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第五章「魔術」

 シグルドは弾かれたように目を開けて、傍らに置いてあった剣を取った。何者かの気配を感じ取り、飛び起きたのだ。

「どうしたの、何か出たの!?」

 ラケシスも起こしてしまったか、彼女は突然の張り詰めた空気に身を強張らせていた。

「しっ」

 人差し指を唇に当て、黙るように言う。辺りはしんと静まり返っており、動物や虫たちももう眠っている時間だろうが、確かに何かが動いた気配がしたのだ。

「……何か居るの?」

「大丈夫だ」

 不安そうに表情を曇らせるラケシスを安心させるように優しく笑い掛け、再び森の奥の暗闇に視線を戻す。

 しばらくの沈黙。

「何も居ないんじゃ――」

 何も起きない為に安心したか、ラケシスが口を開いた。が、言い終わる前に、彼女の声は悲鳴に変わった。驚いて振り向いたシグルドの視線の先には、ラケシスの他にもう一つの影があった。夜目は利く方だが、いかんせん暗すぎて姿を確認するまでには至らなかい。しかし、片手でラケシスの首元を締め上げ、束縛している事は見て取る事が出来た。

「まさか、この俺に気付かれずにここまで忍び寄るとは!」

 どれほど卓越した使い手を相手にしても、気付かないはずは無いと思っていたシグルドだったが、これには驚きを隠せなかった。先ほどの暴漢の仲間かと思ったが、それにしては気配を殺す技術が卓越しすぎている。

「貴様、何者だ」

 剣の柄に手を掛けながら、シグルドは問うた。明かりが無い為、相手の顔がよく見えない。

「お前こそ何者だ。ラケシスを(かどわ)かそうとする輩か!」

 シグルドに逆に質問を投げかけた声は、女のものだった。

「違うわよ! シグルドは、私を……」

 ラケシスは、そこまで言って言葉に詰まった。助けてもらった、とは言い難かったのだろうか。しかし、この会話から察するに、どうやらラケシスの知り合いである事が伺えた。

「とにかく、シグルドは悪い人じゃないの!」

 その言葉を聴いて、女は「ふん」と鼻を鳴らした。

「シグルド、って言うのか、お前。ラケシスに何を吹き込んだのか知らないが、この子は連れて帰るからね」

 ラケシスから散々馬鹿と罵られた次は、お前呼ばわりか、とシグルドは渋面になった。様付けしろなどと傲慢な事を言う訳ではないが、せめて名で呼んでくれと思う。

「吹き込んだなど、誤解もいい所だな。俺は暴漢に襲われていたその子を助け、明日にでも近くの村へと送り届けるつもりだった」

 そう言って事の経緯を説明しようとしたが、「どうだか」と短く遮られた。どうも信用されて居ない様である。一体どうしてここまで敵意を剥き出しにされなければならないのかと、シグルドは頭が痛くなる思いだった。

 ふと、暗闇の中から手が伸びてきた。女性の細腕である。

 何をするつもりかと身構えていると、突然「逃げて!」とラケシスの声が響いた。反射的に横に飛び退いたその瞬間、伸ばされた手の平から突然炎の球が放たれ、地面に落ちた小枝や枯葉の山に火をつけた。

「こいつ、魔術を使えるのか!」

 アグリア王家の者だけが魔術を使える訳ではないとは言え、その力を持って生まれる者は少ない。また、魔力を持って生まれたとしても、せいぜい釜戸の火を点ける程度の弱いものでしかない事が大半だ。一体、この女性は何者なのだろうか。

 体勢を整え、ラケシスを束縛する女に向き直るシグルド。が、その顔を見た瞬間、驚きで目を見開いた。

 ラケシスを捕らえている女の顔は、ラケシスと瓜二つだったのである。違っているのは、美しい銀髪と、透き通るような碧眼だけだった。

「お前は何者だ」

 先ほどと同じ問いを投げかける。少し前のラケシスと同じく、銀髪の少女はシグルドを睨み付けていた。

「私はドルチェ。この子の双子の姉だ。本当にラケシスを返すつもりならば、その剣を納めろ。話はそれからだ」

「嫌! 帰りたくない! 助けてよ、シグルド!」

 ラケシスがもがきながらそう叫ぶが、シグルドは少し考えた後、剣を鞘に納めた。しかし、不意打ちを受けては堪らない為、いつでも抜刀出来るように柄には手を掛けたままだ。その様子を見たドルチェが、また鼻をふんと鳴らした。

 剣を納めたシグルドを見て、ラケシスが「シグルドの馬鹿、裏切り者!」と手足をばたばたさせたが、ドルチェの言う事が本当であれば、ラケシスには悪いがこれも仕方の無いことだ。

「嘘は言っていなかったようだな」

「当然だ。アグリア王国騎士団団長の名にかけて、俺の言葉の全てに、嘘偽りは無いと誓おう」

 ドルチェがゆっくりと手を下ろした。シグルドも柄に掛けた手を離す。ラケシスが今だ観念せずに騒いでいるが、気にしないことにした。

「この子を助けてくれたことには、礼を言っておく」

 静かに言って、ドルチェはパチンと指を鳴らした。すると、途端に辺りの木々に燃え移りそうになっていた炎が消える。辺りは再び、深い暗闇に包まれた。

 それから彼女はシグルドの姿を一瞥もせずに、そのままくるりと踵を返した。騒ぐラケシスを気に止める様子は無い。そのうちラケシスも観念したのか、黙ってぐったりとなった。

「可哀想だが、これで親元に帰れるのであれば、彼女にとっても良いだろう」

 そう思って去って行く二人の姿を見ていたシグルドだったが、突然、

「嫌だったら嫌ーっ!」

 ラケシスが叫び、その瞬間、彼女の体が輝いた。

「何をする、やめろ、ラケシス!」

 続いてドルチェの声が聞こえた。ラケシスの身に何が起こったのか掴めないが、シグルドは弾かれたように走り出した。しかし、ラケシスから放たれた強大な波動に弾かれ、吹き飛ばされて尻餅をついた。

「ラケシスも、魔術の力を持っていたのか」

 どうやら暴漢たちに対して気丈に振舞えたのも、これだけの力を持っていたからの様だ。立ち上がって剣を抜き、再び走り出すシグルド。剣で何とか出来るとは思えなかったが抜刀したのは、気の安定を保つためだろうか。

 見れば、ラケシスの輝きは更に増し、彼女の周りの木々は、彼女を避けるように歪に湾曲していた。ドルチェは無事な様であったが、その表情は驚きと焦りを露にしていた。

「私は、絶対、あんな所になんか帰らない!」

 ラケシスの声が響いたその瞬間、森の中は極光に包まれた。

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