ニニの境遇
少しニニと話したいと思い、部屋に残ってもらった。
ホットミルクも半分こにする。
長椅子に座ってもらおうとしたのだが、使用人だからと言ってお断りされてしまう。
ならば私も立ったままで――と思っていたら、座ってくれた。
ひとまず、私の境遇を少しだけ話す。
「私は赤ちゃんの頃に救貧院の外に捨て置かれていて、院長が親代わりに育ててくれたんだよ」
ニニはいたたまれないような表情を浮かべたものの、私はそれを不幸だとは思っていない。
なぜかと言えば、両親がいる幸せを知らないから。
「十歳の頃に救貧院の農作業を始めるようになったんだけれど、そのときに私がお世話をした野菜だけ大きく成長したり、実りがよかったりして……」
しかもおいしいと評判になり、噂が出回っていたようだ。
「院長が私には野菜をおいしく育てる祝福があるかもしれない、なんて言いだして……」
祝福というのは、神様から授かった特殊な能力と言えばいいのか。
すべての人が持っているわけでなく、持っていても生涯において気付かないというパターンもあるらしい。
そんな祝福は大聖堂に行けば、詳しく調べてもらえるという。
「私の祝福は〝緑の指先〟といって、植物と相性がいいものだったみたいで」
その祝福がきっかけで、私は世界樹の世話役に抜擢されたのだ。
これが、神学校を卒業していない私が神官になれた理由である。
今度はニニの話を聞いてみよう。
「ニニはこれまで、どんなお仕事をしていたの?」
「私は、掃除メイドでした」
「わあ、そうだったんだ!」
ニニは十三歳で、十歳の頃から住み込みで働いているという。
「両親が亡くなってしまい、孤独の身となりました」
「そう……」
なんでもニニの両親は駆け落ちでラヴィーナの地にやってきたようで、頼れるような親戚はいなかったようだ。
ニニと私の境遇は似ていた。
異なる点は、両親の顔を知っているか、知らないかくらいだろう。
なんでもニニの両親は荷運びの仕事をしていたようだが、途中でならず者に襲われ命までも奪われてしまったという。
「自由兵というのをご存じでしょうか?」
「ううん、知らない」
自由兵――彼等は独自のルールに従う、皇帝の支配が届かない土地で自由気ままな振る舞いをする者達だという。
義勇兵だという声もあれば、ただの強盗集団だという声もあるようだ。
「そのならず者は自由兵だった、と村の人達が話しているのを、聞いてしまいました」
雪深い季節は魔物も自由兵もいない平和な期間のようだが、暖かくなるにつれて脅威が現れるようだ。
「うちは裕福でなく、その日暮らしをいていました。そのため、私に残された遺産なんてあるわけもなく、途方に暮れていたんです」
そんなニニのもとにやってきたのは、イグナート様の側近であるミロンさんだった。
「領主様は私の境遇を聞きつけて、お屋敷に住み込みで働けるように取り計らってくださいました」
これから暮らしていくあてがなかったニニは二つ返事で了承し、その日からお世話になったという。
小さな手で掃除道具を握って早二年。
そんなニニに転機が訪れる。
それは私の侍女になってくれ、というイグナート様からの打診だった。
「私にはとても務まらない、と訴えたのですが、年が近い者のほうがソフィヤ様も使いやすいだろう、と言われまして」
年が近い……?
ニニは十三歳、私は二十歳なのだが、イグナート様の目にはいったいいくつに見えているのだろうか。聞いてみたいような、みたくないような……。
「えーっと、ニニの次に若い使用人は何歳なの?」
「四十七歳です」
「そうだったんだ」
ならばニニをつけてくれた理由に納得がいく。
もしかしたら十代前半に思われていたのではないか、と考えてしまったので心から安堵した。
ふと、背中をトントンされていることに気付く。
振り返った先にいたのはメルヴだった。
どうやらニニに挨拶したいらしい。
「ニニ、あのね、私のお友達を紹介するね」
「お友達、ですか?」
「そう」
キョトンとするニニの前に、メルヴが現れる。
『ハジメマシテ、メルヴダヨ』
「メルヴさん、ですか!?」
『ソウ!』
メルヴの燃えているように見える緑の手を差しだす。
ニニは戸惑っている様子だった。
「大丈夫、メルヴの緑の手は、ぜんぜん熱くないよ」
「そうなのですね」
それを聞いて安心したのか、ニニは両手で包み込むようにメルヴの手を握る。
「わ……! 暖かい」
ニニが自らを名乗ると、メルヴは嬉しそうに『ヨロシクネエ』なんて言葉を返す。
仲よくなれそうでよかった。
話に夢中でせっかくのホットミルクが冷めてしまったのだが、メルヴが緑色の炎で温めてくれた。
それをニニと二人で、おいしくいただいたのだった。




