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第十一章「渇望」

 怪しげな笑みを浮かべつつ、しかしどこか憂いを帯びた表情で、ソラスはゆっくりと語りだした。

「現代に語り継がれている伝説、それらの殆どは、全て事実、私が今まで行ってきた事だ」

 当然、有りもしない事も、勝手に私の所業にされている話もあるがね、とソラスは付け加えた。

「しかし、どの世界に語り継がれる話にも、私がこんな姿をしているとは書かれていない。実際、貴殿が読み聞かされた話もそうだったろう?」

 シグルドは重く頷いた。それは、ソラスと面を合わせた時の反応からも分かる。「伝説の魔術師が、実は妖の類だった」などとは、今まで聞いた事も無い。

「私は、人々の為に様々な事をやってきた。荒野を野原に変え、粗悪な帝国を滅ぼし、邪竜を打ち倒した」

 ソラスの目が、すっと細くなった。彼を包む哀愁が、一層深くなった気がした。

「しかし、この異形の姿ゆえ、人々は私を(さげす)み、恐れた」

 どれだけ人を喜ばせる事をやっても、最終的に彼の姿を知った者は、例外無く彼に石を投げた。異形の姿でこの世に生まれ、人の心を持って育ったソラスは、どうしても周りの人間に認めてもらいたかったのだ。彼の心の叫びは悲痛に満ちていた。

 とうとう疲れ切った彼は、人々から、世界の全てから離れ、この結界を作って身を潜めた。どうすれば良いのか分からず、苦悩する日々が続いた。

「随分と長い間、悩んでいた。ずっと自虐を繰り返す日々だったよ」

 今でもそうかも知れないがね、とか細く呟いたその声は、誰の耳にも止まる事は無かった。

 いつしか伝説となり、人々の間に「ソラス・ナクルの伝説」が御伽噺として語られるようになった時、その話を本で読んだソラスは、自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。さも「人間の姿」をした魔術師が、様々な伝説を作り上げたとされていた。人間が語り継ぐには不要な部分を取り除かれ、書き換えられている事に憤りを感じ、また絶望した。

 ならば、人間と同じ姿になってやろう。人間に希望を捨てきれなかった彼は、人々に愛されたかった男は、人間そっくりな人形を作り出した。彼の持つ魔力を駆使すれば、それは造作も無い事だった。同時に、魂を人形に移す術も完成させた。

 人間そっくりの人形に、自分の魂を移そうとしたのである。

 しかし納得の行く人形が作り出せぬまま、再び長い年月が過ぎた。自分は一体どんな姿をしたいのか、どうすれば人々は自分自身に目を向けてくれるのか、分からなくなっていたのである。

「思えば、私は一人でいる事の寂しさを、少しでも和らげようとしていたのだろうな」

 そんな折に完成したのが、ラケシスとドルチェの二体の人形だった。ソラスは二人に魔力を注ぎ、心を与え、人間と同じように育ててきた。友人と娘がいっぺんに出来た様な感覚に、ソラスは心から喜んだ。

 しかし彼女たちは、ソラスから色々な事を学ぶうち、外の世界を渇望するようになっていった。彼女たちを外に出して、もし人間に捕まった時の事を考えると、ソラスはそれを許すことが出来なかった。また魔術の力を持つ可愛い娘を、悪用されたり乱暴に扱われる事を恐れたのだ。

「ドルチェは聞き分けの良い子だったが、ラケシスはどうも我侭に育ってしまってね」

 親である私の言う事すら、なかなか聞いてくれなかった、とソラスは苦笑した。シグルドが思わず重く頷くと、ソラスの傍らに立つラケシスからぎろりと睨まれた。

「しかし私も、随分と悩んだのだよ。千年という長い長い月日の間、私には悩むことしか出来なかった」

 シグルドは、それほどまでに「人間になりたい」と望んだ大魔術師が、ひどく小さい姿であるように思えた。数多くの偉業を成し遂げたとは言え、心は硝子(がらす)細工の様に繊細で、脆い。伝説の人物であるとは言え、姿は違えど、心は人のそれと何ら変わりはなかった。

 

 話は途切れ、再び静寂が辺りを包んだ。しかしソラスは顔を上げ、また含むような笑顔を作った。ひょっとすると、これが彼なりの、精一杯の笑顔なのかも知れない。

「ラケシスが消えた日、私は焦っていた。もし彼女が心無い者に捕まっていたら、とね。親心というものだろう」

 ラケシスがソラスの言葉を聴いて、驚いたように目を丸くした。と、次の瞬間には照れたような表情でうつむいた。「子の事を心配しない親は居ない」とシグルドは言ったが、やはりラケシスの場合も例外ではなかったようだ。

 ソラスが椅子を回し、ラケシスの方に向き直った。暖かくその頭を撫でる姿は、まさに親子そのものだった。

「我が身の事も勿論考えた。もしお前を利用して、この場所に来る輩が居たら、また私は化け物と罵られるだろう、と。……しかし、そんな事よりも、やはりお前が心配でならなかったよ」

 言われてラケシスは泣き出した。何故これほどまでに暖かい男を嫌っていたのかとシグルドは不思議に思ったが、誰しも親に反抗したい時期が来るだろう、と思うと、妙に納得できた。ラケシスの性格を、この数日の間に理解したからだろうか。

「私が迎えに行こうかとも思ったが、私の身を案じてくれたドルチェが、代わりに迎えに行くと聞かなくてな。脅されたり術を封じられたりと災難だったろうが、ドルチェはお前の事を、自分なりに思いやっていたのだぞ」

 そう言われて、ドルチェがつんとそっぽを向いた。頬が若干朱に染まっている。照れているのだろう。

 ぎしり、と音をたてて、椅子が再びシグルドの方を向いた。ソラスとラケシス、ドルチェのやりとりに、思わず顔をほころばせていたシグルドが、面持ちをぴしりと正す。

「ラケシスが貴殿の様な男と出会えて、本当に良かったと思っている。もし貴殿がここに来るなれば、私は喜んで力を貸そうと決めていた」

「では、ミレーネ殿の件は!」

 シグルドの顔が喜びに輝いたのを見て、ソラスが「うむ」と頷いた。何故かラケシスは頬を膨らませて、むくれていた。

「人里に出るのは久しぶりだ。正直な所、怖くもある。しかし、シグルド殿、貴殿の為に力は惜しまぬと決めた。何しろ、可愛い娘を救ってくれた恩人だ」

 ソラスがすっと立ち上がった。何処から取り出したのか、いつの間にか彼の手には祭儀用の杖が握られていた。

「善は急げ、という言葉もある。行こう」

 静かに言ったソラスに、シグルドは深く礼をした。

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