真琴の章 4
皆様おはようございます! 世間はクリスマスで浮き足立っている中、自分はガッツリ仕事の予定を入れてしまった、まこっちゃんで御座います。
こんな時にこそ、あたしの必殺『グレイシー流マット洗い』が炸裂するぜ!!
まあ、これといって予定も無いんでね、仕事でもしてようかと。
おい! 軽い優越感を感じたそこのお前、ちょっと座れ。
いやさ、まこっちゃん、本気出したらすごいですよ!?
かなりの勢いで男とか手玉に取りますよ!?
フェロモンとかあれだ。乳首からビ
/
ム
状
に
放
出しますよ!?
その証拠に、ほら
「コバっちー、あたしの今日の予約どうなってるー?」
「おはようございます真琴さん。
おかげ様で本日は朝一から全て予約で埋まっております」
な? 店長コバっち超嬉しそう。
ってゆーか、朝から仕舞いまで働きづくめときたか。さすが日曜日。まんこ乾く暇ないなこりゃ!
「よっしゃ、それじゃー朝一の客は地元岐阜県は下呂の湯で攻めてやるかー!
あ、そうそうコバっちー?」
どうしました? とコバっちが台帳から顔を上げます。
「あたしの部屋、檜風呂にしてくんない?」
「……勘弁してください……」
なんだよ、使えねーな。
「あ、真琴さん」
自室に向かおうとすると、コバっちが私を呼び止めました。
「なん?」
「今日から25日までの期間限定の制服が届きましたので、お使い下さい。乙原君?」
こちらを、と言いつつ、乙原がカウンターに積み重ねてある赤い包みを2つ手渡します。
「ああ、これか」
タ
ン
包みの正体は サ
カ の衣装でした。
真っ赤な ス
ニ
ミ
「コバっち……このコス、生地がえらく安っぽいな。
値段は3千と5百円とみたが、如何か?」
風俗店には、季節に合わせて業者がセクシーコスチュームのカタログを届けに来ます。この時期は文句なしでミニスカサンタが売れ筋なのですが、コバっちめ、冬のカタログを見て適当な奴を注文しやがったな。
「惜しいですね。4300円です」
「大した差じゃねー!!
このド三一! このあたしにこんな場末のコスをしろってか!?」
「いや、どうせすぐ脱いじゃうじゃないですか!?」
「解ってねぇ、
解ってねぇよこいつ!
泡嬢にとってコスってのはなぁ、
体じゃねぇ、
魂を飾る華なんだよ!!」
ちょん!
決まった。我ながら名台詞です。
「おう昭の字。お前さんからも一言いってやんな!」
と、首だけ乙原の方を向きますと、乙原の奴、私を見ずにカウンター内のモニターを見てやがりまして、
「
よ
け
聞
」
ムカついたので乙原に足払いを1発かませます。
「うごぁ! え? 何、柔術!?」
たわけ。これは柔道だ。
「お前、このあたしのコスチューム談議、聴いてなかったろ?」
「いや、別に着たらいいじゃないですか。
どうせすぐ脱いじゃうんですし」
ブルータスお前もか!?
「しゃーねぇ、どうせ支給品だし着てやるとすっか。
で、昭の字?」
なんすか、と埃をはらいながら乙原が答えます。
「あたしがサンタのコスをするってことは、当然お前もトナカイのコスをするんだろうな?」
「しねえよ?」
「鼻を赤く塗りつぶしたりは?」
「しねえよ?」
☆ ☆ ☆
その後、客が来店してきたので私はフロントを後にし自室にてしょっぱいサンタコスに着替え、煙草に火をつけます。
全く、一言相談してくれりゃ、ちゃんとした縫製のコスを自前で用意したんですけどね。なあ霊子さん?
そんな事をぶつぶつ言いながら鏡の前に立っていると、
コンコン
「真琴さん、スタンバイ願います」
おっと、次に来たのは私の客ですか。
「おう、昭の字か。了解だ!」
すかさずベッドメイクを整え、煙草を1本吸ってからフロントに向かいます。
さすが週末日曜日。乙原の野郎も必死こいて走り回ってますよ。
本日1番のお客さんを帰した後も、
「真琴さん、スタンバイ願います」
「あいよー!」
「真琴さん、スタンバイ願います」
「よっしゃ! ちょっと待っとれぃ!」
「真琴さん」
「真琴さん」
「真琴さん」
おおぃ! 千客万来だな!
「本日はありがとうございました~」
本日最後のお客さんを三つ指を付いて見送り、私は部屋に戻ります。くっそう、腰が痛ぇ……。
『北原さん、今日は楽しい時間をありがとう♪
湯冷めしないようにね(はぁと)。
あと、それから……』
自室でのんびりと煙管で紫煙を燻らせながら、片手に仕事用携帯を持ち、本日のお客さん達に挨拶メールを送ります。これも仕事の1つですよ。
「おつかれ~」
「あ、おつかれさんです」
メールも送り終わり、帰り支度を整えてフロントに戻ると、少しやつれた顔の乙原が私を出迎えます。
「あ、送迎車が帰ってきましたね。
乙原君、談話室の女の子を呼んできて」
ウス、と頷き乙原は談話室のドアをノックします。
「真琴さん、お疲れ様でした。本日の御給金です」
「真琴ちんお疲れ~!」
美樹ちゃんか。機嫌がいい所をみると、この娘も結構客が付いたとみえます。
「ちょっとクラブで一杯やってかない~?」
『堕天した鵜』か? 謹んでお断りだ。
私が拒否の意思を示すと、
「ぶぅ~。
あ、ゼット~?」
ゼット?
「はい? なんすか?」
乙原の事か!?
「『堕天した鵜』行かない~?」
「……何屋ですか、それ?」
いくらなんでも乙原というチョイスはどうかと思うよ?
☆ ☆ ☆
「到着しましたよ真琴さん。
……真琴さん?」
先に電車組を岐阜駅に下ろし、その後に送迎車は寮に到着します。
「んが……?
……あれ? ここどこ?」
おっと、ついうっかり後部座席で眠ってしまったようです。
んー、やっぱりセルシオは乗り心地が良いね!
「お疲れのようですね」
「今日はフルで客がついたからね」
「さすがは真琴さんですね!」
車内では運転手の山木君と、彼の焚いたハザードの音がするのみです。
美樹ちゃんが何やらはしゃぎながら喋ってたのは聞こえてましたが、知らん間に電車組は駅で降りてましたか。
ん、まてよ!?
「ちょっと山木君!? あたしの隣に座ってたのって美樹ちゃん?」
「助手席には翔子さんが座ってましたから、お隣には美樹さんがいたかと?」
「ちょっと電気つけて!」
ヌかった! 私ともあろう者が、よりによって美樹ちゃんの隣で爆睡してしまうとは!
「どうかしましたか?」
ルームランプがともると山木君が心配そうな顔をしているのが解ります。そんなことより、鏡はどこだ!?
「あーめんどい! ちょっと山木君! あたしの顔見て!」
「は、はい! 見てます!! さっきからずっと見てます!!」
「あたしの顔、どう思う?」
「はい? いや……お綺麗だと思いますけど?」
いや、そんなこたぁ解ってんだよ! そんな事じゃなくてな、隣にいたのは美樹ちゃんだぜ?
あいつ
!
ろ
だ
対 に た
絶 顔 し
き
書
落
だって、あたしならやるもん!
「ほ……他に変わった様子はありませんが?」
「そうか、ならば良し」
デコに『肉』とか書きやがった日には、容赦無く足関節祭りを開催する所ですが。
大事な顔(商売道具)の無事も確認した事ですし、私はドアを開け颯爽と降り立ちます。
「あ、そういえば山木君?」
「……は、はい?」
「昭の字って、火曜日休みだっけ?
あ、昭の字って、乙原の事ね」
「……乙原君ですか? 彼はシフトでは火曜になってますけど……ちなみに僕は月曜ですが……どうされました?」
「いや、ちょっと確認したかっただけ。おやすみ!」
そう言って私は送迎車のドアを閉めます。
ドアが閉まると、ルームランプを消灯し、怪訝な顔に少し怒りを混ぜて、山木君は走り去って行きました。どうした山木?
っつーか寒いな……今夜は熱燗で一杯やりながらFPSでもプレイするとしましょうかね。
☆ ☆ ☆
「おはようっす」
「おはよー、って昭の字じゃん。どしたん?」
翌朝、寮まで送迎車を走らせてきたのは乙原です。
「山木さんは月曜休みだからな。俺が運転手だ」
「ああそういえばそうか。っつーか、昭の字、明日は暇なんだろうな?」
「……家でゴロゴロするのに忙しいが?」
それを
世 間 一 般 で は 暇 と い う ん じ ゃ ね ?
「明日、綾ちゃんと肉食う。貴様も出頭すべし
これ業務命令な!!」
寮は金津園のすぐ近くにあるので、車内で話す時間は極わずか。
通勤時間は5分ほどでです。
車が店の前に到着し、表に立つ中居さんがドアに手をかけると、そう言い残し、私はフロントに向かいます。
「おはようっ!」
「おはようございます真琴さん」
さーて、稼ぐとするか!!
☆ ☆ ☆
「おー、彩ちゃん! ヤットカメやなー!!」
「先輩! お久しぶりっすー!!」
火曜日。現場から返ってきた綾女ちゃんを乗せて、乙原は寮の前に車を横付けします。
「お前、ヤットカメなんて言葉、良く知ってたな。」
私が車に乗り込むと、取り合えず前方に車を走らせながら運転席の乙原が声をかけます。
ちなみに『ヤットカメ』は漢字で『八十日目』と書き、岐阜弁で『ひさしぶり』という意味ですよ。
「言わんかったっけ? あたしお婆ちゃんっ子やったからなー、小さい頃は良く岐阜弁使っとったんやわー」
東京に居たこともあり、仕事中は共通語で話してますが、この場は岐阜弁バリバリで喋りますよ。
え? 店内でも霊子さんや乙原と喋る時に岐阜訛りが出てたって? 細かい事気にすんなよ。
「あ、昭の字! そこ左車線。一宮方面に曲がって。
綾ちゃん、今日はステーキな。一宮に良い感じの店があるんやわ」
ゴチになりやす! と返事を返す綾女ちゃん。この子は見た目もかわいいし、胸は小さいけど器はでかそうだから、磨けばナンバーワンを目指せる逸材かも……。
「……綾ちゃん、ちょっとおっぱい揉んでいい?」
「何故っすか!?」
「……尻は?」
「何故っすか!?」
5分程度で終わってしまう店の送迎と違って、今日は少し長いレストランまでの道中。旧友との再開というのも手伝って、車内は高校の演劇部時代の思い出話に花が咲きます。
夏の県大会で徹夜で脚本を修正した事。
上演直前、乙原兄妹が作り上げた大道具を私の不注意で壊してしまった事。
それを突貫作業で修繕し、ギリギリ上演に間に合わせた事。
その時、泣きながら謝る私に、
「この程度は俺達が何とかするから気にすんな!」
「あたしの腕なら5分で作業を終わらせるっす! それより先輩は役者なんやから、発声練習をして喉を暖めておいて下さい!」
と二人が言ってくれた事。
打ち上げで美術部も巻き込んで近くの公園で『演劇部VS美術部』のサバイバルゲーム大会を開催し、近所の住人に通報された事。
「あー、そんな事もあったっすねー」
いつの間にか車は店に着き、綾ちゃんは口にビールの泡を付けながら笑っています。
「懐かしいな。あの時のM16(電動ガン)はまだ部屋に飾ってあるぜ」
乙原は運転がありますのでウーロン茶です。
「所で綾ちゃん、宮大工やっとるんやろ? 現場で霊とか見たことあるん?」
「うご? 霊っふか……? そうっふねー…?」
チューハイを飲みながら話す私に、彩ちゃんは肉を頬張りながら答えます。取り合えずその肉を飲み込んでから答えてね……。
「んぐ……。旨い!
で、霊っすか? 見た事は無いっすけど?」
「お経とかは読める?」
「そりゃまあ。兄貴も読むくらいは出来るやろ?」
「……ちょっと骨を折って欲しい事があるんやけどな」
私はチューハイを飲み干すと、本題を話し始めます。
「霊子さんか……」
乙原のウーロン茶はまだ半分位残っていました。




