異世界良いとこ何度もおいで
広間みたいな場所に案内されたが、テーブルも椅子も少し小さい。俺は丸太風の椅子を二つ並べて座る事にした。
俺の向かい側に爺さんが座り、その横にサンチョスが座る。蜂蜜酒が運ばれると爺さんが話し始めた。
「ようこそおいで下さいました勇者様。儂はこの村の長老で、ハンスと申します。今儂らの村は困っておりましてな。言い伝えに頼る事にしたのです。言い伝えの内容は…」
しばらく話を聞いた俺が自分なりにまとめて理解した内容はこうだ。
この世界は三人の女神により見守られていて、神と魔を含む六つの種族が暮らしている。
女神は過去の守護者が母の女神、現在の守護者が娘の女神、未来の守護者が孫の女神と呼ばれているということ。
言い伝えでは世界に異変が起きる時は必ず予兆があり、いつの間にか勇者が現れて、皆を救ってくれる事。
そして目の前のこいつらは、困っているらしいということだけだった。
長老の話に混乱しそうな俺に、蜂蜜酒の追加が運ばれてきた。持ってくる奴らも小さくて年齢が分りにくい。
「とまあ言い伝えは以上ですが、今まさに世界の危機が訪れております。とても困っておりましてな。そこで山向こうの神殿に出向いて、女神様にお伺いをたてました」
蜂蜜酒が甘すぎて二杯目はなめるだけにしていた俺は、長老に突っ込みを入れた。
「待てよ。予兆って何だよ?そもそも異変で世界が滅んだりするのか?」
長老は頷きながらも否定してきた。
「言い伝えでは、全てが滅んで無へと帰ると言われております。以前は変化が激しく、早急に対応していたそうです。ですが、今回は非常にゆっくりなのです」
「ゆっくりでもおかしいなら、皆で対処すればいいだろう?」
さらなる俺の質問にも首を振る。
「ゆっくりすぎて皆真面目に考えないのです。深刻なのは我らの地域のみでしてな。他の問題もありますし」
何となく分った。自分達に影響がなきゃ外野でいられる、だから適当な返事で済ませてしまうんだろう。
髭を触りながら言う長老を眺めていたが、俺は巻き込まれるのは嫌だった。適当なアドバイスでもしてさっさと帰りたかった。
「それで何だ?女神様は異世界の勇者に助けてもらえって言ったのか?」
サンチョスがテーブルに乗り出すようにして言ってくる。
「そうだあよ、勇者様。長老にお告げがあっただあよ。だからっ、痛い!」
鼻息の荒いサンチョスの頭を、杖で一撃して黙らせてから、長老はまた髭を触り始めた。
「三女神の一人で、現在を司る娘の女神様に教えられました。孫の女神様が、何処かに消えてしまったというのです。母の女神様と連絡を取ったけれど、行方は掴めていないと」
一度言葉を切った長老は椅子から降りて、棚に置いてあった箱を持って俺の側へやってきた。
「未来が消えてしまう可能性があると告げられました。予兆は我らの村を含む近隣三つの村で出ておりますが、広がっていくだろうとも言われました」
箱から細い腕輪のような物を出しながら長老は続ける。
「けれど、この世界の者が頑張っても無駄だと、他の世界の力が要るとのことでした。召喚には子供の血液少しと、牛一頭と薬草を煮詰めて、月が空の真ん中にかかった時に地にまけと言われました。そしてサンチョスが選ばれたのです」
まるでサバトじゃないかと思う俺の側で、長老が取り出した腕輪をさりげなく俺の腕にはめようとするので立ち上がる。
こいつらは小さいからこうすれば届かなくなる。見下ろしながら聞いてみた。
「勝手に何するんだ?それは何だ?」
「これはその時に、娘の女神様から頂いた腕輪です。女神の加護と、帰る為の道標になるそうです。どうやら貴方様は迷惑だとお考えのようなので、早めにお送りしようかと…」
長老が申し訳なさそうに言うし、俺も早く帰れるならいいかと思って座り直した。左腕に細い鉄の腕輪が通されると、更に細い鎖部分で大きさを調節された。
「これで転送の第一段階が完了ですな。では勇者様、明日までは我慢をして頂きたい。それとですな」
サンチョスに話があるから、村を見て回ってはと長老が言うので、俺は面倒だと思いながらも席を立った。
外へ出て見れば、意外に沢山人がいる。何かを言いたそうにしながら、俺の後ろに付いて来るが振り向くと逃げていく。
歩きながら俺は考え込んでいた。考えていたのは、寝る前にインストールしたゲームのことだ。
この手の異世界召喚は、ゲームの世界に巻き込まれる、というパターンがあったはずだ。
帰れないことが多いらしいが、俺には戻る道が用意されているらしい。無事に部屋へ戻れたらやることが二つあると思った。
まずはゲームの説明書きを読んでから、ネットの掲示板をチェックする。同じような目に遭っている誰かがいないか知りたかった。
次にゲームの削除だ。買ったばかりだけど、危ない目には遭いたくないからしょうがない。
ふと剣吾のことが気になった。同じゲームを買ったけど大丈夫なんだろうか?心配だ、やっぱり早く帰りたい。
そんな事を思いながら集落を一巡りした俺は、またサンチョスの家に戻った。笑顔で長老が声をかけてくる
「いかがでしたかな?のどかで自然に囲まれたよい場所でしょう。食事の用意が出来ております」
俺は歩いている時に感じた何かがあったが、上手く表現出来ないから黙っておくことにした。
色々と変わった物を食べながら、長老から村の昔話や、女神の伝承とかを聞いている内に夜になった。
「お疲れでしょうから、もう休まれては?明日祭壇へ案内しますので」
やっと帰れると思った俺は、長老のいうようにベッドに横になった。サイズが小さくて、熟睡出来なかったのは言うまでもない。
翌日はやっぱりサンチョスが起こしにきたが、あまり眠れなかったから起きて待っていた。
「勇者様おはようだあよ。朝ご飯の用意が出来ただあよ。その後で一緒に出掛けるだあよ。」
昨日の話というのは、祭壇に行く話だったのかと思った俺は、昨日の広間に移動した。広間に並んでいたのは、猪の干し肉を炙った物と、皿よりも薄いパンらしき物だった。
あまり食欲のなかった俺は同席者を観察していた。長老とサンチョス、そしてサンチョスの家族らしいのが三人いる。
しばらく観察を続けた俺は、ふと気になったことがあった。食べている物は同じだが明らかに量が少ない。
向かい側のサンチョスに聞いてみたが、長老に答えられた。
「我らは夜にしっかりと食べるので、朝は少しでいいのです」
「そうなのか。でもさ、俺は食欲無いから。サンチョス食べろよ」
俺がそう言いながら皿をサンチョスに渡すと、驚いてからすごく嬉しそうにしていた。
俺はこの時、見た目はおっさんでも中身が子供なら、食べ盛りなんだろう位にしか思わなかった。
用意をしてくると言う長老達を待つ間に、薬草を煮出したという少し苦いお茶を飲んでいたが、意外にいけると思った。
ちょっとくせになりそうな気がしたが、もう帰るから関係ない。
「お待たせしました勇者様。準備が出来ましたので祭壇へ案内致します」
見れば長老とサンチョスが、小さな鞄を肩からかけて戻ってきた。長老の後に付いていく俺の横には、ニコニコしたサンチョスが並んで歩いている。
集落の入口で沢山の人に見送られながら出発した。
「勇者様、また来てね。待ってるよ」
誰かがそんな事を言ってくるが、俺は戻らないからと言えなくて、少しだけ罪悪感がわいた。
タレサビ村を出て少し歩くと、長老が立ち止まって言った。
「勇者様。女神の祭壇へは山を一つ越えます。歩くと丸三日の距離です」
同じように足を止めた俺は聞き返してしまった。
「丸三日だって?困るんだよ!会社行かないといけないんだ、何か手段はないのか?」
俺の質問は想定内だったらしく、長老はサンチョスに目配せをする。サンチョスは小さな横笛を取り出すと、足踏みをしながら演奏を始めた。
理解が追いつかない俺に長老が教えてくれる。
「あれは羽馬を呼ぶ曲と踊りです。もうすぐ来るでしょう」
羽馬っていうなら空からか?そう考えた俺は上を見ていたが、背後から重い足音が聞こえてきた。俺は期待して振り返った。
そこにいた馬はある意味で期待以上だった。期待の斜め上、それどころか真上からくらいの勢いだった。
「待てよ!サイズが大きすぎだろ!ペガサスってもっとこう、洗練されたイメージだろ?」
目の前には、小型バスくらいの大きさの白い馬がいて、サンチョスの笛に合わせて首を揺らしている。羽は肩の辺りに小さいのがあった。
「あんな小っさい羽で飛べるわけないだろう!飾りじゃないか!詐欺だこんなの」
文句を言う俺に、長老は髭を触りながら言った。
「羽馬ですからな。精霊の一種だから羽の大きさは関係ありませんぞ?勇者様が思い描かれたのは、天馬のことでしょう。あれは女神様達の物ですからな」
羽要らないじゃんという言葉を飲み込んで、俺は改めて羽馬を眺めた。大きさはあり得ないけど、目とか可愛い。
演奏が終わったのか、サンチョスが笛を片付けて俺を手招きしている。近くに行くと迫力があった。
羽馬は大きさに見合わない繊細な動きで俺の肩にすり寄ってくる。そっと触れるかどうか位の動きだから、俺が倒れたりすることはなかった。
「勇者様のことが気に入ったみたいだあよ。名前を付けてあげるといいだあよ」
恐る恐る羽馬に触って柔らかい感触に感動していた俺は、サンチョスの暢気な言葉に首を横に振った。
もう帰るんだから、もうここには戻らないから名前なんて付けない方がいいと思った。
情が移ることはしない方がいい。その方がお互いの為だと思うから、俺は冷静な振りで祭壇への出発を促した。
「では羽馬に乗ってください。すぐに祭壇まで行けますからな」
膝を折る羽馬によじ登って背中に座ろうとしたが、サンチョスと長老は登れなかったから、仕方なく引っ張り上げてやった。
羽馬は俺達が座ると静かに立ち上がって、動きを感じさせないで一気に空へ駆け上がった。
そこに地面があるかのように、空中を力強く蹴って走り始めると、景色が後ろへ流れていく。
「うわぁ、すごいなぁ。俺、空飛ぶ馬に乗ったんだな」
子供みたいに感動している俺に、長老が説明を始めた。
「これで太陽が空の真ん中に差し掛かる頃には、女神の祭壇へ到着できますからな。そこで娘の女神様にお会いください。そうすれば帰れますから」
長老の説明通り、昼頃に大きな神殿の前に到着した。俺達は羽馬を外に待たせて、中へと入って行く。
神官らしい人物が何人もいたが、人ではない種族もいて、俺はキョロキョロと周りを見回しながら歩いた。
神殿の一番奥は広間になっていて、大きな水晶が置かれていた。神官と長老が何やら話をしていたが、どうやら女神を呼び出してくれるらしい。
神官が数人集まってきて幾つもの鐘を鳴らした。水晶が光り始めたかと思うと人影が浮かんで、水晶の中から一人の可愛い女性が現れた。
驚く俺の近くまで来てお辞儀をするから、慌ててお辞儀を返した。蒼くて長い髪が印象的だ。
どんな声でしゃべるんだろうか?きっと見た目を裏切らないだろう。そんなことを考えていたら、先に長老が話を進めていた。
「娘の女神様、お越し頂きありがとうございます。それで、例の件で勇者様をお招きはしたのですが…」
だが長老の話もそこそこに、女神は更に俺に近づくと色んな角度から俺を観察した。値踏みをされているみたいで、あまりいい気分じゃない。
そして予想通りの可愛い声で言った。
「結構いい男じゃない。うん、合格!」
何が合格なのか知らないが、一つ分かった事があった。この女性に関わるとひどい目に遭う気がする。さっさと帰ろうと声を掛けた。
「君が女神?申し訳ないけどさ、俺帰りたいんだ」
にっこりと笑顔になった女神は、俺の手を引きながら言った。
「君、なんて冷たい言い方しないで?あたしはユレアっていうの。ちゃんと送るから、貴方の事もっと知りたいな?お茶の用意をさせるから、ゆっくり話しましょう?」
さっきの値踏みは忘れよう、可愛い女性からお話ししたいと言われたのだ。悪い気はしない俺は頷いていた。
神官達が用意してくれたテーブルに案内されて、俺は質問攻めにあった。好きな物はとか、向こうではどんな生活をしているのか等、かなり幅広く質問された。
ユレアは身体が触れるくらい俺の近くに座って、お茶を入れてくれたりお菓子を渡してくれたりする。
そして俺の目を覗き込むようにして話し掛けてくる。そんな状況に俺は慣れていない。
緊張で質問に答えるだけで精一杯で、かなり時間が過ぎた事にも気付かなかった。
お菓子でお腹がいっぱいになったのか、サンチョスが眠そうな声で聞いてきた。
「ふわあ…。勇者様は帰らないで、こっちにいてくれる気になったのか?そうなら…おいら嬉しいだあよ」
サンチョスの言葉に俺は思わず立ち上がっていた。人生初めての状況に舞い上がっていたから、すっかり忘れていたけど帰るんだった。
俺がいきなり立ち上がったから、ユレアはちょっと驚いているようだったが、にっこり笑うと立ち上がって水晶の前に行き、俺を手招きした。
俺が側に行くとユレアは腕輪のはまった左手を取って、何かを呟き始めた。それにあわせて、鉄に見えていた腕輪の色が銀色に変化していく。
俺が横を見ると、寂しそうな顔でサンチョスと長老が近くに来た。サンチョスなんて泣いているから、長老に背中を撫でられていた。
俺から離れてサンチョスの隣に立ったユレアが、可愛い笑顔で小さく手を振りながら言った。
「その腕輪にはあたしの加護と祝福が与えてあるわ。ちゃんと向こうに帰れるよ。それじゃあ、またね」
またね?ユレアの言葉が気になった俺が聞こうとした時、足下に魔方陣らしい物が浮かんだ。転送の為だろうと推測したけど、何か引っかかる。
「またって何だよ?もう俺は関係ないだろ、別の誰かに頼めよ」
俺がそう言うと、今度はニヤリっと笑ってユレアが言った。
「だめよ?折角知り合いになったんじゃない。もう少し位いいでしょ?その腕輪はあたしにしか外せないから。定期的にこっちに来るようにしたから、よろしくね?」
「何だそれ!加護じゃなくて束縛で、祝福でなく呪いじゃないか!外せよこれ!」
騒いでいるうちに、本格的に魔方陣が機能し始めたようで、光の壁に遮られて声が聞こえなくなった。
サンチョスは口を大きく開けてオロオロしていたが、長老とユレアは握手をしていた。完全に騙されたと思った俺に、ユレアが何かを言った。
聞こえなかったが口の動きだけで判断するなら、逃がさないわと言った気がする。
「やっぱりひどい目に遭うじゃないか!可愛い顔して…俺の純情を返せー!」




