第9話「日常とWi-Fi木戸君。」
佐々木さんは、今日も窓際で静かにノートを開いていた。
僕は、隣の席に座りながら、ちらりと彼女の横顔を盗み見た。
(佐々木さんは、僕のことをどう思ってるんだろう)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
いつも笑ってくれる。話しかけてくれる。メロンパンも半分こした。
でも、それって“友達”なのか、“ちょっと特別”なのか――わからない。
「木戸君、今日も輪郭安定してるね」
「輪郭!? またそこ!? 僕、顔の評価が輪郭に偏りすぎてるよ!?」
佐々木さんは、ふふっと笑って、ノートの隅に何かを描いていた。
「……それ、何描いてるの?」
佐々木さんは、ノートをくるっと僕の方に向けた。
そこには、丸っこい猫が描かれていた。 耳がアンテナみたいにピンと立っていて、しっぽが“電波マーク”になっている。
「……Wi-Fi猫」
「Wi-Fi猫!? あの、帰り道で出会ったやつ!?」
「うん。昨日も夢に出てきたから、描いてみた」
「夢に!? 電波で侵入してきた!?」
佐々木さんは、ふふっと笑って、猫の横に小さく“SSID:CalicoNet”と書き込んだ。
「それ、完全にネットワーク構築されてるじゃん!?」
「でもね、Wi-Fi猫って、ちょっと木戸君に似てる」
「えっ!? 僕、猫!? しかもWi-Fi!?」
「うん。静かにしてるけど、近くにいると、なんか安心する」
「それ、電波の安定性みたいな言い方!?」
佐々木さんは、ペンを止めて、少しだけ真顔になった。
「……木戸君って、ずっと隣にいるけど、たまに何考えてるかわからない」
佐々木さんの言葉に、僕は一瞬フリーズした。
(えっ、僕ってそんなに“無線”っぽい!?)
「えっと……僕、そんなに電波弱い?」
「うん。たまに“接続が不安定です”って表示されてる気がする」
「僕、顔にWi-Fi警告出てた!? それ、通知オフにできないの!?」
佐々木さんは、ふふっと笑って、ノートに“木戸君(通信中)”と書き込んだ。
「でもね、たまに“再起動”すると、ちゃんと話してくれる」
「それ、僕の脳みそがルーター扱いされてる!?」
「うん。木戸君の“再起動ボタン”は、メロンパン」
「僕、パンで起動するの!? 炭水化物依存型男子!?」
佐々木さんは、机の引き出しからメロンパンを取り出した。
「じゃあ、今日も接続してみようか」
「えっ、今!? 朝から!? 僕の感情、ログイン画面出てる!?」
佐々木さんは、メロンパンを半分に割って、僕に差し出した。
「SSID:CalicoNet、パスワード:半分こ」
「それ、毎回セキュリティ甘すぎない!? 誰でも接続できちゃうよ!?」
「でも、木戸君だけは“優先接続”だから」
「えっ……それって……」
「ふふ、ちょっと特別ってこと」
僕の心臓は、Wi-FiじゃなくてBluetoothで飛んでった。
(いや、もう有線でつながっててほしい)
「……じゃあ、僕も佐々木さんに“接続”していい?」
「うん。でも、たまに“電波干渉”するから気をつけてね」
「それ、僕の照れがノイズ扱いされてる!?」
佐々木さんは、ノートにWi-Fi猫と僕の絵を並べて描いた。
その間に、ちっちゃく“通信中”って書いてある。
――朝の教室。
僕と佐々木さんは、今日も“電波”でつながっている。
たまに不安定でも、再起動すれば、また笑い合える。
おまけ。
数学の授業中。 黒板に向かって公式を説明していた先生が、ふと手を止めた。
「……では、次の問題に――」
そのとき、僕は見てしまった。
先生の机の上。 教科書の陰に、そっと積まれた――消しゴム。
(……え?)
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
……よっつ。
(まさか……)
僕は、隣の佐々木さんを見る。
彼女はノートに集中している。
今日は積んでいない。
なのに、先生が――
(……先生、まさか、佐々木さんの影響で……!?)
先生は、何食わぬ顔で授業を続けながら、
教科書のページをめくるふりをして、
そっと、五段目を積んだ。
(うわ、バレバレ……)
僕はノートの隅に書いた。
「先生、塔に挑戦中。現在5段。動機不明。」
そのとき、佐々木さんが小さくつぶやいた。
「……バランスが甘いですね」
(見てた!)
先生の手が一瞬止まる。
でも、何事もなかったかのように、チョークを持ち直す。
「……では、次の問題。三角形ABCにおいて――」
その声の裏で、六段目がそっと積まれた。
僕は、ノートの隅に書き足した。
「先生、静かに燃えている。」




