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死に戻りした救国の英雄は、一度目の人生で怨敵であり幼馴染みの「悪虐女帝」を救うべく暗躍する

作者: 偽サトー
掲載日:2026/03/01

「被告、ユーリ・クルーガー。貴殿にはリーデン共和国首相暗殺未遂と、国家反逆罪の罪が掛けられている。異論はあるかね?」


 高圧的な裁判長の問いかけに、ユーリは冷ややかに微笑むだけで何も答えない。

 彼はこの裁判が結論ありきの政治的茶番劇であり、自らの死は避けられないと知っているからだ。


 今や一級の政治犯扱いのユーリであるが、つい先月までは彼の第二の祖国リーデン共和国のみならず、対「ベルナ帝国」大同盟諸国の英雄であった。


 なにせ、あの大諸国民大戦(エンドウォー)を引き起こした張本人。悪虐にして史上最悪の女帝。そして最強のギアドール(人型兵器)パイロット、メアリ・テルジナを討ち取った、まさにその当事者なのである。


「異論がないと言う事は、罪を認めるのだな! ユーリ・クルーガー!!」


 その裁判長の言葉を合図に、傍聴席からは「売国奴!」、「帝国の犬め!」、「所詮は穢れた帝国人か!」という、つい先日まで「救国の英雄」と彼を称えていたのと同じ口から、無数の罵倒が放たれる。


 彼が罪に問われた本当の理由は、暗殺未遂などではない。

 彼がその手で殺した、メアリ・テルジナ。彼女の「真実」を公表しようとしたからだ。


 戦時中、ユーリは共和国に亡命した帝国貴族の子という立場の元、追放されたベルナ帝国に強烈な恨みを抱く両親の意向と、模範的(・・・)な共和国市民になるという理由で、共和国軍ギアドール部隊に志願入隊した。

 最初は祖国である帝国と戦う事に戸惑いはあった。そして何よりも、メアリと直に触れ合っていた時期の記憶が彼を躊躇わせていた。幼い頃、帝都の庭園で共に花を愛で、不器用ながらも国民の幸せを願っていた彼女のあのひたむきで清らかな瞳を。


 だが、戦争という狂気はその淡い情愛を容易く塗り潰していった。

 前線で散っていく戦友たちの断末魔。愛した女性が帝国のギアドールの攻撃によって灰となったあの日。ユーリの中で何かが壊れた。かつての淡い思慕は、帝国への、そしてその象徴であるメアリへの苛烈な復讐心へと変貌したのだった。


 戦場で悪鬼羅刹の如く戦う彼を、いつしか帝国からは「死神」と呼ばれ、共和国からは「英雄」へと祭り上げられていった。メアリを討ち、戦争を終わらせることだけが、己の壊れた魂を繋ぎ止める唯一の道だと信じて。


 しかし、決戦の地となった燃え盛る帝都の庭園で。激闘の果てに大破したメアリのギアドールへトドメを刺した時、高濃度のエーテル(魔素)環境下で稀に発生するとされる、エーテルリバース(魔素逆流)により彼女の感情と思考がユーリ流れ込み、彼の狂気は止まった。


 そこには、かつて彼が愛した「心優しい少女」がそのままの姿でいた。

 彼女は血を流しながらも、自分を殺しに来たユーリに、心底安堵したように微笑んだのだ。


『……よかった。殺されるのが、貴方の手によるもので』


 その一言で、ユーリの築き上げた復讐の虚塔は崩壊した。

 彼女は変わってなどいなかった。最期まで帝国軍部の内圧と共和国の外圧に抗いながら戦争回避に奔走し、無念にもいざ戦争が始まり敗戦が確実になっていくと、「悪の女帝」を演じることで諸国民のヘイト(憎しみ)を一身に集め、最後は正義の英雄に討たれることで、戦争を強制終了させる。それが彼女の選んだ、残酷なまでに優しい救済の計画だったのだ。


「被告、聞いているのか!」


 裁判長の怒声が、ユーリを現実へと引き戻す。

 ユーリは、汚物を見るような目を向けてくる傍聴席の群衆をゆっくりと見渡した。


 戦後秩序を考えると、メアリが「純粋な悪」でなければならない理由は明白だ。戦後、戦勝国敗戦国問わずに多大な犠牲を出し、生き残り疲弊した国民の怒りを一点に集める生贄が必要であり、大戦の遠因を作った共和国側の失政や、戦争に大いに加担した帝国軍部の罪を隠蔽するためにも、彼女を「史上最悪の女帝」として記録し、永久不滅な歴史的事実として残すのが最も都合が良いからだ。


 世界が全ての悪行をたった一人の女に押し付けようとしている。

 それはユーリには許容できず、だからこそ、彼女の潔白と真実を主張しようとしたユーリは英雄から一転、「狂った裏切り者」へと仕立て上げられた。


「……異論、か。ああ、確かにある」


 ユーリは初めて口を開いた。その声は低く、しかし法廷の喧騒を切り裂くような鋭さを持っていた。


「俺が殺そうとしたのは首相ではない。この世界に巣食う、真実を喰らい、死者に泥を塗ってまで保身を図る、腐りきった『正義』という名の怪物どもだ」


 裁判長の怒声と共に、木槌が激しく叩かれる。しかし、一度漏れ出したユーリの言葉は、冷たい霧のように法廷を浸食していった。


「メアリ・テルジナは、共和国が宣伝するような狂った独裁者ではない。彼女は、この戦争で生まれた恨みを墓場に持っていく為にあえて自ら泥を被り、同盟軍に『討たれる』という結末を演じたに過ぎない。……彼女が最期に示した決意に便乗し、己の罪を隠そうとする貴様らこそが、真の怪物だ」


 傍聴席の罵声が、一瞬だけ止む。

 それは納得による沈黙ではない。自分たちが信じ込んできた「正義」という土台が、英雄の言葉によって揺るがされたことへの、本能的な恐怖による拒絶反応だった。


「黙れ……、黙れ黙れ!  被告人は精神を病んでいる!  あるいは女帝の魔力に当てられ、洗脳されたのだ!」


 裁判長は顔を真っ赤に染め、狂ったように木槌を振り下ろす。

 彼らにとって、メアリは「救いようのない悪」でなければならない。何百万人もの戦死者、焦土と化した街、そして戦時中に敵味方が行った数々の非人道的な「作戦」や「工作」。それらすべてを墓場まで持っていってくれる都合のいいゴミ箱、それが彼らの求める「悪虐女帝メアリ」の正体なのだ。


「茶番はもう十分だ。判決を早くしろ」


 吐き捨てられたユーリの言葉に、裁判長の顔が屈辱で痙攣させながら、宣告した。


「判決を言い渡す! 被告人ユーリ・クルーガー、死刑に処す!  貴様に弁明の余地はない。即刻、刑を執行する!!」


 法廷は一瞬の静寂の後、爆発的な歓喜と怒号に包まれた。それは国民もまたユーリの訴える「真実」より、共和国が宣伝する耳障りの良い「事実」の方が受け入れられている何よりの証左であった。


 ユーリは憲兵に腕を掴まれ、引きずられるようにして法廷を後にした。その足取りに抵抗の色はない。彼を絶望させていたのは、偽りの死刑判決でも、真実を知ろうとしない国民の無理解でもない。

 

 あの日、あの庭園で、彼女をその手で貫いたという事実。


 復讐に狂い、真実を見ようともせず、戦場で何度も彼女が差し出した救いの手を「悪女の誘惑」だと切り捨てて、最終的にその心臓を穿った。コクピット越しに感じた、エーテルが爆ぜた時の熱さと、彼女の身体の温もり。

 メアリを殺したのは、暴走した帝国でもこの薄汚い共和国でもない。他ならぬ自分自身。その自責の念だけが、今の彼を生かしている唯一の重石だった。


 引き立てられたのは、法廷の裏手にある冷たい石造りの処刑場だった。

 立ち並ぶ銃殺隊。銃口が黒い眼差しのように彼を見据える。  


「……最後に言い残すことはあるか。英雄ユーリ」


 控えめだが紛れも無い敬意が込められた憲兵長らしき男の問いに、ユーリはゆっくりと空を仰いだ。

 灰色の雲の切れ間から、わずかに陽の光が差し込んでいる。それはかつて帝都の庭園で、彼女と共に見た光の色に似ていた。


「いや……、ない。ただ、少しだけ、あいつの隣が恋しくなっただけだ」


 ユーリは静かに目を閉じた。

 

 彼女は自分を殺した男に「ありがとう」と言った。 

 その言葉の意味を、ユーリは今なら理解できる。彼女は独りで背負い続けてきた地獄から解放してくれた男に、心からの感謝を捧げたのだ。

 ならば、自分にとってもこの死は救い以外の何物でもない。


 共和国の法など、どうでもいい。

 自分を断罪できるのは、あの時散った彼女の魂だけなのだから。


「撃て」


 その号令を合図に、乾いた銃声が響き渡った。


 衝撃は、一瞬だった。

 意識が急速に薄れていく中、ユーリの脳裏に浮かんだのは、血に染まった軍服姿の女帝ではない。

 

 花を愛で、不器用そうに微笑む、一人の少女の姿。


(俺も行くよ、メアリ。……許されるのなら、君の好きな花を、一緒に植えさせてくれ……)


 胸を貫く衝撃と、鼓動の停止。

 意識が深い闇の底へと沈み、すべてが虚無に消える。


 筈だった。


 ───


 鼻腔をくすぐったのは、硝煙の臭いでも血の鉄錆びでもなかった。

 それは、どこか懐かしく、胸が締め付けられるほどに甘い、花の香り。


「……リ、ユーリ?  どうしたの、そんなに怖い顔をして」


 鈴を転がすような、清らかな声。

 ユーリが勢いよく目を開けると、そこには灰色の空も、冷酷な銃口もなかった。


 燦々と降り注ぐ柔らかな陽光。手入れの行き届いた緑の芝生。色とりどりの花が咲く庭園。

 そして目の前には白百合のようなドレスに身を包んだ、まだ「女帝」と呼ばれる前の少女。白雪のような肌と、絹のような美しい銀髪を兼ね揃えたメアリ・テルジナが、心配そうに彼を覗き込んでいた。


「メアリ……?」


 掠れた声でその名を呼ぶ。

 ユーリは震える手で自分の身体を確かめた。軍服ではない。帝国貴族の令息としての、汚れ一つない上質な衣服。

 あの大戦で負った無数の傷跡も、どこにもなかった。


 ここは、帝都にある離宮庭園。

 ユーリの記憶違いでなければ、すべてが狂い始め、彼が両親とともに亡命を余儀なくされるよりも前だ。

 そして、彼女が「悪虐の女帝」としての仮面を被らされるよりも、ずっと前の穏やかな午後。


「どうしたの? 具合が悪いのなら、すぐに侍医を──」


 ユーリは衝動を抑えきれず、椅子から崩れ落ちるようにして彼女を抱きしめた。


「ユ、ユーリ!? 急にどうしたの……っ」


 困惑したメアリの、小さくて細い肩が腕の中で震える。


 生きていた。本当に生きていた。

 共和国の英雄として称えられた日々も、復讐の鬼と化して戦場を血で染めた時間も、そして彼女の心臓をこの手で貫いたあの忌まわしい感触も。すべてが嘘だったかのように、彼女の心臓はトクトクと、確かな生命の鼓動を刻んでいる。


(ああ、神様。もしこれが死の間際に見る夢だとしても……俺は)


 しかし、溢れ出しそうになる嗚咽をユーリは歯を食いしばって喉の奥に押し込んだ。

 今、ここで泣き崩れるわけにはいかない。彼女を驚かせ、不安にさせるわけにはいかない。

 十数秒、あるいはもっと短い間そうしていただろうか。メアリの戸惑いが静かな抱擁を受け入れるように変わった頃、ユーリはゆっくりと腕の力を解き、彼女の目を見つめた。

 その瞳は、やはりあの日のままだ。

 世界を救うために自分を犠牲にするような、残酷なまでに清らかな光。


「……ごめんね、メアリ。少し、怖い夢を見ていたんだ」


 ユーリは意識的に声音を整え、かつての「死神」としての冷徹な理性を、少年としての瑞々しい肉体の奥に呼び戻した。

 

 現状を把握しろ。

 この五感に伝わる感触と心臓の高鳴りから、これが夢では無いのは確実。そして、あの処刑場での出来事も悪夢などではない。目を瞑れば、あの最期に至るまでの地獄のような日々が容易に思い出せるからだ。

 どういう理屈でそうなったのか全く分からんが、時間を遡ってきた。それしか考えられない。


 次にどこまで時間を遡ったかだが、ユーリの記憶が正しければ両親の亡命の二ヶ月前。帝国貴族としてメアリと最期に会った時期で、まだ帝国軍部も共和国の影も、表立って彼女を汚してはいない頃だ。

 だが、放っておけば歴史は繰り返される。大戦が始まり、多くの人々が死に、彼女も望まない「悪」を演じさせられる。


「……ユーリ?」


 メアリが不安そうに、銀糸のような睫毛を揺らして彼を見つめる。その瞳に映る彼は、まだ「死神」でも「英雄」でもない、ただの少年だ。


「ああ、もう大丈夫。本当に大丈夫だから……」


 ユーリはそう言いながら、その白く柔らかな頬を、壊れ物を扱うような手つきでそっと撫でた。

 指先に伝わる確かな熱。これは幻などではない。あの日、コックピットの中で冷たくなっていった彼女の体温が、今はこんなにも力強く拍動している。


(……神か悪魔かがくれたこの二度目のチャンス。絶対に、無駄にはしない)


 ユーリの瞳から少年の瑞々しさが消えた。代わりに宿ったのは、幾千の戦場を潜り抜け、死さえも飲み込んだ男の、鋭利で凍てつくような光。

 メアリが愛したこの穏やかな庭園を、花々を、そして彼女の心を、あんな地獄に変えさせてなるものかという意思である。


 そして、少年の皮を被った「死神」は一人決意する。

 

 地獄のような大戦も、メアリの悲惨としか言いようのない最期も、全て変えてみせる。

 彼女を怪物に変えようとする帝国の腐敗した軍部も、正義を騙り私欲を貪る共和国の亡者共も、すべて俺が闇から葬り去ってやる。


 たとえこの手が二度と消えぬ返り血で汚れようとも、世界中の人間を敵に回そうとも、メアリの笑顔を守るためならそれで構わない。


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