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第十四章「終幕」

「父上、ミレーネ殿との婚姻の件、取り下げて頂きたい」

 シグルドが突然言い放ったこの一言に、兄ドノヴァンはこめかみを押さえ、レイディルは片眉をぴくりと動かし、ファーニャは納得したような顔をした。

 翌日、昨日と同じ顔ぶれに加え、ミレーネも加えた八人が、王室に顔を並べていた。ミレーネには部屋で休んでいるように言ったが、どうしてもと言い張るので、ファーニャが支えるようにして連れてきたのである。

「シグルド、もう一度言ってみよ」

 レイディルの鷹の目の様な鋭い眼光がシグルドを射抜いたが、ここで下がってはならないとシグルドは一歩前に出た。

「ミレーネ殿との婚姻の件を、取り下げて頂きたいと、そう申し上げたのです」

 さらに語気に力を込めると、レイディルの目が怒りの炎で燃え上がった。

「今更何を言う、シグルド。お前には旅立ちの前に教えたはずだ。これは王命だぞ」

「それは承知しております。が、しかし」

 一度言葉を切り、大きく深呼吸をするシグルド。剣を使った戦いならば彼の右に出る者は居ないが、言い争いは狡猾な父王の十八番だ。気を取り乱してはならないと、心を落ち着かせる。

「ミレーネ殿も私も、望まぬ結婚に戸惑っております。このまま結婚した所で、私たちの未来は暗いものになるでしょう。私は王族としての義務としてそれを受け入れる事が出来ますが、ミレーネ殿はどうなります」

 後半は口から出任せの嘘っぱちである。受け入れる事など出来るわけが無い。

 レイディルの漆黒の双眸が、更に深い光を帯びた。抜き身の刃を連想させる鋭さに、思わずシグルドは負けそうになる。

「望もうと望まぬとも、政略結婚とはそういうものだ。王族であるお前が、それくらいの事を分からぬ訳は、なかろうな」

 ぐっと言葉に詰まったが、負けてたまるかと、シグルドは肺の中の空気を全てぶち撒ける勢いで、

「分からないわけではありません! しかし、こんな事をミレーネ殿に押し付けるには、彼女はまだ若すぎます! 若い女性の未来を奪うような真似は、俺はしたくありません! 心から愛する者と一緒になる方が、幸せになれるでしょう!」

 すっかり地を出してしまいながらも、構わずに大声で叫んだ。あまりの剣幕に、レイディルが片手で耳を塞いで渋い顔をした。傍から見守っていたドノヴァン達も、シグルドの声に圧倒されていた。

 しばらく王室は静まり返ったが、レイディルがすっと手を突き出し、シグルドを鋭く睨み付けた。心臓を冷たい手で握りつぶされるような、そんな感じがして、背筋に冷たいものが走った。殺気にも似ている。

「では問おう。そこまで言うのなら、シグルド、お前には居ると言うのか? その「心から愛する者」とやらが」

 レイディルの容赦無い問いかけに、再びシグルドは喉を詰まらせた。思考回路を目一杯回転させたが、咄嗟に良い策が浮かんでこない。しかしこの場を切り抜けなければ、シグルドとミレーネの未来は決定付けられてしまう。

 こうなったらやけくそだ、とシグルドは傍に立っていた女の細腕を握り、ぐいっと引き寄せた。

「ええ、居ますとも! 今、ここに!」

 引っ張られたラケシスが、信じられない様子で目をしばたかせた。

 突然の人選に、レイディルは目を見開き、ドノヴァンは驚きの表情のまま固まり、ファーニャは口に手を当ててシグルドを凝視し、ソラスは「むう」と小さく唸って二人を交互に見やり、ドルチェも流石に驚いたのか、氷の様な表情を崩した。

 それぞれ別々の反応を見たシグルドは若干の後悔を覚えたが、ラケシスなら「なんでシグルドなんかと!」と駄々をこねるに決まっている。今だけは、悪いが付き合ってもらうしかない。弁明なり謝罪なりは、後ですれば良いことだ。

 

 そう思っていたのだが。

 

「ほ、本当に私で良いの? シグルド」

 ラケシスから返ってきた答えを聴いて、今度はシグルドがぎょっとした。

 ちょっと待て、本気にしているのか、と目で訴えたが、ラケシスは雨に濡れた子犬の様な潤んだ目で、少し頬を紅潮させながら、シグルドを真っ直ぐに見つめていた。

 ラケシスが自分に懐いていたのは、シグルドもよく分かっていた。しかしまさか、彼女の気持ちが恋愛の域まで達していたことには、全く気付いていなかった。

 ミレーネの呪いを断った時から機嫌が悪そうだったのも、思えばミレーネに対する嫉妬だったのかも知れない。いや、それ以前に、「結婚してるの?」だとか「私の事を忘れないって、約束してくれる?」だとか、それらのあの森での会話は、ひょっとするとシグルドの気持ちを探っていたのかもしれない。

 完全に誤算だったし予想外だった、と後悔するシグルドに、ラケシスは抱きついてきた。

「本当の本当に、私で良いの?」

 さっきと同じ質問を投げかけてくる。今更後に引けなくなったシグルドは、「ああ、その通りだとも」と、搾り出すような声で言った。

 

 ふむ、と誰かが唸った。レイディルだった。

「やはりそうだったか」

 納得したように、うんうんと首を上下させる。

 まさか! とシグルドは、胸の奥で嫌な予感がしたのを感じた。

「昨日、お前がミレーネ殿に会いに行っている間、ソラス殿とラケシス殿、ドルチェ殿と話をし、お前の旅についての事を聴いていたのだが」

 ああ、とシグルドは心の中で嘆いた。嫌な予感ほどよく当たる、とは言うが、予感と言うよりも確信に近いものがあった。

「ラケシス殿は、道中お前によくしてもらったと語っておられた。お前に助けられた事、楽しかった事など、色々と教えて貰っていた。それゆえ、まさかとは思っていたのだが……」

 見え透いた方便だ。わざとらしい間を空けながら、芝居がかった口調で喋る父親を、心底殴り倒したいと思った。

「ソラス殿、よろしいかな?」

 レイディルに振られ、ソラスは口をつぐんで唸っていたが、シグルドにつかつかと歩み寄ると、両肩をがっしと掴み、

「ラケシスは私の可愛い娘だ。強情で子供っぽい所も有るが、かけがえの無い私の宝だ。貴殿はとても彼女の事を理解してくれているとは思うが、これだけは肝に銘じておいてくれ」

 シグルドの気持ちを知ってか知らずか、優しい口調でそこまで言うと、ソラスは表情を一変させた。優しい笑顔から、怒ったような泣き出しそうな、そんな表情に。物悲しい様な憤るような、様々な感情を混じらせたような瞳でシグルドを見据え、続けた。

「ラケシスに哀しい思いをさせたら、その時は容赦なく貴殿を滅ぼすぞ」

 シグルドの肩から、かくんと力が抜けた。

 我ながら取り返しのつかない事を言ってしまったと、即刻この場を逃げ出して、泣き出したい気分だった。

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