世界樹の大精霊の役目
『世界樹ノ大精霊、役目ヲ終エルト、世界樹ノ枝ヲ、採取スルノ』
なんでも世界樹は挿し木が可能らしく、元気な若芽を付けた枝を取っておくのだとか。
『世界樹ノ枝ハ、信用デキル人ヘ、託シテイルンダヨ』
大聖堂にある世界樹も千年前に皇族へ世界樹の枝を託し、育ててきたのだとか。
『世界樹ノ枝、ココニ、アルヨネ?』
メルヴはまっすぐな瞳で領主様を見つめる。
「なるほど。お前達がここにやってきたのは、世界樹の導きだった、というわけか」
領主様はメルヴの質問に答えず、領主様は私達についてくるように言う。
本当に世界樹の枝があるというのか。
領主様がズンズン進むので、私はメルヴを抱き上げ小走りでついていく。
階段を下り、長い廊下を通り抜け、屋敷の奥のほうへと進んでいった。
重たい扉を開いた先は柱廊だった。
冷たい風が吹きすさび、雪も積もっている。
この柱廊は中庭を囲むために造られたもののようだ。
領主様は立ち止まって視線を向けたその先に、立派なガラスの温室があった。
そのまま何も言わず、領主様は温室へ入っていく。
私達もあとに続いた。
温室にはふかふかの土が一面に敷かれており、その中心に細い枝がぽつんと挿し込まれていた。
『ワア!!』
メルヴは声を上げ、枝のもとへ駆け寄る。
同時に領主様はその場にしゃがみ込み、メルヴへと問いかけた。
「メルヴ・フレイムとやら、これが世界樹の枝で間違いないのか?」
『ウン、ソウダヨ!!』
「やはり、そうだったのか」
メルヴがラヴィーナに下り立ったときに、世界樹の枝はこの地にあると言っていた。
まさか領主様のお屋敷にあったなんて。
「領主様、こちらの世界樹の枝はもともとあったのですか?」
「いいや、八年前に私が仮死の毒を盛られたさい、意識が混濁する中で世界樹の大精霊が私に託したのだ」
大丈夫だから、そんなふうに言っていたように聞こえたという。
「私は意識を失っても、この世界樹の枝を放さずに手に握っていたらしい」
結果、世界樹の枝は帝都からラヴィーナの地に運び込まれるような結果となったようだ。
「おそらくこれは、世界樹の枝だろう。そう思って厳重に保管していた」
金庫に入れ、一日一回状態を確認していたという。
それから数年は問題なかったようだが、ある日異変が起きたようだ。
「葉先が枯れかけているように見えたのだ」
そのタイミングは世界樹が霊力を受け止めきれなくなってきた期間と被っていた。
おそらくその辺りに世界樹が寿命を迎えたのだろう。
「きっと世界樹の枝にも影響が生じたのでしょうね」
「そのようだ」
領主様は庭師にどうすればいいのか相談したという。
けれども対象は世界樹の枝。庭師も困っていたという。
いつもしているような処置でもいいからと頼み込み、挿し木の基本手順を習ったようだ。
「庭師の助言を受け、庭の土に挿して水を与えた」
けれども厳しい寒さから根が張ることはなく、さらに葉っぱから枯れていったという。
「庭師が温かい場所に移したほうがいいというので、中庭に温室を造って移したのだが」
それ以降、葉が枯れることはなかったようだが、根は張っていない状態だという。
「メルヴ・フレイムよ、これは本当に世界樹となるのか?」
『ウン、大丈夫ダヨ!』
「お前がいるからか?」
『違ウヨ、ソフィヤガイルカラ!』
領主様とメルヴの視線が一瞬にして集まる。
まさかの白羽の矢が立った。
『ソフィヤダッタラ、育テラレル!』
「そ、そんな……私、世界樹の挿し木なんて育てたことないのに」
『デキル! ソフィヤダッタラ、絶対ニ!』
そんなふうに言われましても……と困惑してしまう。
何を思ったのか、領主様がずんずん大股で接近してきた。
ものすごいド迫力でヒイ! と悲鳴をあげそうになるも、失礼なので寸前でごくんと呑み込んだ。
あろうことか、領主様は私の前で片膝を突く。
「ソフィヤ・トィルシナ、頼む、世界樹の枝を育ててくれ」
「そ、そんな領主、そのような、ああ!!」
私も地面に這いつくばり、領主様と視線を同じにする。
アメシストみたいな瞳が眼前にあった。
吸い込まれそうなくらいきれいだった。
「お前しかいない。お前にしかできない……頼む」
領主様の声は少しだけ震えていた。
威圧的に命じられたのならば、無理です無理ですと言って逃げることもできた。
けれども領主様は懇願と言ってもいいような態度でいる。
その頼みを断ることなんて、私はできなかった。
「わかりました。その、できるかわかりませんが」
「ソフィヤ・トィルシナ、感謝する!!」
領主様はそう言って私の手を両手で掴んだ。そのままぐいっと引いて立ち上がらせてくれた。
それだけでは終わらず、優しい手つきで服に付着した土を払う。
「あああ、あの、大丈夫です。自分でできますから~~」
思いのほか、面倒見のいいお方のようだ。
何はともあれ、私はラヴィーナの地で大変なお役目をいただいた。
世界樹を挿し木から育てるなんて、本当にできるのだろうか。
いいや、やるしかないのだろう。
幸いと言うべきか、私の傍には世界樹の大精霊であるメルヴがいてくれる。
領主様も何かあったらきっと助けてくれるだろう。
頑張るしかない。
そう思ったのだった。
「ひとまず、その、土に埋めるのは早いと思います」
まずは世界樹の枝に水分を与えて、十分吸い取らせなければならない。
「水も普通の水ではなく、聖水を与えていました」
「聖水か……。大聖堂の地下からしか湧き出ないと聞いた覚えがあるのだが」
「聖水は水に聖力を付与して作ることも可能です」
「そうだったのか」
中庭にある井戸から水を汲んで、聖力を付与してみた。
「――聖なる力よ、水となれ!」
水が輝きを放つ。
領主様が見ているので緊張していたものの、無事成功してよかった。
「あとは、葉っぱを半分切り落として、水分が逃げていくのを防ぎます」
水分を逃がすことに力を使ってしまうと、枝自体が枯れてしまうのだ。それを防ぐために、葉っぱの面積をなるべく少なくし、水の蒸発を防ぐ。
剪定用のハサミで世界樹の葉を切り落とし、聖水を満たしたバケツに入れてみる。
すると世界樹の枝が輝き始める。
「こ、これは――!?」
「ま、眩しい!!」
輝きが収まった頃に瞼を開くと、世界樹の枝からつやつやと美しい葉っぱがあることに気付く。
どうやら与えた聖水を吸収して生やしたようだ。
聖水は半分以上なくなっていた。
「驚いた。枯れてしおれていた葉の状態から、ここまで成長するなんて!」
領主様はあろうことか、片膝を突いて私の手を握り、感謝の言葉を口にしてきた。
「ソフィヤ・トィルシナ、なんと感謝すればいいのか……!」
「いえ、その」
大げさな……。
そう思ったものの、長い期間、世界樹の枝が思っているように成長しないどころか、枯れかけていたので心配だったのかもしれない。
「ただ、私が精製する聖水だけでは、成長しきらない気がするんです」
「さらに強力な栄養分が必要になる、というわけか」
「はい」
「わかった。ならば何か打つ手を考えておこう」
「ありがとうございます」
しばらくは私が作った聖水で頑張ってもらうしかない。
「また明日、様子見をしてみますね」
「ああ、頼む」
ひとまず立ち上がるように頼み込む。
こういう貴族的な振る舞いをされると、どうしていいのか困ってしまうのだ。
それにしても、まさかラヴィーナの地でも世界樹の世話役に任命されるとは思わなかった。
本当に、人生は何が起こるかわからないとしみじみ思う。
これまで世界樹の力を安定させることにのみ注力していたが、今回は枝から世界樹を育てなければならないのだ。
正直、心配しかない。
けれどもやるしかないのだ。
「ただ――」
「どうした?」
「いえ、帝都の世界樹が心配だと思いまして」
「帝都には大聖女がいるのだろう? なんとかするだろう」
「だといいのですが……」
大聖女アンナマリア――彼女も根拠もなく大聖女を名乗っているわけではないだろう。
領主様の言うとおり、帝都の世界樹については彼女に任せるしかない。
どうかこの先、何事も起こりませんように。
今は祈ることしかできなかった




