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第四章「少女」

「大丈夫か?」

 剣に付いた血を一振りして払い、鞘に納めつつシグルドは少女に問いかけた。死体を見ないようにしてか、少女は固く目を閉じている。

「立てるか?」

 少女に歩み寄り、スッと手を差し出す。が、予想外にも、少女にその手を鋭く払われた。硬く閉じていた目を開いたと思ったら、シグルドをじっとりと睨んでいる。

「何なのよ、あいつら! あんたも!」

 差し出した手を払われて驚いたが、混乱しているのだろうと思い、手を引っ込めた。若い娘に見せるには、確かに刺激の強い現場だったろう。

「恐らく人さらいの類だろう。お前をさらって、金持ちや奴隷商人、もしくは花街にでも売るつもりだったのだろう」

 忌々しい事ではあるが、こういった犯罪を撲滅するのは難しい。警備隊や騎士団で見回りや取締りをしているものの、未だこうした下賎な輩が跋扈(ばっこ)しているのが現状である。しかし現場を見てしまった以上、成敗するのが騎士として、王族としての勤めだと、シグルドは思っている。放っておけば被害が増えるからだ。

「俺はシグルド。この森に入ったところ、お前の悲鳴が聞こえたので駆けつけたのだ」

「別に私は、助けてくれなんて言ってない!」

 こう言われては、流石にシグルドも少しばかり苛立ちを覚える。気丈な事は良いことだが、あのまま放っておけばどうなっていたか、分からないわけでもないだろうに。

「もう少しでさらわれそうになっていた所だぞ。まさか奴隷になりたいなどと言う訳ではないだろう?」

「あんな奴らなんか、私だって何とか出来たもの。第一、奴隷だとか花街だとか、何なのよ、それ。聴いた事無いわ」

 今度は、苛立つよりも驚いた。「私だって何とか出来た」という台詞は、この少女なりの強がりだろうと解釈したが、「奴隷だとか花街だとか、聴いた事が無い」とは。

 見たところ、年頃の女性ではあるが、人さらいに遭ってその先どうなるかを想像出来ない訳はないだろう。もし本当に知らないとなれば、どこぞの貴族の箱入り娘か。しかし、着ている服はぼろぼろで、薄汚れていてあちこち擦り切れており、とてもその様には見えない。

 よく考えてみれば、何故この様な時間にこんな所に一人で居るのかも分からない。

「まさかお前、(あやかし)の類ではないだろうな」

「違うわよ、失礼ね!」

 顔を真っ赤にしながら反論する少女だが、腑に落ちない点が多すぎる。どうしたものかと考えていると、今まで座りこんでいた少女が立ち上が……ろうとして、力が抜けたように、またぺたんとその場に座りこんだ。もう一度立ち上がろうとして、またぺたんと座りこむ。何度立ち上がろうとしても、足に力が入らないのか立ち上がれない。

 その様子を見て、シグルドは思わず吹き出した。少女は更に顔を真っ赤にしながら「何で笑うのよ!」と怒鳴ったが、その様子を見たシグルドはとうとう声を上げて笑い出した。

「笑わないでよ、馬鹿、馬鹿、馬鹿!」

「はっはっは、いや、済まない。しかし強がるのはその辺にして、素直に手を借りたらどうだ?」

 少女はしばらく唸っていたが、観念したのかシグルドに手を差し伸べた。シグルドはそのままぐいっと少女の体を引き寄せ、抱え上げた。よく分からない部分ばかりだが、どうやら悪いものではない様だと思い、彼女の素性についてはまた後で訊く事にした。

 

 

「そう言えば、まだ名前を聞いて居なかったな。何と言う?」

 先ほど火を起こした場所に戻ったシグルドは、彼が与えた毛布に包まっている少女に訊いた。流石に夜の森は冷え込む。

「ラケシス」

 少し沈黙した後、少女はそれだけ、短く答えた。何を怒っているのかシグルドには全く分からなかったが、相変わらずラケシスと名乗った少女は今だに彼を睨み付けている。まああれだけ凄惨な場面を目撃したのだから、仕方あるまい、とシグルドは思うことにした。

「今日はもう無理だが、夜が明けたらお前を家まで送り届けてやろう。ご家族の方も心配している事だろうしな」

 この近くの村の者だろうと思ってそう言ったのだが、言い終わらないうちに、シグルドめがけて木片が飛んできた。さっと払ってラケシスを見やると、彼女は更に眉を吊り上げて顔を真っ赤にしていた。

「嫌! 帰らない! 心配なんかされてない!」

 さては家出娘か、とシグルドは思った。森に入ったのも、親の目を逃れる為だろうか。見た目は十五、六歳くらいに見えるが、それよりもずっと幼い子供の様だと感じた。

「何を言う。子の事を心配しない親など居るものか」

「されてないったらされてないの! 絶対に、あんな所になんか帰らない!」

 親によほど酷い虐待でも受けていたのだろうか、ラケシスは頑なだった。仕方あるまい、とシグルドは小さく溜息をついた。

「この様な事に肩書きを使うのは気持ちの良いものではないが」

 喚くラケシスを咳払い一つで黙らせ、シグルドは大きく息を吸って口を開いた。

「俺はシグルド・フォイム・アグリア。このアグリア王国の第二王子であり、アグリア七騎士団の第一騎士団団長を務める者だ。お前を親元へ送り届けるのは王族として、騎士団としての義務であると思っている。……もし逆らった場合はどうなるか、分かるな?」

 家出をした子供を助けるのは、これが初めてではない。むしろ、今まで何度もラケシスの様な子を見てきた。

 その度に使っているのが今の台詞であり、これを言えばどんな頑固者でも親元に帰っていった。半ば脅迫に近いが、こうでも言わない限り、嫌嫌の一点張りになるケースが大半だった。

 しかし、

「名前ならさっき聞いたわよ。第二王子が何だとか、騎士団がどうだとか、そんなの知らないわ。何を言われたって、私は帰らないったら絶対帰らないから!」

 これまた意外な返事が帰ってきた。王族に、騎士団に逆らう事は重罪なのだが、それすらも突っぱねるとは、想像もしなかった。それに、今初めて名乗ったフルネーム――アグリア王家の名を聞いたにも関わらず、この態度。しかも「名前ならさっき聞いた」という返答。流石にアグリア王家の名を知らない者は、国内に限らず隣国の者でも居ないだろうに。

「この少女は、一体何処から来たのだ!?」

 シグルドが目を丸くして少女を見ていると、不意にまた木片が飛んできた。「何見てるのよ、馬鹿!」と、顔を紅潮させている。今度はシグルドの額に命中して、ぱさりと乾いた音を立てて地面に落ちた。

 もうこれ以上は何を言っても無駄だろう。明日の朝になったら、無理やりにでも近くの村まで連れて行けば、彼女も観念するだろうと思い、今日の所はこれ以上は何も言うまいとシグルドは口を閉じた。

 

「もう夜も更けてきた。お前はもう休め」

 ミレーネの呪いを解く為の旅に出て初日だったが、思わぬ事態に遭遇し、流石の「迅雷」シグルドも、精神的に疲れていた。ラケシスも疲れているだろうと思い、そう切り出した。

「……シグルドは寝ないの? 寒くないの?」

「俺の事は気にしなくて良い」

 寝ている間でも、誰かが近付けば飛び起き、戦闘体勢を整える事が出来るよう、訓練を積んでいるシグルドである。眠っても何ら問題は無いのだが、ラケシスより先に眠ってしまっては、彼女を不安にさせるのではないかと思っての考慮である。寒くないわけではないが、これしきで風邪を引くような、やわな体の作りはしていない。

 しばらく黙ってシグルドを見つめていたラケシスだったが、ふと立ち上がって、とことことシグルドの傍に駆け寄り、二人とも掛かるように毛布を広げた。

 今までの態度との急変ぶりに少し驚いたシグルドだったが、「ありがとう」と小さく礼を言って、ラケシスの背中を軽く叩いてやった。

 

 しばらく後、安らかな寝息が聞こえてきたのを確認して、シグルドも目を閉じた。

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