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週末限定レンタル勇者  作者: 暮先 冬夜
週末限定レンタル勇者 一章
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飲みと良い夢の後は、嫌な現実?

「おう勇太。こっちこっち、久し振りだな」

 俺は月末の金曜の夜、客でごった返している居酒屋に出向いた。剣吾と一緒に飲む為だ。

 狭い通路をすり抜けて剣吾の向かいに席を確保する。忙しそうなバイトに声をかける。

「あ、お姉さん。俺ビールをジョッキで。剣吾は?同じでよろしく」

 給料日と金曜日が重なるのは都合がいいのか、店内はほとんど会社帰り風の奴ばかりだ。

 運ばれてきたジョッキを持ってお互い笑いあってから喉へ流し込む。

「くう、仕事帰りのこれがいいんだよな」

 一気に飲み干して次を注文する俺を見て剣吾が呆れた。

「何おやじくさいこと言ってんだよ。サービスは枝豆か?何だよ塩が足らねえな」

 お前だって塩足らないとか、おやじだと言い返してやった。


 剣吾とは大体二週間に一度くらいで食事か飲みに行っている。今日も最初から予定が決めてあった。

 腹が減ってた俺達はまずは飯だと、焼き鳥だの唐揚げだの色々頼んで黙々と食べた。

 幾つか皿を空にしてから、お互いの状況を確認しようと剣吾が言い出した。

「勇太はどうよ?最近。社会人になって大変か?ちょっと痩せたよな」

 俺はジョッキを口に運ぼうとしたけどテーブルに置いた。痛いところを突いてくる。

 剣吾に誤魔化しは効かないらしい。俺は肩を竦めて見せた。

「大変ってわけじゃないけど、つまらないんだ仕事がさ。何の為か分らない事ばっかりで」

「勇太は四月だけど一足先に五月病にでもかかったのか」

 剣吾はツナパスタを取り分けながら言ってきた。不覚にも笑ってしまった。

「誰が上手いこと言えって頼んだよ。そういう剣吾は?家業の菓子屋継いで何年だっけ?」

「大学行くの諦めたから四年だな。どうだ勇太よりも先輩だ。敬いたまえ」

 本気ではなく冗談めかして腕を組み、胸を張るから更に笑いがこみ上げてくる。

「バーカ、年は同じだろ。でも四年か早いな。俺達がネットで知り合ってからも四年か」


 剣吾とは大学に入ったばかりの頃に小さなコミュニティサイトで知り合った。

 剣吾は進学したかったけど父親が病気になって、子供は自分しかいないから高校卒業と同時に会社を継ぐしかなかったらしい。

 大学生に憧れているから、話だけでも聞かせて欲しいという書き込みが気になって、俺はメールを出すことにしたんだった。

 あの日からもう四年以上になったけど、剣吾は会社の社長として頑張っている。

 俺はまだ社会のスタートラインに立ったばかりの、文句ばっかりの新人だ。

「確かに敬うべきだよな。剣吾はすごいよ。俺は社会の事何も分ってないもんな」

 俺が珍しく真面目なのにツナパスタを食べてた剣吾が吹き出した。

「ゲホッ!ゴホッ!……勇太気味悪い。悪い物でも食べたか?あっ、そこのお姉さん」

「お前と同じ物しか食ってねえよ。……会社は順調か?」

 バイトに声をかけて新しいおしぼりをもらった剣吾はにたっと笑った。

「一応は順調だ。まあ、幹部のおっさん達のお陰だけどな」

 俺は会った事がある何人かを思い浮かべながら頷いた。剣吾の様子をこっそり見に行くと、必ず菓子をくれた人達だ。

 剣吾を支えて会社の事を守っているすごい人達で、俺の事も可愛がってくれている。


 俺はどうやら遠い目をしていたらしい。剣吾が目の前でわざと手をひらひらさせている。

「勇太起きてるか?今日は大事な日だぞ?まだ寝るなよ」

 手を払いのけながら俺は足下の紙袋を持ち上げた。剣吾も同じような袋を取り出した。

「もしかして社長が会社抜け出してたのか?だめだろ。俺はここに来る前だけどな」

「固い事言うなよ。営業の兄ちゃんに頼んで取ってきてもらったんだ」

 俺達二人は同じゲームを持っていた。急な発売を剣吾から聞いて予約した物だ。

 発売前の情報では剣と魔法のファンタジー冒険物で、簡単には先を読ませないストーリー展開らしい。

「勇太はキャラの職業どうするんだ?俺は今まで魔法使い系ばっかりだったから違う線でいくつもりだけど」

 パッケージに書かれたあらすじを読んでた俺は剣吾を見た。

「今回は違うのかよ。どうするかな。そうなると俺が魔法系かな」

 傭兵とかにしようと考えてたから、俺の返事は中途半端なものになった。剣吾は気にするなと言って酒と料理の追加を注文し始めた。


「うあー。ちょっと飲み過ぎたな。もう今日はインストールだけして明日やろう」

 剣吾と別れて部屋に帰ってきた俺は、ソフトのインストールが完了する直前に強烈な睡魔に襲われた。

 何とか再起動までしたがもう限界だ。パソコンの電源を落としてベッドに倒れ込む。

 俺の意識はあっという間に夢の世界へ突入した。俺はいい夢を見ていた。

 ゆったりしたワンピースが似合いそうな可愛い娘や、黒で細身のスーツが似合いそうな美人のお姉さん達に囲まれていた。

「勇太さん。これ私が作ったクッキーなの、食べて。はい、あーん」

 小動物系美少女の手からクッキーを頬張る俺のネクタイをくいっと引いて、眼鏡美人が野菜のキッシュを差し出してくる。

「べ、別に食べなくても構わないけど、多分美味しいわよ」

 ここは天国に違いない。ずっとここにいたい。そんな俺の肩を誰かが揺する。

 何だよいい所なんだから邪魔するな。そう思いながら払いのけようとしたら更に強く揺すられた。

 起きたくないんだ、もう少し寝ていたいんだ。そう思う内に声までかけられ始めた。仕方なく目を開けた俺は激しく後悔した。

 むさいおっさんの顔が目の前にあったからだ。


「ううわあああ!なんだ、お前誰だ。泥棒か!金はないぞ!」

 俺は飛び起きて後ろに下がった。すぐに背中が壁に当たる。違和感があった。思わず俺は振り返った。

 木で出来た壁がある。目を擦ってからもう一度見る。やっぱり木の壁だ。何だ木の壁かと納得しそうになったが、俺は自分に突っ込みを入れた。

「木の壁かじゃねえよ。しっかりしろ俺!」

 俺の部屋の壁は白い壁紙が貼られた一般的なアパートの壁のはずだ。よく見ればベッドも木で出来ている。ここは俺の部屋じゃない。

 じゃあどこだって話になるが、それを知っていそうな奴は近くにいた。俺の目の前で驚いた顔の、小さいおっさんが固まっていた。


「お、お前誰だ?ここはどこなんだ?言葉分るか?」

 俺が話しかけるとおっさんは何度かまばたきをして言った。

「声が大きくて驚いただあよ。おいらはサンチョス。ここは女神の谷の端にあるタレサビ村だあよ。勇者様」

 何だか聞き慣れない言葉を聞いた気がする俺は再度おっさんに聞いた。

「だから、おいらはサンチョスで、ここはタレサビ村だあよ。勇者様」

 女神の谷?勇者?そうか、これは夢の続きだ。きっとそうだと俺はベッドに横になろうとした。

「寝ちゃだめだあよ。おいらの話を聞いてくれ、勇者様」

 夢のくせに注文が多いとは納得いかない。俺はおっさんを無視する事にした。

「起きて欲しいだよ、勇者様」

「……」

「勇者様、勇者様、勇者」

「うるさい、だまれ。夢のくせに。俺の名前は勇者じゃなくて勇太だ!」

 あまりにしつこいおっさんに、俺は叫んでいた。



 ある日突然異世界へ、見知らぬ世界で貴方も英雄になりませんか?

 何でも思うまま、チートな能力で世界最強なハッピーライフ。

 三角旅行社が贈るこの夏限定特別企画。お値段格安お勧めです!なんてねー?


 誰でもいいから実はそんな嘘企画で、その引っかけですよと言って欲しかった。ほらここにカメラが隠してあったんです。

 驚いた時のリアクション最高でしたよ。そう言って笑いものにして欲しかった。そう思って俺は試しに壁を殴ってみた。

 痛かったし、慌てたスタッフが走ってくる事もない。

「何だよこれ?夢じゃないのかよ!……どうなってんだよ」

 混乱する俺におっさんが何かを差し出してきた。甘い香りのする飲み物が入った木のコップだった。

「蜂蜜酒を薄めた物だあよ。落ち着いて欲しいだあよ」

 無言でコップを受け取り一口飲んでみる。甘さが口に広がる。少し落ち着いた。


 俺が半眼でおっさんを見ると上目遣いで見返してきた。女の子に上目遣いで見られるならまだしも、おっさんからだと気持ち悪い。

 俺は出来るだけ冷静に質問した。

「もう一回聞くぞ?どこで、何が、どうなってるんだ?」

「ここはタレサビ村だあよ。おいらが勇者様を召喚しただあよ。おいら達を助けて欲しいだあよ勇者様」

 俺はおっさんの胸ぐらを掴んで詰め寄った。

「お前が召喚した?さっさと戻せ!」

 おっさんの身長は俺の腰位までしかないみたいだ。俺が大体175センチ位だから、多分1メートルないだろう。

 おっさんは俺に吊り下げられた状態で手足をバタバタさせている。

「か、帰るには話を聞いてもらった後で女神の祭壇に行かないとだめだあよ。苦しいだあよ」


 帰る事が出来ると知った俺は手を放した。床に落ちたおっさんが文句を言ってきた。

「乱暴な勇者様だあよ。言い伝えみたいに優しくないだあよ」

 俺は無視をして聞いた。

「話って何だ、女神の祭壇はどこにあるんだ?」

「おいら達を助けて欲しいだあよ」

 おっさんはさっきと同じ事を言うが、具体的な内容が分らない。

「だから、何をどうしたいんだ?」

 我慢強く質問したと自分で思う俺におっさんはやっぱり同じ事を言った。

「とにかく困ってるから助けて欲しいだあよ、勇者様」

 再度俺はおっさんの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「ふざけてんのか?何も分らなくてどうしろって言うんだ?お前のこの頭は空なのか?」

 空いてる手の人差し指をおっさんの頭に突きつける。ついでにグリグリする。

「痛いだあよ、勇者様。何で乱暴なんだ」

 内容の分らない話とお前に苛つくからと言おうとした時に部屋の扉が開いた。


「お待ち下さい、勇者様。その者は村で一番幼い子供でして、内容を教えておらんのです」

 ツルリと寂しい頭に白くて長い髭、手に杖を持ったローブ姿の、多分高齢だろうという人物が入ってくる。

「子供?これで?どう見てもおっさんじゃないか」

「我らは妖精族でしてな、鎚の一族と呼ばれております」

 俺はゲームや異世界設定でのドワーフみたいな種族だろうと思った。話ながら俺の側まで来ると軽く会釈をしてきた。こいつも小さい。

 仕方ないから俺はおっさんを放してやった。また床に落ちて文句を言った。小さい爺さんは俺を見上げて言ってきた。

「突然の事で驚かれるのも無理はありません。こちらへ、説明いたします」

 部屋を出て行く小さい二人に続いて行こうとした俺は入口で立ち止まった。扉が小さくて膝を曲げないと通れなかった。

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