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第二章「決意」

 侍女に案内されて辿り着いた扉の前で、シグルドは固まっていた。

 ミドナ国からの旅で疲れているだろうが、挨拶くらいはしておくべきと考えてミレーネの元を訪ねたのだが、挨拶だけで済ませるのは流石につまらないだろうし、かと言って無骨者であるシグルドは、女性の喜びそうな話など出来はしない。

 女性の前で固まるなど見っとも無い姿を晒す訳にもいかないし、どうすべきかと考えて立ち尽くしているのだ。

 しかし、いつまでもこうしては居られないと、意を決してノックしようと手を伸ばした時、

「兄上、先ほどからそこに居るのでしょう? 早く入ってきなさいな」

 中から聞き覚えの有る声がした。

「何だ、ファーニャも居たのか」

 妹のファーニャは、アグリアが有する独特の文化の一つであり、王家の者が代々引き継いできた「魔術」の力を強く受け継いでいる。近年各国から失われつつある「魔術」の力を、長い年月を経て今現在も受け継いでいるのは、世界広しと言えどもアグリア王国の他に無い。

 しかし王族であるものの、シグルドにはその様な力は一切備わっていない。その為、一体どういう力を使え、どの様に作用しているのか分からないが、扉の向こうに居る者を察知するくらいは朝飯前な事らしい。

「居るなら居ると言ってくれれば良いものを」

 立ち往生する自分の姿を見て笑っていたのだろうかと思うと、少しだけ腹が立ったが、ミレーネと一対一で話すよりは気分的に楽だと思った。

「ミレーネ殿、失礼致します」

 コンコンとノックして、シグルドは部屋に入った。

 途端、驚いて目を皿にした。

「こ、これは一体」

「驚かれるのも無理は有りませんわね」

 部屋の中は、天蓋(てんがい)付きの豪華な寝台が一つと、妹のファーニャが座っている椅子が有るだけで、ひどく殺風景だった。とても来賓を持て成す場所には見えない。

 おまけに、室内にはシグルド、ファーニャ、そして寝台に横になっているミレーネ以外の人影も無い。付き人や召使いの姿は無かった。

「父上は何を考えているのだ。これがわざわざ隣国から出向いて頂いた令嬢に対する持て成しか!」

 シグルドが心の中で吐き捨てると、ファーニャが目を伏せた。

「仕方ないのですよ、兄上」

「どう言う事だ、ファーニャ。説明してくれ」

 言われて、ファーニャはミレーネの方に顔を向けた。シグルドも寝台に歩み寄り、その顔を覗きこむ。

 ミレーネは眠っているように見えた。清流の様な金髪が窓から差し込む陽光を受けて輝き、若干幼さを残した顔立ちではあるものの、美しかった。

 最初は長旅で疲れているのかとも思ったが、その顔は青白く生気が無い。さながら死者の様なその様子を見て、シグルドは事の異常さを察知した。

「ミレーネ様は、強い呪いをかけられ、伏せっておられます」

「何だって!?」

 突然大声を出され、ファーニャは一瞬びくっと肩を震わせた。

 衝撃的だった。まさか政略結婚の相手が呪いをかけられているとは、思ってもみなかったのである。

「兄上は、レフィア家の事をどれくらい知っておいでですか?」

 唐突に訊かれ、シグルドは首を左右に振った。レフィア家の事は国内でも有名ではあるが、内情については知る筈もない。

「知っているも何も、貴族で有名な資産家であるという事くらいなものだ。ミレーネ殿との婚約の話も、つい先ほど父上から聞いたものでな。むしろ何も知らないと言ったほうが良いかも知れん」

 先ほどレイディルから、ミレーネが呪いを受けていると教えて貰えなかった事に怒りを覚えた。確かに、教えればシグルドは何が何でも断固拒否していただろうが、こんな重大な事を伏せておく父に対して、かつて無い程の憤りを感じた。

「では、ミレーネ様の実家の事から説明致します」

 シグルドはミレーネを顔を見ながら、「ああ」と小さく言った。一体何故、十八の少女がこの様な事態に陥っているのか、想像もつかない。

「元はレフィア家は、今ほど大きくない……いえ、むしろ小さな家柄でした」

 ファーニャの説明によると、今でこそ莫大な財を築き上げているレフィア家も、その昔は領土も小さく、資産家としては全くの無名だった。

 しかしミレーネの祖父の代に、没落寸前だった他の貴族の娘を(めと)り、その領地を丸ごと吸収。更に他の名門貴族やミドナ王家との縁続きなどの家柄との婚姻を様々な方法で成立させ、領地を拡大し、そこから掘り出された鉱山などを利用し財を成していった。

 いわゆる「成り上がり貴族」である。

 それを聴いて、シグルドは目を丸くした。

 いくら今の姿が有るとは言え、そんな成り上がり貴族と、小国ながらも長い歴史と独特の魔術文化を持つアグリア王家との婚姻話が、果たして成り立つものか。

「しかし、レフィア家も現在の財を成す為に、大勢の人の恨みを買うような事をしてきた様ですね。特に詳しくは教えられていませんが、名門貴族との婚姻を迫る際には、暗殺者を使役したとも聴いています」

 貴族に限らず国家間のいざこざでも、そういった黒い策略はよく有る話だが、たった二世代の間に無名から名門へと伸し上がったとなると、どれほど汚い手を使ってきたのか想像も出来ない。思わずシグルドは渋面になった。

「しかし腑に落ちないな」

 何故父や祖父ではなく、ミレーネに呪いが集まったのか、呪いを受けるべきは彼女ではないはずなのに。

「元はミレーネ様の父に呪いが降りかかっていたそうですが、ミレーネ様がその全てを自身に取り込んだそうですわ」

 シグルドの心中を察したか、ファーニャが言った。ひょっとすると、その魔力で心の中を読んだのかも知れない。

「そんな事が出来るのか?」

 言われて、ファーニャはふるふると首を左右に振った。

「普通は呪いの対象を移す事は出来ないはずです。ですが、それが出来たと言うことは、それほどの力がミレーネ様に有ると言う事」

 なるほど、とシグルドは思った。レイディルは、当然持参金の事も有るだろうが、ミレーネに備わっている魔術の力を所有物にしたいと思っているのだろう。

 更にファーニャが言うには、ミレーネの父は彼女の呪いを解く事を前提に、持参金を惜しまず出すことを誓っていると言う。

「全く父上は、何故こうも重大な事を幾つも隠しているのだ」

 喉の奥で唸るシグルドを見て、ファーニャは再び目を伏せた。

「ファーニャ、その呪いとやらは、お前の力で何とかなるものなのか?」

 しばらく沈黙した後、シグルドはそう問いかけた。ファーニャは目を閉じて首を左右に振った。

「呪いの侵攻は私の力で抑えていますが、治すまでには至りません。かなり強い力が無くては、払うことは不可能でしょう」

 王家始まって以来の大魔力を有するとまで言われている妹でも、治せないほど強い呪い。それを払う事の出来る者が、果たしてアグリア一族の者以外に居るのだろうか。

 しかし、根っからの武人であるシグルドは、いくら政略結婚が嫌だとは言え、このままミレーネを放っておくなど出来はしない。

「何か他に方法は無いのか」

 意を決して、シグルドはファーニャに訊いた。その瞳は真っ直ぐで、必ずミレーネを助けてみせるという強い意志を秘めていた。

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