これからの予定
イグナート様はすでに食堂にいらっしゃった。
不格好に見えないように、背中をしゃんと伸ばして入る。
イグナート様と目が合ってしまった。
黙ったまま何も言わないので、気まずく思って先に挨拶してしまう。
「おはようございます、イグナート様」
固まったままだったので無視されると思いきや、少し間を置いて「おはよう」と返してくれた。
ドレス姿について何か指摘されるかと思いきや、特に何も言われなかった。
貴族社会では、朝からこういうふうにドレスを着るのも普通なのだろう。
似合っていないとか、朝から着飾るなんてありえないとか、何か言われるかもしれないとドキドキしていたので、ひとまずホッとした。
ミロンさんが椅子を引いてくれる。ここに座れということなのだろう。
こういう扱いをされた覚えはないので、落ち着かない気持ちになる。
腰を下ろしたら、少しだけドレスの圧迫感から解放された。
「昨晩は眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
世界樹も異変はなく、昨日より少し元気が出たようだと報告しておいた。
「わかった。必要な品があれば、なんでも言ってくるといい」
それは世界樹関係の物だけでなく、私の私生活に必要な品も含まれるという。
「すぐに必要な品などあるだろうか?」
「鉢をいただけたらなと思っています」
しばらくの間、世界樹を土に直接埋めずに鉢で育てる計画を伝えておく。
「鉢に植える期間はどれくらいだ?」
「まだわかりませんが、しばらくかかると思います」
「ならばその間に、温室辺りを整えておこう」
そうだった、昨日の雹で温室のガラスはほとんど割れてしまったのだ。
「雹が当たった程度で割れないよう、ケット・シー特製の強固なガラスを発注しておこう」
「ケット・シーにアイテムの作成依頼ができるのですね!」
大聖堂にもケット・シーが作ったアイテムがいくつかあったが、頑丈で使いやすく、この先百年は使えるだろうと神官長が話していた。
「ならば、これからケット・シー族の里に行って、世界樹の鉢も発注するか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
猫みたいな妖精族だというケット・シーがどんな姿をしているのか、実は気になっていたのだ。
そんなケット・シーの里はここからワイバーンに乗って十五分くらいの場所だという。
「へえ、ワイバーンに乗って十五分って、意外と近いんですねえ……って、ワイバーン!?」
「そうだ。馬は雪原を上手く走れないし、雪鹿は速度が遅い。ワイバーンがラヴィーナの中でもっとも早く移動できる生き物だ」
「なるほど!」
たしかに雪深い地域では雪原を走るより、空を飛んだほうが早いのだろう。
ちなみにワイバーンはイグナート様がラヴィーナの地で保護した個体だという。
「ワイバーンの子はよくいるのですか?」
野良猫を保護するような口ぶりだったので、ついつい聞いてみた。
「いいや、ワイバーンが突然、執務室のガラス扉を破ってやってきたのだ」
なんでも魔物に追われていたらしく、傷だらけだったという。
「傷口から推測するに、私が討伐した魔物に襲われたに違いなかった」
魔物を倒したイグナート様ならば助けてくれるだろう。
そう思って飛んできたのだろう、とイグナート様は判断したのだとか。
当時、ワイバーンは子どもだったというが、大きさは四フィート十一インチ(※約一メートル五十センチ)ほどだったという。
「窓ガラスだけに留まらず、壁も突き破ってくれた」
傷口も開いてしまいそうなくらいの、決死のダイブだったのだろう。
「ただワイバーンの傷を治す方法なんぞ知らないから、傷口を洗って餌を与えることしかできなかった」
しかしながらワイバーンの回復力は高く、数日看病しただけで元気になったという。
「数日で駆け回るようになり、一ヶ月後には飛び回れるようになった」
ついに全快し、自然に帰そうとしたようだが、ワイバーンは何度も何度も屋敷に帰ってきたという。
「このお屋敷を、自分のお家だと認識してしまったのですね」
「そのようだ」
イグナート様はワイバーンに〝スノー・ハリケーン〟と名付け、使役することに決めたという。
今ではイグナート様を背中に乗せ、ラヴィーナの空を元気いっぱいに飛んでいるようだ。
「私も乗せてくれるでしょうか?」
「わからない」
スノー・ハリケーンは基本的に、イグナート様にしか懐いていないらしい。
さらに、イグナート様以外の人を乗せようとしたこともないようだ。
「もしも難しい場合は――」
「お留守番ですね」
「いいや、貨物として乗せたらなんとかなるだろう」
「な、なるほど~」
やり過ぎなくらい防寒をしっかりしたほうがよさそうだ。
「空の上は信じがたいほど冷えるからな」
ニニとノンナさんに用意を頼むという。
そんな話をしていたら、朝食が運ばれてきた。




