愚かな皇太子②
パーヴァルは焦る気持ちを押し隠しながら、急ぎ足で世界樹がそびえる中庭へ急ぐ。
――世界樹が枯れかけているだって!? そんなの見間違いに決まっている!!
そうだ、そうに違いない。
パーヴァルは自らに言い聞かせるように何度も繰り返した。
「パーヴァル殿下!! パーヴァル殿下!!」
「ああ、もう、うるさい!! 何度も言わなくてもわかって――」
「外をご覧ください!!」
「外だとぉ?」
ここで始めてパーヴァルは立ち止まり、騎士が指差す方向へ目を向けた。
「……は?」
窓の外は猛吹雪だった。
帝都は神々の祝福と世界樹の守護の力があるので、雪が吹雪くことなどなかった。
積もってもうっすら地面が白く染まる程度である。
「おい、いつから降ってる?」
「は、はい?」
「いつからこのように雪が降っているというのだ!!」
パーヴァルは察しが悪い騎士の胸ぐらを掴んで問いかける。
騎士は首が絞まり、みるみるうちに顔が真っ赤になっていった。
傍にいた違い騎士が「このような雪が降り始めたのは、一時間ほど前です」と報告する。
「一時間前だと!?」
もうすでに地面には雪が降り積もっていた。
このような光景をパーヴァルが目にするのは始めてである。
「まるで、ラヴィーナの地に降る雪のようだ」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
パーヴァルは激昂し、叫んだ。
「誰だ!! 今、ラヴィーナと口にした者は!?」
返事はなかった。
パーヴァルは鬱憤を晴らすらめに、廊下にあった金の壺を蹴り倒す。
パリン、と音が鳴って周囲の者達から悲鳴が上がった。
皆が畏怖の眼差しで見ているのに気付くと、パーヴァルの胸は少しだけスッとした。
それにしてもどうして、このように雪が降っているのか。
パーヴァルには理解できない。
「ああ、パーヴァル殿下、そちらにいらっしゃいましたか!!」
廊下を走ってやってきたのは大聖堂の神官だった。
緑のラインが入った聖衣を身に纏うのは、世界樹の世話をする者だ。
「騒がしい! どうしたというのか!」
「も、申し訳ありません……」
「して、どうしたのだ?」
「せ、世界樹に異変が起こりまして」
「知っている!!」
急いで駆けつけているというのに急かすような言動をするので、パーヴァルは苛立ちが再浮上した。
急ぐ気持ちも根こそぎ削がれ、だらだら歩いて行く。
「あの、パーヴァル殿下」
「うるさい、急いでいる!!」
「いえ、その、こちらを装着いただけたらなと……」
それは世界樹から溢れる霊力の影響を受けないようにする装身具だった。
ソフィヤ・トィルシナを追放したときにも、装着するように神官がうるさく言うので、仕方なく身につけていた。
けれども今は虫の居所が悪い。
それに加えて、以前ソフィヤ・トィルシナは装身具を身につけずとも、霊力に対する耐性があったという。
あの女が平気ならば、自分も平気に決まっている。
そう思って装身具を受け取らなかった。
「あの、パーヴァル殿下?」
「ええい、そのような品などなくとも、霊力なんぞなんともない!!」
「しかし」
「必要ないと言っているだろうが!!」
そう言って神官が差しだす装身具を叩き落とし、世界樹のもとへと歩いていった。
世界樹に近づくにつれ、頭がガンガン痛み、吐き気を催す。
視界もチカチカ霞み、足取りもおぼつかなくなる。
いったいどうして?
疑問に思っていたら、近くを護衛していた騎士が倒れた。
「なっ、お前――」
先導していた神官が震える声で言う。
「霊力に中てられているようです」
神官の声が遠く感じる。
ぐわんぐわんと反響し、気持ち悪くなった。
「パーヴァル殿下、装身具を装備くださいませ!!」
「……るさい」
「~~!! ~~~!! ~~~」
もはや何を言っているのか、聞き取れなくなっていた。
それでもパーヴァルは意地で世界樹のもとへと進んで行く。
世界樹がある中庭では、想像を絶するような光景が広がっていた。
神官達が血を吐き、折り重なるように倒れていた。
いったい何事かと世界樹を見上げる。
すると、世界樹の葉がすべて落ち、枝先から黒ずんでいることに気付いた。
「――!?」
なんだ、この状況は。
そう口にしようとしたのに、出たのは大量の血だった。
人体に世界樹の放つ霊力は猛毒である。
以前、このような話を聞いたことがあった。
まさか霊力の悪影響で血を吐いたとでも?
いいや、そんなわけがない。
きっとソフィヤ・トィルシナが何かしたに違いないのだ。
そうに決まっている。
抗議しようと神官を振り返ろうとしたものの、景色がくるりと反転し――。
パーヴァルの意識はその場で途切れてしまった。




