領主の事情
いきなり先触れもなく訪問したので無理もない。
ミロンさんが扉を開きながら「どうぞ」と言ったので、勇気を振り絞って中へと入る。 一歩、足を踏み入れた瞬間、暖炉にくべた薪がぱちん! と音を鳴らした。
静かな部屋だったので、驚きのあまり心臓が大きく跳ねる。
ここは執務室だと思いきや、立派なマントルピースを構えた私室だった。
領主様は暖炉の前に置かれた椅子に、こちらに背を向ける形で座っていた。
ミロンさんは入室せずに、扉を閉めてしまう。
ばたん、と大きな音が部屋に鳴り響く。
思いがけず、領主様と二人きりになってしまった。
領主様は黙ったまま、こちらへ声をかけてくる気配がない。
こういう場面では位が上の者から声がかからない限り、話しかけてはいけないのが礼儀だったような。どうしようかなんて考えていたら、領主様から話しかけてきた。
「どこから来た?」
「帝都の帝都の大聖堂から、こちらに飛ばされてきました」
「神官か……」
ため息交じりの声だった。
いきなり押しかけた上に、ワケアリであろう身の上の持ち主であろうことは安易に想像できる。そうなるのも無理はないだろう。
「名を名乗れ」
「ソフィヤ・トィルシナと申します」
「救貧院の出身か」
「はい」
通常、全名には父親の名前が入る。
それがないということは、生まれた頃から身寄りがない者の証となるのだ。
「若い身の上で、いったい何をやらかしてここまで飛ばされた」
「信じてもらえないかもしれませんが、特に何もしておりません。私は世界樹の傍で日々世話をしていただけでした」
「世界樹だと?」
領主様は立ち上がり、こちらを振り返る。
カラスを思わせるような黒髪に、炎を思わせる強い輝きを放つ赤いの瞳の持ち主。
年頃は二十代半ばから後半くらいだろうか。
手足がすらりと長く整った顔立ちで、鋭い目で私を見つめる。
そんな領主様の顔に見覚えがあったので、ギョッとしてしまった。
「あ、あなた様は――!?」
「なんだ、私の顔に見覚えがあるのか?」
「ヒッ!!」
膝の力が抜けて後ろに転んで、臀部を強く打ち付けてしまった。
忘れもしない。
それは八年前、私が十二歳のときの記憶である。
物心ついたときから両親がおらず、当時救貧院に身を寄せていた私は、買い物を頼まれ出かける中で領主様に偶然出会ったのだ。
出会ったという表現が正しいのかわからない。
なぜかと言えば、私は領主様の葬列を目撃したのだから。
運ばれる棺の前に、大きな肖像画が掲げられていたのだ。
記憶にあるその顔と、今の領主様はそっくりそのままだった。
今目の前にいるのは死んでなお化けて出てきた霊体だというのか。領主様について商人一家に聞いたとき、遠い目をしていたのを思い出す。
領主様は実はお化けなんです、とやってきたばかりの私に言えるわけがないだろう。
ただ、人違いである可能性もある。
震える声で問いかけた。
「イグナート・ミハイロヴィチ・グラーニナ様でございましょうか?」
「ああ、そうだ」
やはり間違いない。
領主様は私が八年前に葬列で目撃したお方だったのだ。
「ソフィヤ・トィルシナ、私はお前に会った記憶はない」
「そ、そうでございましょう。私が目にしたのは……八年前にあった、あなた様ご自身の葬列でしたから」
そう訴えると、領主様は腑に落ちたような表情となった。
「立て」
そう言って領主様は私の腕を掴んで、ぐいっと立ち上がらせてくれた。
空いた手で私の体を支えつつの、思いのほか優しい手助けだった。
「怯えるな。私はこの通り、生きた人間だ」
「そ、そのようですね」
この世に未練があるあまり、霊体となってまでも留まり続けたのではないか、と勘違いしてしまった。
「あの、どうしてあなた様の葬列が執り行われていたのでしょうか?」
「邪魔者を追放する口実だろう」
「追放って……」
死んだことにしてまで、どうして領主様を追いだしたかったのか。
聞いていいのか悪いのか、迷っていたら顔に出ていたのだろう。領主様は事情を話してくれた。
「現皇太子を知っているだろうか?」
「はい」
私を追放したパーヴァル殿下である。
「その者が、私が皇帝の座を狙っているから、処刑するように言ったのだ」
「なっ――!?」
当時、パーヴァル殿下は十一歳。
年が離れた叔父相手に、そのような残酷な命令ができるなんて……。
ただ、幼いパーヴァル殿下の訴えのすべてが通ったわけではなかった。
皇帝は領主様を処刑せず、〝死んだこと〟にしたという。
「私は仮死状態にされ、この地まで運ばれてきた」
ちょうどここの領主が亡くなったタイミングだったという。
仮死状態から目覚めた領主様はしぶしぶ置かれた状況を受け入れ、この地に留まることに決めたという。
「帝都に戻って、異議申し立てをしようとは思わなかったのですか?」
「そのようなことをすれば、争いの火種となり、内乱が起こっていただろう」
領主様は争いを望んでいなかった。
それゆえ、死んだということを受け入れ、この地で領主の座に納まり続けているという。
「私の事情はよく理解できたろう」
「はい」
「今度はお前の事情を話せ」
「私は――」
思わず遠い目をしてしまう。
領主様もまさか、自分と似たような状況で私がこの地に追放されたとは思っていないだろう。
「実はパーヴァル殿下から世界樹を独占する、邪悪で役立たずだと糾弾されまして」
「あの男、パーヴァルの仕業だったのか?」
「はい」
領主様はパーヴァル殿下の名前を聞いた途端に眉間に皺を寄せ、険しい表情となった。




