処刑と約束
「そこまでです!己の行いを反省しなさい!」
領主は服のあちこちが焦げて、全身からうっすら煙が出ている。剣を落として前のめりに倒れ込んだ。兵士達が駆け寄って押さえつける。
「何とか間に合いましたね、遅くなってしまい申し訳ありませんでした。お二人に嫌な役をやらせてしまいましたね…」
天馬で中庭に降りてきたクレアさんは、俺達に向かって頭を下げる。やめて下さいと俺達が言う横で、地響きがするほどの勢いでゴウザン王が跪いた。
「娘の女神様のみならず、母の女神様にもご足労頂いてしまったのは、ひとえに我の責任!どのような処罰も甘んじて受ける所存…」
そのままだとずっと謝るのをやめないかもしれない。俺はなるべく普通の調子で話す。
「もういいだろ?皆の具合が気になるし、少なくともヨハンは治療が必要だからさ」
剣吾がサンチョスと協力してヨハンを運んでくる。体中傷だらけじゃないか…それでも笑顔で言う。
「信じてました…きっとお二人が助けてくれるって。僕…頑張りました」
「ヨハン兄ちゃんは、おいら達の代わりに領主に殴られてただあよ…」
「僕が耐えきれば、皆を解放してくれるって言われて…多分、嘘だとは思いましたけど、痛いのは一人でいいから…」
「もうしゃべるな、女神が二人もいるんだから治してもらおうな」
俺はユレアを見た。多分泣きそうな顔だったと思うけど、何も言わないでヨハンの治療を始めてくれた。
その様子を見守っていたゴウザン王が立ち上がって領主の方へ行く。どうしたのかと俺と剣吾が後ろに付いていったら、衝撃的な出来事が待っていた。
落ちていた剣を拾い上げたゴウザン王は、振り返って俺達に告げた。
「このまま牢に繋いでも、恐らく反省も更生もせんだろう…そなた達にも迷惑をかけた。こうすることで償いとさせてほしい」
止める暇もあればこそ…ゴウザン王は領主の背中に剣を突き立てる。
「ぐあっ!な、なぜ…ガフッ」
領主が苦しそうに血を吐く、多分肺に傷がついたんだろう…更にゴウザン王は別の兵士から剣を借りて、地面を薙ぐようにして領主の首を切り飛ばした。
殺人事件のニュースをテレビで見ても怖いなという感想や、ひどい奴がいるな位にしか考えない。俺達は平和な日本生まれの日本育ちだ。
目の前の光景に青ざめて言葉なく立ち尽くす俺達。領主の首は転がっていき、壁際でこっちを向いた状態で止まる。
俺と剣吾はどっちが先に地面に手と膝をつき、吐いたのか覚えていない。胃の中身がなくなっても、吐き気が収まらずに二人で呻いた。
苦しくて涙が溢れていた。誰かが俺の背中に手を置いた。どうやらユレアのようだ。
「勇太、剣吾!…落ち着いて、あたしの声だけに集中して。大丈夫よ、他には何も聞かないで。ゆっくり呼吸をして、少し眠いでしょう?眠っていいのよ?」
顔を上げると涙でにじむ視界に、ユレアの青い綺麗な髪が見える。眠い?そうだな、眠いのかもな。
「ユレア…?ヨハンは?…ちゃんと助けて…」
「大丈夫よ、安心して眠ってね。後で起こしてあげるから、お休み二人共」
眠くなかったはずなのに急に睡魔に襲われる。ユレアの声を聞きながら、俺の意識は真っ暗などこかに沈んでいった。
真っ暗な道を歩いていると後ろで水音がする。気になって振り返るけど何も見えない。歩き出すとまた水音がするので気味が悪い。
走っても同じ速度でついてくる。いつの間にか俺の横を、複数の人が走っていることに気が付いた。右側に剣吾がいて一緒に走っている。
「勇太、やっぱ体動かすのって楽しいよな」
「剣吾?…そうだな、楽しいよな。そう思わないか?ヨハン…」
剣吾に話しかけられて気分が少し落ち着いた。気味が悪かったことを忘れた俺は、ヨハンだと思った誰かに話しかけた…誰かは走りながら答える。
「もう、体は動かせないのだ…お前達のせいでな!」
答えたのは首のない体が小脇に抱えた、血を流す領主の首だった。
「うわあっ!」
俺は自分の叫び声で目が覚めた。少し小さいがふかふかのベッドで寝ていたみたいだ。自分しかいないから、どの位時間が過ぎたのか分からない。
「この場合…ユレアが起こしてくれるのが異世界の王道って気がするのにな…」
どうでもいいことを考えながら部屋を観察する。自分の部屋じゃないから、まだ帰る時間じゃないんだろう多分。
起き上がって部屋から出ると、扉の外に兵士が立っていた。
「気が付かれましたか?目が覚められたらお連れするよう、王から言われておりますのでこちらへ」
兵士に案内されて廊下を歩いていたら、後ろから誰かが歩いてくる気配がする。夢見が悪かった俺は思わず振り返った。
そこにいたのは同じように兵士に案内される剣吾だった。
「よう勇太…少しは復活したか?」
「無理…変な夢見た、剣吾は?」
「同じようなもんだよ…まだ気持ち悪いからな」
げんなりしながら兵士についていった先は、昨日も来たゴウザン王の私室だった。俺達だけ中に入るよう言われたので従う。
部屋にはゴウザン王と宰相、ユレアとクレアさんがいた。全員が俺達を見てほっとした顔になる。心配させたんだろうな。
「よく来てくれた、まあ座れ。茶が良いか?酒か?好きな物を手に取ってくれ」
見ればテーブルには沢山の飲み物と、お菓子や軽食が並べられている。正直なところ気持ち悪くて、食べることは出来そうにない。薬草茶だけもらった。
「さっきはすまなかった。そなた達の世界ではああいうことは、起こらないと女神様達から聞いた。さぞ気分を害しただろう、本当にすまない」
謝罪をしてくるゴウザン王にぎこちなく笑いかえしてから聞いた。
「俺達の国では見ないけど、気にしないでくれ。それよりも皆は?」
俺の質問には宰相が答えてくれた。
「民達は別室で休んでおりますので、ご安心を。怪我などもなくなりましたので、明日にでも谷へ送り届けましょう」
ユレアが笑顔で頷くので問題ないだろう。安心した俺達にゴウザン王が声をかけてきた。
「心配がなくなったようだから、本題を話そうか。今回の騒動についての償いと、今後の対応…それから国王としての頼みがある」
対応してくれるのはいいけど、頼み?王様から?きっと碌なもんじゃないだろう。そう思うが話くらいは聞かないとだめだろうな。
剣吾を見れば似たような感じでこっちを見ている。
「どうするよ、聞くか?勇太」
「…聞くだけはしないとな。だけどそろそろ時間じゃないか?ユレア、残り時間は?」
外が見えない造りだからユレアに聞いてみる。どうやらあまり残っていないらしい。
「後少ししかないね。仕方ないから次回に持ち越しにしたら?どうかな、ゴウザン王」
威厳ある女神としてのユレアしか知らないのだろう、ゴウザン王はどう言っていいのか分からないという顔だ。
「説明不足で申し訳ないですね、ですが私からもお願いをします。彼等は時間が限られているのです。次回にしては頂けませんか?ゴウザン王よ」
クレアさんにまで言われては反対など出来ないだろう、ゴウザン王はあっさり白旗を振った。
「女神様達の願いを断る愚か者は、この世界にはおりませんな。そなた達はいつでも城へ入れるようにしておくから、よろしく頼むぞ」
「分かった、谷の皆のことを頼んだからな?帰るか、剣吾。ユレア送ってくれるか?」
「流石に今日はもう限界だから、次に頑張るよ。それじゃあまた今度。クレアさん、ユレア」
皆に会わずに帰るのは気になったが、次も王様に会うことを約束して送ってもらった。その日の反省会は…ひたすら酒を飲んで終わった。
翌日の夜、何気なく遊んだゲームでまた変化を見つけた。予想通りだったけど称号が変わっている。『ドワーフ達の救世主』という称号に確信した。
確実に行動が影響していると考えるべきだ。剣吾に確認のメールを送ると同じような状況だという。剣吾の称号は『王を破りし剛の者』だった。




