今は、尽くした分だけ憎らしい。それだけよ。
からくりを話すとそれほどたいしたことではないし、複合的な条件が存在する。
しかし、隣の領地との地理的な現状と、小さな領地だったことから、この土地においてマーガレットは『天候を操れる力』を持っていると言って差し支えなかった。
そしてそれは、この領地に大きな利益をもたらしているというのは事実だった。
嫁入り先のウィンストン子爵家の人々は、嫁に来た時に比べて随分と裕福になった。
目の前にいる夫のセドリックの指にも以前はなかった魔石のついた美しい指輪が下品に光りを主張していた。
「もう、いい加減、騙せないと本当はわかっているんじゃないのか?」
問いかけられて、マーガレットは口を閉ざす。
「私は確かに聞いたんだ。先日王宮勤めの魔法使い殿と話をする機会があった。その時に、よい機会だと思って詳しく話したんだ」
彼の隣には、ウィンストン子爵夫人がいて、厳しく眉を吊り上げてマーガレットのことを見つめている。
「天候を操る魔法なんて、持っていたら国宝級の魔法だそうだ。一般貴族が……それも子爵家に嫁に来るような女性が扱えるとは思えないと」
「……わたくしもずっと怪しいと思ってたのよ」
その言葉は正しいと思うが、マーガレットの生い立ちは少々特殊だ。
普通の下級貴族の出ではない。
そういうこともきちんとわかったうえで嫁に貰ってくれたと記憶しているが、ここ三年で彼らは劇的に変わった。
「私たちが無知であることをいいことに、適当を言ってごまかして、運よくうちの領地が恵まれて……もてはやされた気分はどうだった?」
睨みつけながら問いかけられて、マーガレットはやっと口を開いた。
「……そんなふうに思ったことなんて一度もないわ。セドリック」
なんとか彼を刺激しないように否定したけれども、彼は大きなため息をついてびしっと外を指さした。
「なら、証明して見せろ! 今、ここで雨を降らせて見せてくれよ! それができるなら私たちだって君をこんなふうに疑ったりしない!」
「そうよ! いつもなんだかんだと理由をつけて、でききないと言って、かとおもえば雨が降る少し前に、魔法を使いましたなんて言って! どうせ今回も風がどうとか雲がどうとかできない理由をつけるのでしょう!」
ウィンストン子爵夫人に先回りするように言われて、マーガレットはやっぱり口を閉ざすしかなくなった。
「……」
なんせ本当にその通りだからだ。
マーガレットにある力は、大きな力ではない。
ただ、偶然、自然にあるものとも親和性が高く、それらを操ることが可能というだけだ。
大きな雨雲を作り出したり、竜巻を拭き荒らしたりすることはできないが、こちらに雨雲を寄せてきて他領地の雨を少しだけ拝借することができる。
そんな力なのだ。
しかし彼らは、そんなマーガレットの言葉を言い訳として受け取って、マーガレットが天気なんて操れない理由として片付ける。
「たしかに私たちは、君が来た時には領地に雨が足りずこのままでは不作で立ち行かなくところだった。けれど君がそう妄言を吐いてしばらくするうちに雨が降った」
「……」
「今思えばそれはただの必然に過ぎなかったはずだ。なんせそれからずっと、調子よく雨が降り風が吹き、今年もウィンストンの作物は調子がいいと評判だ」
それは、マーガレットがそういう風に調整していたからであるというのがマーガレットにとっての真実だ。
しかしこうして、疑われるようになってからマーガレット自身も、強く自分のことを信じられなくなっていた。
自分は、本当はただの妄言を吐いているだけの頭のおかしい人間ではないのか。
そんなふうに思う時すらある。
「それもこれも、この土地のすばらしさと、長年統治してやってきた我々の手腕によるものだと私は確信している。妄言を吐いて人を洗脳しようとするだけの君の成果なんかではない」
「そうだわ。こんな不実の女に、ウィンストン子爵家の上質な暮らしは勿体ない」
不実の女と言われて、マーガレットは、それは覚えていたのかとふと思う。
マーガレットはとある公爵家の生まれだ。しかし平民との間にできた子供だ。
だから普通の貴族ではないし、けれども普通の下級貴族よりもずっと魔力を持っている。
その魔力を傾いていたウィンストン子爵家の人々は望んで、マーガレットのことを迎え入れた。
魔法によって少しでも領地を潤すために、魔力の多いマーガレットのことを選んだ。
わざわざ選んでくれた彼らに、マーガレットも喜んで彼らの悩みの種を聞いた。
すると、天候が悪く領地が不作に悩まされているということを聞いて、それなら、魔力はそちらにすべて使ってしまうけれど、役立てることがあると彼らに言った。
最初は彼らはとても喜んだ。
けれども、作物や安定性を評価されて、販売経路が確立し、他領地からの交通がよくなって潤いだすと彼らはマーガレットに疑いの目を向けるようになった。
「魔力だって本当にあるものかわかったものじゃない、君は私たちのことを騙していたんだ」
「ええ、そうだわ。恐ろしい、そんな人をこのまま屋敷に置いておくわけにはいかないわ」
すぐに魔法を使ってみろと言ってみたり、できないならなにもしていないマーガレットが良い暮らしを享受するのは許せないと主張してみたり。
何はともあれ、彼らは、マーガレットのことを追い出したいのだ。
それはもうずっと前からひしひしとわかっていた。
けれどもマーガレットには帰る当てがない。しかし彼らに縋りついて今から魔力で奉仕しますという気力もない。
もう、この生活に疲れ切っていた。
「この書類にサインして出て行ってくれ! 嘘をついて結婚をしたことについてはこの際許してやろう、しかしここからはもう下賤の民の血が混じったふてぶてしい君のことを養ってやる気などない」
「……」
「さぁ、早くしてくれ!」
言われて、マーガレットは滲んだ瞳で、その書類を見た。
それから、慣れた自分の名前をさらさらと書いて、トランク一つ持ってウィンストン子爵家を後にしたのだった。
手持ちも少なく、なんの当てもなく出てきてしまったマーガレットは、なにかをする気力というものがまったく起きずに、とりあえず歩き出すことで良しとした。
その時はそれでよかったが、いくら進んでもなにも好転しない。
数時間歩いて足が痛くて進めなくなった。
そしてなにもない道沿いで夜になり、それでもどこか他人の出来事のように感じていて、なんの危機感もわかずに、ただ一言も発さずに蹲っていた。
何度か馬車が通り過ぎて行った。
彼らがマーガレットに気が付いたかどうかはわからないが、速度を緩めてそれから、やってきたときより速度を上げて去っていく。
それを非道だとは思わなかったし、こうしているのだって適当に歩きだした自分のせいなので他人を責めるのはお門違いだ。
そう思ってあきらめていた。
「おい、生きてるか? 死体じゃないよな?」
けれどもふと声をかけられた。つかれから一瞬の眠りに落ちていたことに気が付いた。
反射的に顔をあげると、声をかけてきた男は「おう」と驚いて、薄っぺらい笑みを浮かべた。
「生きてるじゃないか、良かったな。こんな時間に無事で」
マーガレットはすぐになんだかヘラヘラとしていて、信用ならなそうな人だと思った。
それに、こんな時間にこんな場所で道沿いに蹲っている人に声をかける様な人である。
それはきっと人さらいか極悪人しかいないだろう。
そう考えていたので警戒したが、彼はマーガレットの視線を受けてもあまり真剣に考えている様子はなさそうに言った。
「あんた、どこぞの良いところの出だろ。身なりを見ればわかるぞ。この領地内であんたみたいな人間の死体が上がったとなれば、エルメンライヒ侯爵家が困ることになる」
「……」
「強制じゃないが、手を貸そうか? 訳アリなら、なんかしらかで貢献してくれればいい、それでチャラにしてやるから、とりあえず乗れ」
彼は警戒を解くために自分の行動原理について話をする。
エルメンライヒ侯爵家とは、ウィンストン子爵家の隣にある大領地だ。
どうやら歩いているうちにウィンストン子爵家の領地から出ることには成功していたらしい。
そして馬車を見て、彼を見ればたしかに彼は、領主とつながりがあってもおかしくないような身なりをしていた。
エルメンライヒ侯爵家に些細な悪評もつかないように気を使っている同派閥の貴族だと考えれば、ありえない行動では無いと思えた。
「…………」
しかし、怪しいという気持ちが無いわけでもない。
「乗らないのか? 責めて一晩だけでも泊っていったらどうだ。普通に危ないだろ、女性なんだから」
適当っぽく言う彼はやっぱり信用ならない。
相手の素性が知れない以上、慎重になるべきだとマーガレットの中の理性がささやく。
しかし、今はだから何だと思えた。
何もかもがおおむねどうでもよくて、自分の身の安全も考えず歩き出してしまうような精神状態だ。
むしろここで理性的な判断ができる様ならとっくに折り返して街の宿を使っている。
「良いんですか」
「おう。部屋は余ってるからな」
「お言葉に甘えたいです……」
「おう、任せとけ」
だからそうして流れのまま、適当に笑っている彼についていくことにした。
そんなことがきっかけとなって、マーガレットはエルメンライヒ侯爵邸で勤めることになった。
マーガレットに声を掛けてきたのは同派閥の貴族などではなく、エルメンライヒ侯爵邸の次男である男性だった。
彼はアレクシスと言い、しょっちゅうお忍びで平民の街に行って、日がな交流したり平民の宿を使ったりする貴族らしからぬ人だった。
婚活する気配もなく、仕事はきちんとするが品格と貴族としての心得が足りないと言われることもある。
しかし、かと思えば信頼している家臣も多く存在し、仕方がない人ではあるものの、跡取りのサポートをこなす、いなければならない人という立場だった。
そんな彼に拾われたマーガレットは、彼の専属ではないが、彼の身の回りのことを任せられることが多い侍女になっていた。
周りからは良く思われていないことはたしかだった。
けれども、アレクシスがアレクシスなので、そういうこともあるだろうと諦めるように納得されて、仕事をしていれば認められた。
実家にいた時から庶子としての扱いを受けてきたので、大して侍女の仕事に困ることもなく、むしろ頼られることもあった。
パタパタとはたきではたいて掃除をして、花瓶を磨いて紅茶を淹れるだけの日々。
それは、セドリックたちにちくちくと責められつつも大きな魔力を使って疲弊するよりもずっとましな時間だった。
「マーガレット! なぁ、相手になってくれ」
掃除をしていると、部屋の扉が開いて、アレクシスは片手になにか持ってずかずかとこちらにやってくる。
「菓子をもらったんだ。茶会の相手になってくれ」
「相手ですか……わざわざそんなことをしなくてもいいのでは……」
「一人で食べてなんになる、業務のうちと思って食べてくれればいいだろ」
片手に持っているのはクッキー缶のようで、せっかくなのだから一人ですべて食べれば良いと思う。
それにマーガレットは仕事をしていてお金をもらっていて、それ以上のことはなにもしていない。
いくら身を粉にして働いていても、マーガレットに必要な暮らしを与えるだけのことすら嫌がる人間もいるのだ。
それなのにお金を払ってまで、マーガレットにそんな高級品を食べさせたい意味が分からなかった。
本当にマーガレットはなにもしていない。
この土地にも彼にも何も貢献していない。
「それに、あんたは小言を言わずについてきてくれるからな、その礼だ。今度は西側の領地を見に行くんだ。ついてきてくれるだろ」
彼に助けられて、今だってやれているというのに、彼はマーガレットのことをなぜか高く評価してくれる。
それはなんだか見当違いの高評価をつけられているような心地だった、けれども彼に言われると胸が温かくて否定はしたくない気持ちになる。
それに、彼が望む仕事を言ってくれたので、その新しい仕事の手間への前払いだと言い訳をすれば素直に受け取ることができた。
缶を開けて、ふわりと甘い香りとバターの風味が広がった。
「……それは、もちろん。アレクシス様」
「なら決まりだな。ほら一個食べてみてくれ」
言われて真っ赤なジャムが真ん中に入ったクッキーを手渡された。
すこし行儀が悪いと思ったけれど、彼が適当に口に放り込んでいる様子を見て、マーガレットもクッキーを口にした。
サクッとしていて甘くて、舌が痺れるくらい美味しくて、あの日になっていた自暴自棄がやっと治ったような気がした。
自暴自棄が治った後にやってきたのは、復讐をしてやろうという気持ちだった。
隣の領地にいて魔力を使う当てもない仕事についているのでマーガレットにはそれが可能だった。
しかしマーガレットの魔法はあまりに多くの人に影響を与えすぎる。
領民たちにだって生活があって一切雨が降らなくなれば困るのは彼らだ。
だからこそ、方法を考えた。
幸い、ちらほらとウィンストン子爵領の方からやってくる移住者の数が増えたという話をアレクシスから聞いた。
数年の間は調子よく実りも豊かだったが、ここ半年の間にそれに陰りが見え始めた。
その土地の者たちは、今までのあの土地の有様を知っているし、領主一族が目に見えて裕福になっていることも知っている。
彼らの生活水準がすぐに元に戻らないことも、ほんの数年の幸運だけでそれが続くと限らないと、平民だって理解ができる。だからその兆候に勘のいい平民たちはもう動き出している。
そんな彼らのために、アレクシスはやっぱり動いた。
彼には領地内に平民たちの伝手が多い。
すでに来ている生活の基盤がない彼らの話を聞いて、受け入れを進めている。
そしてこの先ウィンストンがもう立ち行かないとするならば、困るであろう人たちを救うために手を尽くすつもりらしい。
のらりくらりとしていつつもそういう人なのだ。
だからこそ彼にマーガレットは一心に尽くした。
それがマーガレットなりの復讐であり、決意の表れだった。
とある日のこと、平民との話し合いからマーガレットとアレクシスは徒歩で屋敷へと戻る道のりを歩いていた。
彼は自分の足でどこへでも行くので、マーガレットも足腰が強くなっているような気がしていた。
ふと、屋敷の敷地の入り口に差し掛かった時、馬車が通りかかった。
馬車についている家紋を見れば、ウィンストン子爵家の家紋がついている豪華な馬車だ。
子爵家の財政状況に見合っていないそれは、きっとうまくいっているときに買った物だろう。
手入れが行き届いておらず、ところどころ破損している部分が見受けられると彼らがどんなふうに転落しているか目に見えるようだった。
「そうか、来客の予定があったな」
アレクシスは、マーガレットの隣を歩きながらそんなふうにぽつりと言った。
そしてその馬車を見送るつもりでいるようだったが、屋敷の前に到着する前に急停止して、馬がいななく。
中から扉が開き、慌てた様子で、一人の男がおりてくる。
「なんだ?」
アレクシスは疑問に思って、即座にマーガレットの前に出た。
中から降りてきた男は、最後に会った時よりもずいぶんと痩せて、ちらほらと白髪が見えるようになったセドリックの姿だった。
「マーガレット!」
彼は最愛の恋人に再開した時のように、大きな声でマーガレットのことを呼ぶ。
アレクシスのことなどまるで見えていない様子だった。
「マーガレット! マーガレットか! マーガレットだろ! こんなところにいたのか!」
呼びながら猛烈にこちらに向かってくる彼に、アレクシスは視線をさえぎるようにマーガレットとセドリックの間に入る。
「っ、誰だ、こんな時にっ」
「エルメンライヒ侯爵家のアレクシスという者だ。今は彼女の雇い主をしている、あんたこそ何処の誰か名乗るべきだろう」
「エ、エルメンライヒの…………っ」
セドリックはものすごく切羽詰まったような様子で、アレクシスと会話をしながらも、その瞳はマーガレットの方をじっと見つめている。
しかし、貴族としての体裁を保つために、彼はぐっと拳を握って堪えてから、胸に手を置いて少し頭を下げた。
「ウィンストン子爵家跡取りのセドリックです」
短く言ってそれから、一歩前にでて続ける。
「そして、マーガレットの元夫であり、ずっと探していたんだ! マーガレット、苦労しただろう。私はわかったんだ、君がいなくなってから、やっとわかった!」
彼はこらえきれずにマーガレットの名前を呼んで、アレクシスのことを無視して語りかける。
「私たちはただ、情報に踊らされていただけなんだ! 君の魔法は本当は素晴らしいものだった! 私たちに一番必要なものを与えてくれる天使のような存在だった!」
「……」
「それを私たちは、信じ切ることができなかった、それがあまりに幸運なこと過ぎて目がくらんでいたんだ。父も母もあれから君を失ったことを悔やんでる!」
「……」
「悔やみすぎて心労がたたって今では床に臥せる始末だ! っでもここで君を見つけた! これは神の思し召しに他ならない! すまなかった。もう戻ってきていいんだ! 君を受け入れるための部屋はもうずっと開けてある!」
「おいおい、無視してくれるなよ。待て待て、おい、下がれ、マーガレット」
「邪魔するな! マーガレット! もう悲しみに暮れて、使用人の真似事なんてしなくていい、私たちは本当のことをわかっているんだ!」
セドリックの瞳は、狂気にも見える喜びに打ち震えていた。
言われる言葉はどれもこれも自分を正当化したものばかりで、またマーガレットが戻って来ると当然のように持っている。
見つけさえしてその言葉を言えばもう安泰だと思っているらしい。
しかしマーガレットは違った。でもできるだけ冷静になろうと心掛けて考える。
……あれからずっと考えていたわ。私の力はちゃんと本物で、彼らはどう思い返してもきっと私を捨てて苦しんでいる。
そのうえで何を思って、今度会ったらどんな再会になるのか。
開き直っているかも、もしかしたら心を入れ替えて心底謝罪をしてくれるかも。
そんなふうにいろいろ考えていた。
けれどもその答えはこれだった。
「安心してくれ、マーガレット。もう誰も君を傷つけたりしない! ずっと放り出してしまったことを後悔していたんだ。戻ってきていいんだ! 君のその天候を操る力は素晴らしい。それは私たちのような人間のためにあるものだ」
彼は、マーガレットの気持ちなど、二の次、三の次で、見えているのはマーガレットの力だけ。
出て行ってしまったのは、情報に踊らされてしまったからで、それは仕方ないことで、マーガレットはずっと自分たちの為に尽くしたいと思っているはずだ。
そんな思い込みがあるからこんなふうに言えるのだろう。
マーガレットに一歩でも近づこうとする彼を、アレクシスは身を呈して止めてくれる。
知らなかった情報も出てきて、不信感もあるだろうにマーガレットのことを主として守ろうとしてくれている。
その様子は嬉しくて、けれども同時に決着をつけなければと思えた。
それから前に出る。
「アレクシス様、大丈夫ですよ。……セドリック」
「ああ!」
マーガレットが彼の元へと歩み寄ると、自然とセドリックは落ち着いて、マーガレットの言葉を待っていた。
彼の眼には、自分にとって都合のいいことしか移っていない。
マーガレットを見つけた。これでやっと、領地に安寧が戻ってくる、そう考えているようだった。
思えばマーガレットを捨てた時からずっと彼はそうだったじゃないか。
マーガレットが天候を操る力があると言った時には喜んで縋って、でも裕福になったらその力を知ろうともせずに自分たちのおかげだと思い込んで。
彼らはまったく変わっていない、それだけだ。
自分を満足させることしか考えていなくて、マーガレットのことなど同じ人間とすら思っていないのではないか。
マーガレットはたっぷりと間をおいて、小さく深呼吸をしてから、どんなふうに再会したとしても言おうと思っていた言葉を言った。
「……セドリック、あのね、私はあなた方の都合のいい道具ではないの」
怒鳴りつけてしまいそうなほどに腹が立っていたけれど、勤めて冷静に言葉を続ける。
「良いように使っておいて、私のことなどお構いなしに、放棄して、やっぱり必要だったなんて自分で何をしているかわかっている?」
「え?」
「たしかに役に立とうとしていたわ。でもそれは人として、あなた方と一緒に幸せになる未来を創るためだった! あんなふうに粗雑に扱われて、放棄されて、そんな人たちの元に二度と戻りたいだなんて思わない」
「……」
「当たり前のことだわ。だって私にも自分の人生があって生活がある!
身を削って尽くしていたのに誰かがこう言っていたから、もう自分たちが困っていないからと簡単に切り捨てられて殺意すら覚えた」
一度話し出すと止まることはできずに、マーガレットは彼を鋭く見つめながら距離を詰めた。
「あなた達にとって私は、信じても信じなくても自分次第の幸運の天使みたいなものだと思っているようだけれど、そんな都合のいいものなんてこの世に存在しないわ」
「…………」
「人と人との関係は一度きりよ! 私を捨てたあなたを私は一生許さない」
「……そ、そんなはずが……」
「自分のことすら呪ったわ! 利用されて捨てられる可能性を知らずにのんきに尽くした自分すら恨んだ」
マーガレットの言葉を聞いて、セドリックは視線を泳がせて、手をぶるぶると震えさせる。
「そして何より、尽くした分だけ、あなたのことが憎い。それだけよ、あなたに持っている感情なんて、深い恨みと憎しみだけ」
もう見つけた瞬間の喜びは消えてなくなって、彼の瞳はどんどんと色を変えていく。
「だから、どんなに謝られても乞われても、私は二度とあなた達になんて手を貸さない。あなたが、目の前の欲に目がくらんで私を見限った時、私は幻滅して恨んで、憎んでおかしくなりそうなぐらいあなたの不幸を願っていたわ」
「……」
「そんなことすらわからずによくもまぁ、ノコノコと私の元にやってきて簡単な言葉を言えたものね。セドリック」
恨みの籠もった声で言うと、セドリックは、一歩後ろに足を引く。
目の前で起こったことが、マーガレットの言葉が信じられない様子で彼は頭を振って、小さく言葉をつぶやく。
「違うんだ、違う……こんなはずじゃ……違う……」
「間違いなく、事実よ。あなたはあの時、もう二度と戻らないものを投げ捨てた、恨むなら自分を恨むことね」
最後にそう告げると彼は、完全に頭を抱えて「嘘だと言ってくれぇ……」と絞り出すように叫んで、マーガレットはそんな彼を放置して、歩き出す。
アレクシスはちらと彼を見たけれど、馬車に同乗していた従者たちに支えられて、馬車に戻されていく様子を見届けてからなにも言わずに、そのまま屋敷の中に戻ったのだった。
アレクシスはマーガレットに事情を聞かなかった。
マーガレットの今までも、セドリックが話をしていた魔法のことも、一切聞かないまま。
つかれただろうからと言って一日休みを与えて、それ以降はいつも通りの日々だった。
そんな彼に、マーガレットはどうしたらいいのか考えているうちに数日が経った。
すると彼は、マーガレットが午後のお茶の準備をしているときに、向かいに座るように指示をして、自身の机から書類つづりを取り出してそれを差し出した。
向かい合って意図を確認するように首をかしげると彼は、困った表情のまま視線を逸らして口を開く。
「……ウィンストン子爵家は、エルメンライヒ侯爵家に対して融資の相談を持ち掛けてきたらしい。丁度それが、あの日、あの男があんたを見つけて取り乱して意気消沈した日だ」
「……」
「それで碌に話もできないようになって、父や兄は処置無しと判断したらしい」
書類にかかれているのはその際の彼らが持ち込んだ、条件やその内容についてのことらしかった。
「俺としても、正直なことを言えばどれほどうまい言葉を重ねられても、融資なんかで解決する問題じゃないと思うし、領地の問題を解決するのは自分たちの責任だと思う」
「……はい」
「だから、まぁ……うまいこと、自滅してる。その巻き添えを喰らう平民たちは変わらず助ける、それだけの余地はある」
彼はいつもの適当な笑みを浮かべずに、ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。
「後味も別に悪くない。ってだけだ。……俺はあんたにどんな因果があるかなんて話は聞かない、話したいならもうずいぶん前に話してるだろ」
それから、続けて自分の思いを口にした。
「だから……その……なんだ、俺はこういうことが苦手なんだどういう顔をしたらいいか、変わらない、だが! マーガレット!」
「はい、アレクシス様」
「俺は違うぞ。あんたを傷つけた奴らのようにはしない、拾うは拾うが、放りだしたりはしない、から、なんて言ったらいいんだ? 安心してくれ、それだけだ」
話は終わりだとばかりに、それから彼は黙り込んで紅茶を飲んだ。
「……」
彼の言葉は適当そうに見えるけれども、マーガレットの心にはとても深く刻まれる。
それにもちろん、心配などしていなかった。
マーガレットはきちんと知っている。人をなんとも思っていない非道な人間もいればアレクシスのような人もいる。
彼が、マーガレットが離婚歴があって妙な力を持っていようとも、ただの可哀想な家出少女だったとしても、そのどれでも、気まぐれにお茶会に誘うだろう。
そういう人だと実感を持って知っていた。
「……わかっています。アレクシス様」
「ならいい、なんだか何も言わないのも不安に思うだろうと思ってな。一応な」
「思わないわ。不安になんて」
「そうか?」
「はい」
それからどうにも彼を愛おしく思う気持ちがこみあげてきて、彼に対して言う言葉のすべてが、とても優しいニュアンスを含んでいた。
「……」
「……」
彼のためならば、きっとどんな苦労だってしたってかまわない。
心から信じられる人がいるというのは、それだけマーガレットを強くしてくれる。
むしろ役に立ちたい。
彼から切り出してくれたら、良いのに、そんなふうに思った。
「……なぁ、マーガレット」
「ええ」
「もう一つ確認したいことがあった」
彼に言われてマーガレットは、ドキリとした。
必要としてくれるのかもしれない、自分の特別な力を欲してくれるのかも。それに、ふさわしい話し出しだった。
「なんですか?」
「もし……あの話が本当だったなら、俺は一つあんたに言いたいことがある」
そうしてマーガレットは確信した。一つ頷いて、なんなりと、と口にしようとした。
しかし、目が合った彼のその表情を見て口をつぐんだ。
恥じらうような、けれどもどうしても言わずにはいられないようなそんな苦しげな表情で、今まで見たこともなかった。
「もし、あんたが本当に貴族なら。国に認められた関係を結ぶことができる、俺は魔力のあり無しで相手を魅力的かなど考えたことはないが、それでも希望があるなら、言いたかった」
「……」
「マーガレット」
「は、はい……?」
「好きだ。俺を一人の男として、君がどう思ってるか聞かせてほしい」
それはまったく予想していなかった言葉であり、マーガレットはパチパチと二つ瞬きをして、信じられない気持ちだった。
けれども遅れて実感がやってくる。
アレクシスが重視しているものは、自身に富をもたらす素晴らしい力ではない。
大して人と代わり映えしない普通の仕事をするだけの、彼と接してきた平凡なマーガレットだ。
そんな何処にでもいる彼になにも与えていない女性を彼は、手を差し伸べて、食を与えて、生活を支えて、対等に接して気持ちを伝えてくれた。
それはマーガレットが与えられてきた関係の中で、なにより尊いもので、自分にとって大切なものな気がして、嬉しくて体を充足感が満たしている。
「……っ……」
「む、無理にこたえなくてもいいからな。あんたを苦しめたいわけじゃないんだ、なぁ、マーガレット」
たまらず視線を下に向けると彼は、すぐに心配して控え目にマーガレットに手を伸ばす。
その手を、マーガレットは初めて取って、ぐっと握った。
マーガレットよりも大きな掌で、その感触を知った。
「わた、私も、すき、です」
そして、彼の言葉にやっと胸に芽吹いていたその気持ちを伝えたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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