで一キロくらいの場所で、四つの部隊が熊を囲んでいた。大きさは最初の倍くらいになっている。やっぱりと思った。
「どこにあんな大きな熊が隠れていたのだ。ずっと上から見ていたのに、信じられん」
つぶやくゴウザン王に剣吾が説明を始めた。
「最初が四頭で、あっさり倒せた。でも死体は消えた。次が三カ所で、少し苦労したというか…熊が変化した。ここまではいいか?」
「うむ、そして今が三回目で二頭だな…ふん、さっきの死体も残ってはおらんだろうな。死体を食って変化するのか、融合してしまうのかはわからんが。厄介だな」
認めたくないモノがそこに存在していたが、部隊の指揮官として王として目を逸らすわけにはいかないのだろう。深くため息をつくとノアールに声をかけた。
「二カ所共に同じ命令を出すから、この後で移動して欲しい。その後は森の外で待機している者達のところに行ってくれるか」
「承りました、王よ」
ゴウザン王は戦いの音にかき消されないように、大きな声を張り上げた。
「よいか!その熊を倒したら、何も考えずに森の入口へと走れ。負傷した者がいたら担げ、以上だ」
耐久力だけじゃなく攻撃力も上がっている熊に苦戦しつつも、半分くらいの兵士が一瞬だけ片手を上げていた。
「よし、伝わったな。もう一カ所に向かおう」
日が傾き始めた頃になって、森の中から兵士達が走り出てくる。結構な怪我をしている兵士が何人もいる。
急いで駆け寄って回復魔法での治療が始まった。馬と残っていた兵士達は一足先に戻った俺達の説明で、かなりの距離を下がっていた。
森と部隊の中間くらい、どちらかと言えば部隊寄りに下がった上空で、俺達は待機していた。
「そろそろくるか?」
「同じパターンならな」
俺達がボソボソと話していると森の中から咆哮が響く。ここまで聞こえるって…一体どんなのが出てくるんだ。
少し待つと地響きを立てて、木々をなぎ倒しながら一頭の熊が現れた。大きいなんてもんじゃない、大型トレーラーくらいのサイズだ。
存在を見せつけるためか威嚇のつもりか、立ち上がると大気を振るわせるほどの勢いで吼えた。
「グルオオオオオオ!」
断言しよう、あれは熊じゃない。魔物だ。夕暮れ迫る丘でドワーフの精鋭部隊と熊らしき魔物は向かい合った。




