田植えと謝罪
「それじゃあ、田植えの仕方を説明するぞ!ここにある苗をこう持って、根の部分をしっかり泥の中へ入れるんだ。そうしないと育たないからな!そこ!ちゃんと聞け!」
翌日は早朝から村人総出で田植えの作業をする。俺はノアールに乗って、あちこち移動して説明と指導を繰り返した。
「いいかー。ある程度大きくなってきたら、こまめに雑草を取り除くんだぞ。水の加減とかは長老に伝えたから、皆長老の言うことを聞いてくれよ。それじゃあ休憩」
昼食の為に皆が休憩している内に、俺はユレアとクレアさんを森へ連れ出した。
「ユレア、クレアさん。話というか、相談があるんだ」
いくら彼女達が女神でも無理はあるかも知れないと思ったけど、何としても頼みたいことがあった。
帰った後で閉じ込められたら、監視が付いたら?そう思うと色々問題があるからだ。
「ユレアに聞きたいんだけど、腕輪が転送の時の鍵だよな?それ以外の機能って無いのか?」
「実はね、勇太が向こうへ帰っちゃっても、話位は出来るの。勇太以外には聞こえないけどね」
「お、結構便利な機能があるじゃないか。それなら、今度はクレアさんに聞きたい」
「何でしょう?勇太様。私で出来ることでしたらお手伝い致しますわ」
ユレアと違って話し方が優雅だなあ、そんなことを思っていたらユレアに睨まれた。
いいじゃないか少し位、綺麗で優しいお姉さんは男の憧れだ。言えないけど。
「…えっと、ユレアには言ったけど、俺のミスで人に見られてるんです。向こうへ帰ったら、保護という名目で閉じ込められるかもしれない…」
何とも言えない顔で頷くクレアさんに、頷き返してから続けた。
「…だから転送を調製出来るようにして、目眩ましで俺の幻影を作るとか可能ですか?」
二人は驚いた顔で俺を見た。暫く無言だったけどクレアさんが口を開く。
「…可能ですが、勇太様は…ご自分の立場が危なくなっても、その…こちらを助けて頂けるんですか?何故と伺ってもよろしくて?」
「子供がご飯を我慢しなくても良いようにしたい。後は…」
俺はチラッとかユレアを見てから言う。
「後は、ユレアと約束したから」
「勇太…」
クレアさんはにっこりと微笑んで、俺の手を取ってから言った。
「女神としても姉として、嬉しいですわ。勇太様のご希望は優先的に扱いますわね。それでは、腕輪の改造を致しましょう。ユレアの加護に加えて私の加護も付与致します」
もしもの場合の手段を確保した俺は、二人と一緒に戻って作業を続けた。
田植えが終わって村に戻ると、おばちゃん達が炊き出しをしていた。温かい汁物をもらって、のんびりしているとヨハンとサンチョスが近寄ってきた。
「勇太兄ちゃん。ヨハン兄ちゃんと一緒にこれを作っただあよ。怪我よけのお守りだあよ」
「勇太さんは大事な身体ですからね。用心しましょう!」
二人から差し出されたお守りは木彫りの小さな人形に、黒い革製の紐が通されている物だった。ストラップ位の大きさだから、帰ったら携帯に付けよう。
皆と一緒に作業したのが良かったのか、俺の周りには入れ替わりで村人が話をしに来た。そんなことをしている内に夕方が近くなってきた。
気付けば周りが微妙な空気に包まれている。皆が何かを言いたいが言えないように見える。誰かが喋ったんだろうな…多分。
きっと向こう側を気にしているんだろう、だからわざと大きな声で言ってやる。
「じゃあまたな。色々調べてくるから働けよ」
言い終わる頃に転送が始まる。サンチョスとミリーが抱き合ってわーわー泣いている。ヨハンがじっと見つめてくるから、お守りを小さく振って転送した。
怖くて目を閉じていたが、余り騒がしくはない。ゆっくりと開けてみると、物凄い怖い顔の剣吾がいた。
「遅い帰宅だな…勇太。言い訳を聞いてやろう、さあ話せ」
静かに怒ってる剣吾に逆らう気はなかった俺は洗いざらい話した。
「なるほどな。なあ勇太、俺が怒ってる理由は分かるよな?」
「ああ、俺が黙っていたからだろ?悪かったと思ってる」
巻き込むわけにはいかないと黙っていたが、結果として剣吾を怒らせてしまった事はわかってたから素直に謝る。
いきなり剣吾が俺の頭を抱え込んでグリグリしてくる。
「いた、痛い!悪かったよ!勘弁してくれよ剣吾!」
かなり痛かったから、何とか逃げようとした途端に放してくれた。
「とにかく無事で良かった。心配したし、腹が立つのはまあ、あれだ。そういう相談がないって事だな」
「本当にごめん。悪かったと思ってる」
腕組みしながら俺を見ていた剣吾が更に言った。
「心から悪かったと思うなら、誠意を見せてもらおうか?勇太は無条件で、俺が言うことを一つ受け入れる事」
俺は黙っていた事に罪悪感を持っていたから、深く考えないで頷いていた。まさか大事になるなんて、この時点では気付いてなかった。
剣吾はニヤリと笑って言い放った。
「それじゃあ、次回からは俺も連れていけ」
俺は少しの間言葉にならなくて口をパクパクさせた。
「な、何考えてんだよ!おま、…社長だろう。何かあったらどうすんだ!第一、仕事は?」
「大丈夫だって、村興しだろ?近くて遠い海外ボランティアだと思えばいいさ。仕事はまあ、何とかなるだろ」
「気楽に言うなよ…何とかなるって分からない内は駄目だ!」
剣吾はやれやれって顔で首を振っているが、納得してくれたのか?
「まあそう言うな。色々含めて話をしたいから、今度の金曜日会社に来いよ。約束してたよな?」
納得してないかもしれないが、金曜日?そういえば、そんな話があった事を思い出した。
「え、剣吾の会社に行くのか?飲みとかじゃねえの?」
「違う。元々、大事な話をしたかったんだよ。時間は夜七時だ、遅れんなよ?」
「ああ、分かったけど一つ言うことを聞くのは他を考えてくれよ?」
「嫌だね。勇太が納得出来るならいいんだろ?じゃあな」
剣吾を見送って部屋に戻った俺は、飲み物片手にベッドに座り込んだ。有無を言わさずに保護名目で拘束されるか、親父達に実家に連れ戻されるかを覚悟していた。
だから剣吾がどこにも連絡していない事に、少しだけ疑問があったけど実際助かった。警察も病院も勘弁して欲しいからな。




