昭一の章 1
2012年にメフィストに投稿した作品です。(結果は下段選考)
本作品は、縦書き文章のなかに横書きを併用しておりますので、閲覧は縦書きモードでご覧下さい。
なお、サイトの改ページの仕様上、読みにくい箇所もあるかと思いますが、何卒ご勘弁を。
メフィスト賞応募済原稿
極天! 風呂屋稼業
金津園にいらっしゃいませ
岡部 瓢六
昭一の章 1
『――はい、それではそちらにおかけ下さい。履歴書はお持ちですね? ちょっと拝見しますよ……』
『乙原昭一さん、お住まいは岐阜県養老町。ここから車で五十分位かな』
『高校卒業後はずっと大工として建築の仕事をしてらっしゃった……と』
『へぇ、あなた建築士の免許を持ってるんだ。すごいねー。え? 一級じゃなくて二級建築士? いやいや、それだって立派なもんですよ』
『この特技の【一級技能士】というのは? 大工の技能を検定する制度があるんですか? 英検や漢検みたいなもんか。ふーん……』
『じゃあ乙原さん、その気になれば家の一軒は建てちゃえる訳だ』
『え? 家はちょっと無理!? 大工さんなんでしょ? 家は建ててないって? じゃあ何を建ててたの?』
『寺!? それと神社!? ちょっと待って! じゃあ、あなたの職業って?』
宮大工です
――詳しい話は昨日に遡る。
朝の七時半、俺はいつも通りの時間に仕事場に到着する。
厚手の作業服を着込んだ格好で車から降りるが、十一月の凍て付いた気候は、その防寒だけではやる気を萎えさせるのは十分な為、車内から防寒用のジャンパーを手繰り寄せた。
襟に付いた木屑を掃いつつ仕事場のシャッターを開けると、夕べ現場から片付けてきた道具や資材類が日の光を浴びる。
朝一の仕事は自分の道具の手入れだ。次の現場に取り掛かる前に、最低限のメンテナンスをしておく必要がある。
「あーあー……やっぱり錆が浮いてやがる……」
前日に現場で降った雨のせいだろう。すぐに拭き取ったとはいえ、現代の酸性雨は、鑿の鋼を鈍にするには十分な要素であった。
錆びた刃物では満足な仕事は出来ない。俺は白く曇った息を自身の手に吐きかけ、水を張ったバケツから砥石を取り出す。
錆で真っ赤に染まった八分鑿を研ぎ上げ、続いて荒仕子の鉋を研いでいると、仕事場の前に一台のトラックが姿を現した。
「あ! 親方。おはようございやーす!」
砥石の上での往復運動の手はそのままに、俺は首を90度横に曲げて朝の挨拶を行う。
「ああ、うん。おはよう……」
不景気を絵に描いた様な顔をして親方が挨拶を返す。何か嫌な予感がする。どうした?
俺は研ぎ上がった鉋の刃を砥石の上に置き、立ち上がり腰を伸ばす。濡れた手を上着の裾で拭いた後、肩を回して軽くストレッチを行っていると、
「乙原よ、来月からかかる予定だった、名古屋の正林寺の仕事なんだけどな……」
正林寺というのは次に掛かる予定の現場だ。小ぶりな本堂だが、雨漏りで大分屋根が傷んでいる為、そこそこ手間を要する仕事なのだが、
「……契約は先延ばしですか?」
親方が次に言うであろう台詞を先回りして尋ねてみる。
「御名答……ついでに言うと、この先、仕事がまるで無い……」
乙原昭一 二十八歳
今まで他人事だと思っていた
“
ラ
ト
ス
リ
“
の瞬間であった。
● ● ●
「いやー洒落んなってねぇな、こりゃ」
「なに呑気な事言っとんじゃい!」
風呂上り、自宅の居間でスルメを齧りながら呟く俺に、台所から辛辣なツッコミが飛んできた。
ツッコミの主は我が妹の乙原綾女だ。二十六歳のうら若き乙女は『より良い今宵の晩酌を』というスローガンの下に今日もデニム地のエプロンを身に纏い台所に立つ。母親が居ない我が家において、どんな面倒臭い料理でも酒をより旨く飲む為には手間を惜しまないという、非常に頼れる戦士だ。
「しかし仕事が無い以上、足掻いたってどうしようもないだろうが」
俺はスルメを飲み込み反論を試みる。風呂上りの直後、スルメを齧っているとビールが飲みたくなってくる訳だが、ここは一つ、綾女女史が肴を拵えるまで待つとしようか。
「ほんで兄貴、今日は結局どうしたんや? あてにしてた仕事が流れてまったんやろ?」
流暢な岐阜弁を使いつつ台所から登場する綾女。手に持たれているのは皿と350mlの缶だ。
「今日か? 今日は倉庫の掃除。一日中。
俺の道具は全部車に乗っけて『お世話になりました』っつってお別れ。給料は月末に取りに行く。って、今日のツマミはこれ!?」
皿の上には『チクワの穴に縦に割ったチーズをぶっ刺した奴のぶつ切り』がてんこ盛りに盛られていた。頼りない戦士だなオイ!
「綾女君、今日はまたシンプルな晩飯だのう……『チクワの穴に縦に割ったチーズをぶっ刺した奴のぶつ切り』とは……と言うか、これの正式名称ってなんて言うんだ?」
「さあ?『チクワの穴に縦に割ったチーズをぶっ刺した奴のぶつ切り』でいいんやない?
ってか、兄貴も無職になっちゃったんだから、贅沢な晩御飯なんて無理に決まっとるがな!
さて、あたしも風呂に入ってくるわ。全部食うなよ!」
そう言い残すと肩にタオルを掛け、綾女は風呂場に消えた。
おのれ、綾女の奴、俺より若いくせに達観した思考回路を持ってやがる。ちなみに先程の350mlの缶は、ビールではなくて『第三のビール』であった。せめて発泡酒にして欲しい所だ……。
「所で、お前ん所の景気はどうよ?」
『チクワの(略)』で第三のビールをあおりつつ、風呂上りの綾女に尋ねる。
ちなみに俺と同じく、こいつも(とはいえ俺は「元」宮大工なのだが)職業は宮大工だ。 別にウチは大工の家系という訳では無いのだが、「ОLになるよか、職人の方が面白そうっす」という理由で俺とは別の親方の下に弟子入りしやがった。その様子を会社員の親父は苦笑して見てたよ。
「良くは無いねぇ。やっぱあれだ。後期高齢なんとか以来、年寄りの財布の紐が硬いのなんのって……」
「……後期高齢者医療制度な……」
後期高齢者医療制度。大まかに説明すると、『医療予算を老人の財布から捻出する』という制度。「国は老人から銭をふんだくるのかー!」と日本中の年寄りが大騒ぎしたあの一件。
宮大工の顧客というのは、寺の坊主や神社の神主だけだと思われがちだが、社寺建築の建設費用というのは門徒や氏子の寄付金で賄っている為、年寄りからの寄付が滞ると、建設計画そのものが年単位で先送り(というより、頓挫と言っても良い)してしまう。社寺建築業界にとっては、「サブプライム問題」や「リーマンショック」といった事柄よりも「後期高齢者医療制度」の大波が一番ダメージが大きかった。その影響を今になって受けて、あえなく失職した宮大工の一人が俺という訳だ。
「で、マジな話、どうすんのこれから?
言っとくけどあたしの周りもみんな不景気やからな、人を雇う余裕のある所なんかあらへんで?」
『チクワの(略)』をビールで流し込んで、生乾きの頭をボリボリ掻きながら綾女は言う。いや、と言うかよく見りゃこのアマ、自分は麒麟ラガー飲んでやがる。畜生!
「……うーむ、どうすっかなー……」
(第三の)ビールを飲み干し、当ても無く呟いてみる。
飯は茶漬けで済ませて自室に戻り、俺は力無くベッドに倒れこんだ。正直言って、職安に行くのが非常に面倒臭い。不景気な面したオッサンに混じって求人の列に並ぶのは御免被る……。
どの道、職安に行った所で綾女の言った通り、大工の求人は期待出来ないだろう。
ならばどうだ。いっその事、大工に見切りをつけて別の職種にするというのはどうか?
いや、どうせなら
”
思い切り を
界
世
の
別 覗いてみるのも一興かも知れない。
“
そう思い立ち、枕元の雑誌を手に取る。
半ば悪乗りに近い形で俺は就職活動を開始した。
● ● ●
『――はい、僕からの話は以上です。
何か質問はありますか?
無い。そうですか』
『では申し訳ないのですが、身分証のコピーを取らせてもらっていいですか?
ええ、免許証で結構です。お、ゴールド免許かー……』
歳は三十代前半だろうか、面接官の男は俺の免許証を手に取ると、奥の部屋にコピーを取りに向かう。
男が消えたのを確認し、俺は一つ小さな溜息を吐く。慣れないネクタイのせいか、どうも肩が凝る……。
肩を揉みつつ首を回していると、しばらくして男は免許証を持って帰ってきた。
『とりあえず免許はお返ししときますね。
それではですね、僕は雇われ店長なんで、あなたの採用の決定権はありません。この後にオーナーと相談して、三日以内には採用か不採用かをお知らせしますので……』
「わかりました。何卒よろしくお願い致します!」
俺は店長を名乗る面接官に深々と頭を下げ、その場を後にした。帰りがけ、店の玄関口で四十代後半だろうか、七・三分けの紳士と目が合う。彼にも頭を下げ、
「よろしくお願い致します。失礼します!」
と挨拶をする。七・三分けの紳士は、ガラスを拭く手を止めて、にこやかな笑顔で俺を見送ってくれた。
車に戻り、携帯のマナーモードを解除する。と、モニターに“着
信あり”との表示が。
登録してない番号だが、どこか見覚えがある。
そうだ! この番号、先程面接を受けた店だ!
――何か忘れ物でもしただろうか?
そう考えながら電話をしてみると、
『あ、乙原さん? どうも、【シェリー・キャッスル】の店長の小林ですけども、
つい先程オーナーが店に来まして、乙原さんの事を相談したら、オーナーもウチで働いて欲しいとの事なんで、電話させてもらったんだけどね』
なんと、五分で採用決定ときたか!?
「あ、ありがとうございます。一生懸命頑張ります!」
店長と名乗った電話の主は尚も告げる。
『でね、いつから働ける? 明日から来てくれると助かるんだけど?』
「明日ですか? 大丈夫です。宜しくお願いします!」
こうして明日から再就職することになった。
早いな話が!!
「――おう、就職決めてきたぜ!」
帰りがけにコンビニでビール(エビス)を購入し、先に帰宅していた綾女に向かって本日のニュースと共に投げ渡す。説明する前に一っ風呂浴びるか。
風呂から出た俺は、早速エビスの缶を開ける。晴れて無職の身から脱却した今、堂々とエビスを飲んでもバチは当たるまい。
で、今日の肴は……
「……綾女君、これは、あれかね?
『チクワの穴に縦に割った胡瓜をぶっ刺したやつのぶつ切り』
……かね?」
「うん、まさか兄貴がこうも早く職を決めるとは思わんかったしな。まあ、今日は『チクワの穴に縦に割った胡瓜をぶっ刺したやつのぶつ切り』で勘弁してちょ」
そう言って、自分のビール(麒麟ラガー)を一缶空けた後、俺が買ってきたエビスに手を付ける妹。このクソアマ……。
「なあ兄貴、このチクワの奴の正式名称って何て言うんやろな?」
知るか!!
皿の上の『チクワの(略)』を食べつつ、綾女に尋ねてみる。
「今日も親父は遅くなるのか?」
対して綾女も口をもぐもぐさせながら答える。
「んー、多分。最近遅くなる日が増えたねー」
「職が変わった事、取り合えず言っておかないとな」
「結局、大工の働き口は無かったん? 次は何やるんよ?」
「サービスマンだ」
「介護福祉とか?」
「違う。ボーイだ」
「……キャバクラ!?」
「惜しい。ソープだ」
「!?」
「金津園だ」
「!?!?!!」
さすがに妹とはいえ、兄のこの行動は想定外だったらしい。
口にビールを含んだ状態なら大惨事だったが、幸いにして噴出したタイミングが『チクワの(略)』を加えた状態だったので、ビールほどの被害は免れた。
ただし噴出した際にチクワの中の胡瓜が俺の眉間に一直線に飛んできやがった! 痛ぇ!!
「金津園って、あの金津園?」
「他にどの金津園があるんだよ」
取り合えず説明させてもらうと、金津園というのはJR東海道線、岐阜駅の裏に広がる歓楽街であり
“ の一つとして、
街 日本有数のマイナー県ながら
俗 数少ない「名物」(?)として全国のオッサン達に
風 その名を轟かせている。
大 ちなみに、岐阜県の場所は知らないが、
三 金津園の存在だけは知っているという輩を
本 他地方でたまに見かける。
日 岐阜県もこう見えて
” 歴史が深かったりするのだがな……。
「……その発想は無かったわー……何? ソープ屋さんにコネでもあったり?」
「そんなもんねぇよ。
昨日の夜、部屋で風俗情報誌片手に片っ端から電話かけて、男性スタッフの募集があるかどうか聞いたんだよ。
で、一件、募集してるところが見つかった。
で、面接のアポ取って面接してきた。
で、採用。
明日から初仕事だ。実にスピーディー!」
「……あんたのそういう所、けっこう羨ましいわ……」
呆れ顔で呟く綾女。皿の上の『チクワの(略)』は、あらかた無くなっていた。
● ● ●
十一月某日、俺は近所の大型スーパーで買った礼服、もとい、黒スーツに身を包み勤務地の『金津園』に赴く。
いつもの作業服と違い、三つ折の革財布が尻ポケットの中でやたら存在を主張している。
背広は背広で、体を動かすたびに携帯電話がゴツゴツと肋骨を攻撃してくるのを感じる。現場では頼りになっていた防水、耐衝撃性能が仇となったか……。
ぶつくさ言いつつ、店が借りている金津園構外にある従業員用の駐車場に車を停め、革靴を鳴らしながら色街『金津園』に向かう。
道中、立派な住宅の庭先の牡丹を眺め、児童公園のトイレで用を足し、稲荷の社に賽銭を投じたりしながら、十分程歩いただろうか、俺の足は新しい勤務先である
ソープランド
『シェリー・キャッスル』
の店先で止まった。
時計は丁度午前八時を指している。
夜の商売を営むこの街は、こんな時間には人っ子一人見当たらない。現場なら
「うーい、そろそろ仕事すっかー!」
とか皆で言ってる頃なのだが……。
携帯をいじりつつ暇を潰していると、時刻八時四十五分、店の裏に一人の黒服の男が自転車に乗ってやって来た。同僚に違いない!
「どうも、お早うございます! 本日からこちらで働かせていただきます、『乙原』と申します!!」
……ああそうなの、宜しくね。と、軽く挨拶をした三十路過ぎのその男は、下っ端の仕事なのであろう、手馴れた様子で洗濯機を回し、店の一階駐車場を箒で掃きにかかる。
「あ、あの……掃除でしたら私がやりましょうか?」
いや、僕がやるからいいよ。とだけ言い、箒を動かし続ける同僚の君。対して俺はやる事も無く、ボーっと立ってるだけ。
……暇だ……。
八時五十五分、同僚の君は突如姿勢を正し、「お早うございます!」と声を上げる。その方向を見ると、昨日の七・三分けの紳士が颯爽と出勤してきた所であった。
「どうも、お早うございます! 本日からこちらで働かせていただきます『乙原』と……」
と、俺が挨拶しようとした矢先、
「ちょっと、お前! ネクタイが曲がっとるやないか!
靴も汚れとるし!
姿勢も悪い! キチンとしろキチンと!!
お前、舐めとったらあかんどゴルァ!!」
なんと!開口一番、怒鳴られた!?
なんだこいつ!? 昨日のにこやかな紳士と同一人物か!?
と言うか、現実世界で『ゴルァ』とか言う奴、初めて見たぞ!?
ネット用語じゃなかったのか!?
初っ端から怒涛の駄目出し!
風俗店における店員の心得其の一
ボーイとしての最低限の身だしなみをすべし!
この説教の為に、開店準備が遅れるという事態が発生。
開店準備を急ピッチで進める必要が出てきた。
其の一があるなら、其の二、其の三のあるという事なのだが……。
「じゃあ、取り合えず僕についてきて!」
そう告げ掛けていく同僚の君に俺はついて回る。挨拶も紹介も半端なままなのだが、お前は誰なんだよ……?
午前九時五十分、二十分遅れで準備を整えた後、次は出勤してくる嬢の出迎えをしなくてはならない。
店で用意した寮もあるのだが、隣県の愛知県に住む嬢も多く、彼女たちはJR東海道線を使って出勤して来る。そんな嬢たちを岐阜
駅加納口(通称、南口)のロータリーで出迎えるのもボーイの仕事である。
道順を覚える為、店の『送迎車』である黒塗りのセルシオの助手席に同乗する。覚えるといっても車で五分程の道程だが。
「乙原君、金津園構内は基本的に一方通行だからね。そのへん注意してくれよ」
あ、はい。と答えた時、同僚の君の胸に付いている名札の存在に気付く。この男の名札には『山木』と書かれていた。
電車のダイヤ通りに、次々と南口のロータリーに現れる嬢達。
茶髪の縦ロール、金髪ショート、そして風になびく黒髪ロング。
彩り豊かな嬢達の本日第一陣の送迎を終え、その後にビル一階の駐車場にて山木から大まかな仕事の手順のレクチャーを受ける。
客の応対から始まり、車の清掃、靴の磨き方の指導を受けている最中、突然内線電話が鳴り響いた。
ビル二階のフロントからだ。山木はレクチャーを中止し、電話を取る。内容は以下の通り。
「……ちょっと乙原をこっちに呼べ」
七三からの呼び出しだ。高確率で碌な用件ではあるまい……
俺は重い足取りながら、駆け足でフロントを訪ねる.。
「お前、女の子の車のドアを開けなかったそうだな?」
胸に『中居』の名札を付けた七三は再び大説教を開始した。
事の詳細はこう。
短時間に数万円という法外な料金を取るソープランドにとっては、ソープ嬢というのは客を呼ぶ大切な大切な「店の商品」であり、その高価な商品を大事にエスコートするのもボーイの役割であると。
それはまあ理解できる。
問題なのは今回、俺は普通に車を降りただけなのだが、素早く降
りて後部ドアに回り、ドアを開けるのが正しい行動だったらしい。そのことを不満として中居に告げた嬢がいたようだ。
「店の大事な女の子を仕事前から不機嫌にさせる奴があるか!」
・
・
・
よ
ぇ
で ね しかしそれも三下の仕事。
度 ゃ
程 じ 以後、俺はフロントにて七三(中居)の隣で
の ん
そ て 次々と出勤してくる嬢に対し頭を深々と下げ
し 挨拶を繰り返す作業に取りかかる。
く
悪
嫌
機
「お早うございます! 本日よりお世話になります乙原と申します。」
「お! お早う。今日からよろしくね。
中居さーん。遅くなってごめん。
お茶っ葉が切れそうだったから買ってきたよ。」
顔を上げると、そこに立っているのは昨日俺を面接した男だった。この店長は『小林』というのか。
「他に補充する物品は無かったよね? 女の子はもう全員来た?」
「小林さん、おはよ。
今日来てないのは、あと梓ちゃんと早苗ちゃんと……
あ、真琴ちゃんもまだ来てないね」
そう告げると、中居はコートを羽織り、本来の立ち位置なのだろ
うか、一階駐車場へと降りて行く。去り際にしっかりと眼光鋭く俺を一睨みして。
しかし、あと三人来るのか。ここは気を引き締めてかからねば。
「お早うございます! 本日よりお世話になります
乙原と申します!」
「お早うございます! 本日よりお世話になります
乙原と申します!」
「お早うございます! 本日よりお世話になります
乙原と申します!」
店の嬢に対し、ひたすら俺は頭を垂れる。俺の視界には嬢(高級商品)の脚が見えるのみなのだが、ここで店長の小林が一言。
「乙原君。挨拶もそうだけど、女の子の顔も早く覚えといてね」
こ の 状 況 で ど う や っ て !?
無茶振りもいい所だ。
「はあ……とにかく頑張って覚えます。で、女の子は皆いらっしゃった訳ですが……」
頭を下げるのもいい加減飽きてきたので、そろそろ次の仕事を聞きたかったのだが、
「いやいや? まだ真琴さんが来てないよ?」
む? 今、嬢は三人来たはずだが? 挨拶も三回したし、あれ?
「ははは。テンパってるな~。ちなみに『真琴』さんはウチのナンバーワンの娘だよ」
と、小林が言い終わるや否や、従業員用通用口の扉が勢い良く開かれる。
「おはよー!!」
そう言って一人の女性がフロントに近寄ってきた。この人がナンバーワン嬢に違いない。
「お早うございます! 本日からこちらで働かせていただきます、『乙原』と申します!!」
「あ、新人さん? よろしく。
……今、乙原って言ったか!?」
ナンバーワン嬢『真琴』は、そう言うと突如しゃがみこみ、頭を垂れる俺の顔をさらに下から覗き込んだ。
「……乙原? ……昭の字!?」
「……萩本? お前、萩本か!?」
「んなぁぁぁー!! お前、何でこんな所におるんじゃー!
ボーイか? ボーイとして来たんかー!?」
「お前こそ、ここで何してんだ!? 働いてんのか? その前に、ナンバーワンってお前!?」
「あたぼうよ! この店のエース、『まこっちゃん』とは、このあたしの事じゃー!!」
……知り合い? と小林が怪訝な顔で声をかける。
高校の同級生です