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真琴の章 3

 皆様おはようございます! 『ロマンチックな男のチン毛を【ロマンチッ毛】と呼ぶ会』会長のまこっちゃんで御座います。



「ごらん、真琴ちゃん。雪が降ってきたよ。まるで天使の羽のようだね……」



 私には雷様のフケに見えますけどね。



 さて、師走も半ばにせまった昨今、金津園ではいよいよクリスマスムードが押し寄せてまいります。

 仕事用の携帯にもちらほらとお客さんからのメールが届きますよ。



『美味しいフレンチのお店を見つけたんだけど、イヴの夜は……』

『君の為にミュージカルのチケットを取ったよ。どんなお芝居か知りたい?』








 すまん君達。私は24、5と




      定  !

   り  予  よ

   ち  の  だ    私に会いたけりゃ万券握り締めて

   っ  事  の    店までいらっしゃい。

   ば  仕  な




 さすがに直球で『金持って店まで来い』なんて事は書きませんが、『お店でお待ちしてま~す』的な返信を1人、私の持ち部屋201号室の中でプチプチと打っていると、

「あ、レイ子さんおはよー」

 友達が入室してきました。

「あー、しばらくお客さんは来ないと思うから、ゆっくりしてってくんな。ほい、座布団。いらない? まぁ遠慮すんねぃ」

 彼女は数少ない気を許せる相手です。

「乙原ておるやん? あの新入りのボーイ。実は私の同級生でさー」

「覚えとる? 前にボーイでいた、ベーやん。あいつ、ステーキ屋を開業しやがったよ。今度食いに行ってみるわ」

「なんか最近、翔子ちゃんと恵那ちゃんが妙に険悪な雰囲気なんやけど、何か知らん?」

「……っつーわけでさ、部屋を和風にしたいんよ。

 檜風呂とかさー。よくない?」

 他愛も無い話をレイ子さんはニコニコしながら聞いてくれます。

 と、

「ん? どしたん?」

 レイ子さんは何気に天井の一点を見つめています。私が声をかけると、一つの電球を指差し、1、

               2、

                 3秒後に

「あ、電球切れおった。

 やれやれ、乙原呼ぶか……今日は週末で忙しいけど、すぐに来れっかなー?」

 そう言いながら私はフロントに電話をかけます。

「あ、まこっちゃんですー。あのさ、部屋の電球が1個切れちゃったから交換してちょ」

 かしこまりました、と言って電話が切れます。電話を取ったのはコバっちでした。

「じきに乙原がくるよ。そういえばあいつ、高校ん時の演劇部の戦友でさー……」


   コンコン


 電話を切って2分後、ボーイさんが来たようです。恐らく乙原でしょう。

「はいよー、帝国軍人風に入って来い!」

「失礼いたします! 乙原二等兵、電球を交換しに参りました!

 あ、お疲れ様です」

 ちゃんと軍人風に上半身を15度傾け挨拶する乙原。レイ子さんには普通の挨拶ってのが少々気に入りませんが。

「あ、切れたのはこいつですね。ちょっと失礼します」

 乙原は気心の知れた仲ですが、他に人がいるとタメ口でなく敬語を使います。

 他に人がいると……!?

「んなー!! お前、レイ子さんが見えるんかー!?」

「え!? ななな、何?」

 乙原はびっくりして脚立(きゃたつ)を倒しそうになってました。レイ子さんもびっくりしてます。すまん。いや、それよりもだ!

「ほら、霊子(レイこ)さん。あたしの目の前にいる、この」

「ん? その半透明の方ですか?

 ……? 半透明!?」

 今度は自らが脚立を倒しそうになっています。落ち着け。




       ?

       !

       か

       人

       の

「あんた   室   」

       ン

       ネ

       リ





 ニコニコしながら乙原に手を振る霊子さん。

 なんと! こいつぁー驚いた!

「……知り合い?」

「そりゃこっちの台詞(せりふ)だ!」

 乙原は脚立にストッパーをかけて答えます。これで倒れることはないでしょう。

「……いつから知ってんの?」

「俺がここに来た初日、お前、ボイラー室で豪快に右ストレートでぶん殴りやがったろ? その時だ」

「……右ストレート?」

「せめて、そこは覚えといてくれよ!!」

 あ、思い出した。あん時か。いや、あれはお前さんが悪いよ?

「まあいいけどよ、この人(!?)とはどういう関係なんだ? レイ子ってのは何だよ? 本名!? 戒名(かいみょう)!?」

「『霊子』ってのは、あたしが付けた源氏名(げんじな)だよ。霊だから霊子。

 たぶん年上だから、霊子さん」

 私は煙管にタバコを刺し、火をつけます。

「……源氏名って、そんな適当につけていいもんなのか?」

「そんなもんだよ。あたしの『真琴』なんて、『まんこ』が(なま)って『真琴』だしな」

「マジで!?」

 嘘に決まってんだろうが。


「……で、霊子さんは『元』従業員かなんかか?」

 乙原は自分のタバコに火をつけます。

 っつーか、あたしの部屋だぞここ?

「うちの店がこのビルに入る前からいたっぽいけどね。ほら、制服違うし」

 うちの制服は変更を重ねつつも、常に店のイメージカラーの赤なんですが、霊子さんのそれは純白です。

「ふーむ、なるほどな……」                !

「時に昭の字。詳しい話はさておき、            ぇ

 霊子さんがいるのは他のボーイさん達も知ってんの?」   ぇ

「とりあえず怪談としては伝わってるな」          ぇ

「どんな?」                       ぇ

「深夜の鏡に映る顔とか」                 ぇ

「ほうほう」                       ぇ

「廊下に浮かぶ謎の発光体とか」             ↑ぇ

「他には?」                      ↑ぇ

「閉店後に客室から漏れる明かりとか」          ↑ぇ

「ふむふむ」                      ↑ぇ

「で、盛り塩が置いてある。一応」             ぇ

「どこに?」                       ぇ

「リネン室」                       ぇ

「効果あると思う?」                   ぇ

「と言うか、2回目はリネン室で彼女と会った」       ぇ

                             ぇ

                             ぇ

 MO★RI★SHI★O!  意味無ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ



「あとは……そうだな、備品棚から備品が大量に消えたりとか」

「あ、それ犯人あたしかも」

「お前、ちょっと待て!!」


 そんなあたし達のやり取りをニコニコ顔を崩さずに見守る霊子さん。そういえば、この人なんでここで霊やってんだろ? 

「……話は変わるが昭の字、今日は客が混んでると思うけど、こんなとこで油売ってて大丈夫か?」

 やべぇ! と叫んで乙原は電球の交換作業に戻ります。まあ詳しい経緯は後で聞くとするか。

「けどさ昭の字、お前さん、寺で働いてたんだろ? 今まで霊とか見たことなかったんか?」

境内(けいだい)で霊なんかいたら、そりゃお前、坊主の職務怠慢(しょくむたいまん)だろう?」

 ごもっともですな。

「それ以前に、坊主とか普通に付き合ってたら、神とか仏とかは信用できなくなるぞ」

「そうなん!? なんで?」

「坊さんが客として来たことは無いか?」

 以前、1度だけお坊さんの接客をした事があります。そういや煩悩と無縁の割には性欲は絶倫(ぜつりん)でしたよ……。

「しかしあれだ。俺もだが、お前も霊子? さんの言葉は解らんのか?」

「解らんね。口をパクパクする事はあるけど、あたしの耳には聞こえないしなー……。」

「そうか……しかし左足に巻き付いてるそれ、痛くはないのかな?」

 電球を取り替え、脚立を片付けながら乙原が妙な事を言います。

「足? 霊子さんの左足? どゆこと?」

「俺には左足に紐が絡んでる様に見えるが?」

 紐と言ったか? 私には見えません。

「え? 霊子さん、そうなの?」

 霊子さんは、ニコニコしながら、それでいて、ちょっと困った様な顔をしています。

「とにかく俺は一旦戻る。じゃ!」

 脚立を肩にかけて乙原はフロントに戻ります。霊子さんは笑顔のまま乙原を見送ります。左足をさすりながら……



       ☆ ☆ ☆



『子供の頃に兄貴と心霊特番は良く観てましたけど

 あたしは霊感は零っすねー。霊だけに。』


 綾女ちゃんからの返信メールです。この娘あれか? 上手い事言ったつもりか?

 しかし(おんな)宮大工とはいえ、霊感は無しか。しかし昭の字に見えたなら、あるいは妹のこの子も……

「いや、『いいからいいから』じゃないって!」

 慌てて手をバタバタと振る霊子さん。

 言葉は解りませんが、言いたい事は手振りと勘で大体解ります。

「待ってて、親友のこのあたしがナンバーワンの誇りにかけてその左足の紐とやらをほどいてあげるから!

 いや、『いいからいいから』じゃないって!」


  コンコン


「真琴さん、スタンバイ願います」

 くそう、客が来たようです。

 あ、そうだ!

「昭の字、ちょっと」

 私は扉を開けアイスペールを受け取り、乙原を部屋に招きます。

「一応聞くがお前、霊子さんの紐を手でほどけないかな?」

「えらく物理的な作戦だな……」

 なんだ、初めからこうすれば良かったよ。なんで気づかなかったんだろ私。

「あー、やっぱだめだ。ほら」

 見ると、乙原の手が見事にすり抜けています。 

 ですよねー!!

 そりゃ、霊体には触れられませんよねー!

「むう、となると……

 やっぱりおっぱいも揉めやしない……」

 霊子さんは『いや、それはちょっと……』的な顔をしています。

「このクソボケ!!」

「痛だだだだだだだだだだだ!」

「無礼者め! この役に立たない手をへし折ってやろうか!?」

「ギブギブギブギブ!

 すまん。マジすまん!!」

 必殺『手首固め』! 綺麗に極まりました。まったく男って奴ぁよぅ!

「止めてくれるな霊子さん! こういう馬鹿は一回くらい心の底から痛い目を見せてやるのが親切ってもんだ!」

 霊子さんは慌てて割って入ろうとしますが、当然ながら空気よりも軽いであろうその体はいとも容易(たやす)くすり抜けてしまいます。


 いや、『いいからいいから』じゃないって!



       ☆ ☆ ☆



  「真琴です。お客様、おあがりです」

  「はい。つづきます」


 お客さんが帰る際のフロントとの会話です。

 私達はプレイの後はフロントに客が帰る旨を内線で知らせますが、その際にフロントから返って来る返事は1つではなくてですね、



 1「お疲れ様でした」

 2「コールします。しばらくお待ち下さい」

 3「続きます」



 の3通りがあります。

 どういう事かと言いますとね、


1「お疲れ様でした」


 これは、『次の客は入ってない。もしくは、まだ到着してない』という意味です。


 2「コールします。しばらくお待ち下さい」


 御来店や案内中など、フロントにお客さんがいる時はこう告げられます。案内中にバッタリ知り合いに会いました! なんて事になっても気まずいですからね。

 お客さんがはけて受け入れ可能となったら、フロントから内線コールがかかります。


 3「続きます」


 さっきコバっちに言われた台詞。

 これは『次の客が既に来店している』という意味です。

 なので『客が帰ったからってのんびりしてないで、早いとこ支度をしてくれ』というメッセージでもあります。

 まあ、景気がいいのも悪い気がしませんけどね。



   「本日はありがとうございました~」



 三つ指を付いて客を見送ります。

 さて、『続きます』のコールを受けたまこっちゃん。

 既に待合室にお待ちかねのお客さんの為に、早急に迎撃体制をとりますよ。

 私は通用口を出て従業員用階段の踊り場にある簡易備品棚からドリンクやローション(1パック使い切り型)を取り出します。お客さんが使った分は毎回補充するのがきまりです。

「あっと、いけない!」

 フロントを通り過ぎる際、うっかりコーラの缶を落としてしまいました。乙原がすばやく拾います。

「お部屋までお届けしましょうかね」

 そう言って乙原が2階廊下の扉を開けてくれます。気が利くじゃないか。

「霊子さんは……さすがにいないな……」

 ドリンクとアイスペールを私に手渡し、乙原は呟きます。

()ったり前だ。接客中に出てくる訳無いじゃん!」

 私はドリンクを冷蔵庫にしまい、使い終わったタオルを全てまとめて、ベッドからシーツをひっぺがし、タオルを包みます。これで中身が使用済みタオルの、でかい風呂敷包みが出来上がり。

 当然ながら、シーツやタオル類は常に洗い立ての物を使用しますよ。

「持ってくよ」

「すまねぇ。準備が整い次第、フロントに向かう」

 使い終わったタオル類はエレベーター脇にある、タオル用のダストシュートに放り込み、1階まで落とします。翌朝クリーニング屋が取りに来て、代わりに洗い立てのタオルをリネン室に補充しておくシステムです。

 料金は月払いの定額制とはいえ、多いときは1軒で数百枚のタオルを消費するあたり、クリーニング屋にとってはかなりの上客といえるでしょう。

 取り合えずタバコを一服してからベッドメイクをするとしましょうかね。


   コンコン

  ……ガチャ……


「すまん、言い忘れた。次の安藤様、コスプレ『スクール水着』希望だから、よろしく」


 乙原の野郎、ノックの後、返事も聞かずに開けやがりましたよ。

 あたしが着替え中だったら軍法会議ものだぜ!?

 で、スクール水着ときなすったか……これ脱いだりするの面倒臭いんだよな……

 煙草を一旦灰皿に置いて、クローゼットから紺色の水着を取り出します。

「(コバっちー)」

 スク水を装着しフロントに出ると、店長小林がトイレの前でお絞りを持っています。という事は、すなわち

「(談話室でお待ちください)」


 トイレにお客さんが入っていることを意味します。コバっちは小声で私を談話室に誘導します。


「美樹ちゃんおはよー」

 談話室に入ると、ミニスカ婦警の格好をした美樹ちゃんがコタツに入ってました。

「おはよう~

 真琴ちんはスクール水着?」

「リクエストでねー。どうせ水着でマット洗いとかやらされるんだろうなー」

「あぁ~、あたしはスクール水着はまだ無いけど、多分やらされるだろうね~。

 ていうかあたし小学校と中学校は私立だったから、スクール水着って着た事ないんだ。

 へぇ~、こうなってんだぁ~」

 珍しそうにスク水を眺める美樹ちゃん。あんたは婦警コスだからいいよな。

「ん~? ここなんで折り目に穴が開いてるの?」

 下腹部をまさぐる美樹ちゃん。ちょ、こちょばすな……!

「こ、これ? ちょ、指どけて!

 泳いでると水着の中に水が溜まるからさ、その排水用のスリットだよ」

「へぇ~、プレイ用の穴じゃないんだ~」

「こんな半端な位置に穴開ける訳無いじゃん! 

 最新型のスク水は生地が進化して生地から水が抜けるようになってるみたいだけどね……って、ちょっと」

 指でまさぐるなっつーの! 

 っつーか、スク水の構造に詳しくなってしまった自分に少々泣けます……



「ふむふむ……」



 いや、だからスリット引っ張んな!



「ふむふむふむ……」




     !

     な

     く

     覗




「つるつるつる……」



   ?

   !

   ぞ

   す

   倒

   り

   張



 こちとら1回、客に毛虱(けじらみ)うつされて以来、つるつるのキャラで通してんだYO!


   コンコン


「失礼します。美樹さん、お願いします」

 乙原の声に、はぁ~い、と返事をして美樹ちゃんはスク水から指を抜いてフロントに向かいます。

 やっと手を離してくれたか……のびてないよなスク水……?

 しかしあのエナメル生地の婦警さん、装備がまるで無い丸腰ですよ。どうせなら手錠に警棒……ニューナンブは無理としても、チーフスペシャルのモデルガンくらいは腰に下げといて欲しい所です。

 そんであたしが拳銃構えるとしたら、あれだな。10m先に犯人がいるとして……体勢低くして、こう……


   コンコン


「失礼します。真琴さん、お願いします」

 乙原です。美樹ちゃんの案内が終わったとみえる。

「……お前、何してんの?」

「……いやさ、10m先の目標に拳銃ひとつで突入すると仮定して、昭の字ならどう動く?」

「その妙な腰振りはマット洗いの新技とかじゃなかったのか!?」

第二匍匐(ほふく)前進(ぜんしん)DA!」

「…………。

 失礼します、真琴さん、お願いします」

「大事な事でもないのに2回言いやがったよ!」

「大事な事だから2回言ったんだよ!!

 いいからさっさと来い!」

 乙原からの要請で、ここは扉の向こうの客に攻撃目標を変更する事にします。

 ちなみに今回行った第二匍匐前進ってのは、警察ではなく、自衛隊が行う匍匐前進の1つでして、第一匍匐に比べ素早さは落ちるものの、低い姿勢によって、


「まだかよ?」


 乙原の邪魔が入ったから説明は中断だ! 詳しくはググれ。


「つー訳でコバっち、客札は?」

「こちらになります。【本指名(ほんしめい)】近藤様です」

 ああ、2ヶ月前に来た人だな。よし、第五匍匐で洗ってやるか。

 あ、ちなみに【本指名】ってのは、『二回目以降』の指名の事を言います。対してアルバムからの指名といった『一見』のお客さんは【P指名(ピーしめい)】と呼ばれ、帳簿上で区別をされます。

 何? 1回目も2回目も変わらないだろうって? 

 ところがどっこい!

 私達には大きく変わってきます。貰える(ぜに)の額がな!

 2回目以降のお客さんというのは、店にとっては『リピーター』である事を意味します。一見でもリピーターでも、基本的には支払いは一緒ですが、店としては継続的に通ってくれるリピーターの方が、当然ながらありがたい訳でして、そのための【メンバーズカード】があり、【メンバー割引】が存在します。

 一方、我々女性スタッフはというと、顧客【指名数】は変わらないものの、本指名の場合、貰える手取り額が幾分か増えるんですよ。

 なので、


  『最初にP指名の客を捕まえ、

       以後、継続的に本指名をしてくれるかどうか』


 が仕事のキモと言える訳です。

 そんな本指名の客札を手にほくそ笑む私に、

「あと真琴さん、夕食は何にしましょう?」

 コバっちがそんな事を聞いてきます

「もうそんな時間?そだねー……」

 風呂屋の女ってのは基本、1度店に出勤したら終わりまで店内にカンヅメにされます。食事だっつって店の外をウロウロすることはありません。なので、

「喫茶ドンキーの生姜焼き定食で」

 金津園ってのは岐阜市加納(かのう)水野(みずの)町の1区画なんですが、その構内の中にある飲食店から出前を取ります。

 喫茶店、洋食屋、うどん屋から寿司屋に焼肉屋まで、意外と食べ物関係は充実した街です。

「了解しました」

 コバっちは帳簿にメモを取ると私に客札を渡します。

 この後、ボーイさんは電話で出前を取る訳ですが、あらかじめ配達時間を指定する事により、私のUP時間に合わせて食事が届くというシステムです。あ、ちなみに食事代はフロントで日銭を清算する際に、食事代を天引きという形で支払います。ドンキーの生姜焼き定食は1300円也。ちょっと高いけど、旨いんだなこれが。



       ☆ ☆ ☆



「本日はありがとうございました~。

 またね★」

 本日2人目のお客さんを三つ指で見送ります。通常は登場と同じ服装でお見送りもするのですが、今回はスク水。



             ・

        た・・・・・

        し

        ま   ふふふ、やっぱり『スク水マット洗い』

        い   を御所望でしたよ……

        ま

        ち

        っ   この水着はビニール袋に入れて

        な   クリーニングに出します。

        に

        れ   そんな訳で

        み   見送りは店のキャミ(制服)で登場な

        ま   まこっちゃんでございます。 

    ローション



                   さて、晩飯食うか。



「あたしの生姜焼き届いてる?」

「先程届きました……談話室に置いてありますが、お部屋にお持ちしましょうか?」

「いや、談話室で食うよ」

 よし。届いてんならサッサとタオルを片付けて、冷めない内に晩御飯をいただくくとしましょう。


「ちょっと、あんた! ふざけんじゃないわよ!!」

 談話室に入るやいなや、私の耳に飛び込んできたのは翔子ちゃんの怒鳴り声です。

 おいおい、一体何の騒ぎですか!?

「え~? あたし普通に仕事しただけだしぃ~」

 仁王立ちの翔子ちゃんに冷静に言葉を返すのは恵那ちゃんです。私より一足先にアップしたのでしょう。コタツに入ってキツネうどんを食べています。丼から察するに、角田屋からの出前のようです。

「あんたねぇ、人の客を寝取っておいて平気な顔してうどん食べるなんて、どういう神経してんのよ!」

「だからさぁ~、あたしは普通に仕事しただけなんですけど~?」

 恵那ちゃんは翔子ちゃんの事はまるで眼中にないかのように、そっぽを向いてテレビを観ながら髪をかき上げつつ、うどんをすすってます。

「あ、真琴ちん、おふ(つ)かれ~」

 部屋の隅のテーブルで野菜サンドを頬張る婦警姿の美樹ちゃんと私の生姜焼き定食を発見!

「……なんかあったの?」

「ん~、ありがちな話だよ。

 お客を取った取らないの水掛け論の最中」

 また、くだらん事で争ってますね。

「いや、あの……翔子さん、ここはひとまず落ち着いて下さい!

 ね?」

 翔子ちゃんと恵那ちゃんの間には乙原が仲裁に入ってます。喧嘩を(いさ)めるのもボーイさんの仕事の1つですか……ご苦労様だな。

 生姜焼き定食を部屋まで持っていくのも面倒なので、部屋の隅の机で2人の喧嘩を眺めながら夕食を食べる事にしましょうかね。コタツが立ち入り禁止(危険区域)なのが少々気に入りませんが……。

「見たわよ! さっきのあんたの客、西中さんじゃないの! あの人に何を吹き込んだのよ!?」

「何のことかさっぱり解りませ~ん。お仕事しただけで~す。

 解ります?

 お・し・ご・と!」

 面倒臭そうに翔子ちゃんの方を向き、再度髪をかき上げる恵那ちゃん。

 あーあー、完全に挑発してるな。

 こういった場合、

「熱くなった方が分が悪いねえ~」

 美樹ちゃんは野菜サンドを食べ終えたようです。ライターを取り出す所を見ると、漢方煙草で一服するのでしょう。この娘、存外(ぞんがい)喧嘩慣れしてるとみえます。

「翔子さん、まだ上がり部屋にお客様がお見えです。少し落ち着いて下さい!」

 拳を振りあがる翔子ちゃんの手をすばやく乙原が抑えます。

 男なんて、基本的に浮気癖がある生き物ですから、1人や2人は気変わりするのも出てきますよ。

 翔子ちゃんの方が恵那ちゃんより客が付いてるんだから、1人くらいくれてやるような度量が欲しい所ですが、彼女のプライドはそれを許さないようですな。

「……」

 恵那ちゃんがチラリと一瞬だけ壁に視線が行ったのを私は見逃しません。

 恵那ちゃんの視線の先、そこには『店の営業成績グラフ』が張ってあります。

 今月の成績のトップが私、2番目が翔子ちゃんである事を示す棒グラフは、第3位が恵那ちゃんであることを無言で物語っています。

 さては恵那ちゃん、

「なにか仕掛けたのかもねえ~」

 ちなみに第4位は美樹ちゃんです。

「……!!」

 翔子ちゃんも伊達にナンバー2じゃありません。恵那ちゃんの見た棒グラフの意味を一瞬で悟ったようです。

「……離しなさいよ……」

「……離しません。落ち着いて下さい……」

「痛ッ……!!」

「!? あ、すいません!」

 急に痛がる翔子ちゃんを前に、うっかり握った手を緩める乙原。

 しかし、恐らくこれは、

「フェイント~」

 隙を付き、乙原の脇をすり抜けようとする翔子ちゃん。乙原め、存外女ってもんを解ってないな。

「……翔子さん!」

 ほほう! フェイントに引っかかったとはいえ、乙原の反射神経は翔子ちゃんのそれよりも(まさ)ったようです。上手く体を滑り込ませ、形勢は振り出しに戻りました!


「ディ~フェンス!

 ディ~フェンス!」


 美樹ちゃん、お前はちょっと黙れ!


「……!!」

「……」


 般若の形相で乙原を睨む翔子ちゃん。乙原は、とばっちりも良い所ですが、この期におよんで退()く事をしないのが乙原の性分です。

 しかし、本来その矛先(ほこさき)が向くべき人物はというと、


「ディ~フェンス!

 ディ~フェンス!」


 恵那ちゃん、あんたもスクラムダンクの読者でしたかって、突っ込むとこはそこじゃなくって……ええと、

「(ペッ!)」

 あっ! ぶん殴るのを諦めた翔子ちゃん、恵那ちゃんに(つば)を吐きかけます!

 唾は恵那ちゃんにはかかなかったものの、その代わり彼女の唾は食べかけのうどんにかかりました。

「!!」

 今まで涼しげな顔をしていた恵那ちゃんですが、これには頭に来たようです。

 持っていた丼を翔子ちゃん目掛けて投げつけます!

「うぐ……」

 幸い(?)にして丼は翔子ちゃんには当たらず、

 間に立っていた乙原に当たりました。

 食べかけの油揚げが乙原の頭に乗っています。





 「                「 

  !  おぉっとー!?       !

  ろ  今度は乙原がキレました!  な 

  し                ん

  に                す

 ら減              をに

 ぇ加              物末

 めい              い粗   えぇ!?

 てい              食    キレる所そこ!?

  」               」







 「お前がいい加減にしろボケ!!」



 そこに突然、1階に居たはずの中居さんが登場! 乙原に電光石火の勢いで飛び蹴りをかませます! 乙原単機(たんき)じゃ荷が重いと思ったか、コバっちが内線で2階に増援を呼んだのでしょう。

「おう、てめぇ乙原……

 店の女の子に何を偉そうな口聞いとるんじゃ!

 あァん!?何とか言えや

         ゴルァ!」

 不意打ちの飛び蹴りを食らい、もんどりうって床に倒れる乙原、追い討ちをかけるように中居さんは容赦なく蹴りを食らわせます!

「あ、二人ともごめんなさいね。これから乙原(このボケ)に女の子に対する礼儀を教えておくからね。

 オラ、てめぇ! ちょっと来いや!!」

 乙原は首根っこを掴まれて部屋の外に連れ出されます。

 恵那ちゃんと翔子ちゃんは中居さんのあまりの蹴りっぷりに、あっけに取られて、不完全ではあるけど、怒りは沈下してしまったようです。

 2人は居心地が悪そうに、それぞれ部屋に帰っていきました。



 結果オーライ……か?

 私はすっかり冷めちゃった味噌汁をすすります。



「……真琴ちん?」


「……ん?」


「この付け合せのトマト、食べないなら貰ってもいい?」


 気にすべき所は、そこじゃねぇだろ!!


「トマトは~……?」



   食うよ!? やんねえよ!?





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