第7話「消しゴム占い、始めました。」
朝の教室。
いつもの様に、
隣の佐々木さんが、筆箱を開けて、消しゴムを取り出していた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
机の上に並べて、じっと見つめている。
今日は何をしてるんだろうと思って、聞いてみた。
「……佐々木さん、それ何してるの?」
「占い」
「占い!?消しゴムで!?その形状、占い向きじゃないよね!?」
「今日の運勢、見てみる」
彼女は、消しゴムを指ではじいた。
コロコロと転がって、机の端で止まる。
その動きを、まるで何かの兆しのように見つめている。
「角が下を向いたから、“慎重に”だって」
「角!?どの角!?消しゴムの角ってそんな意味あるの!?」
「あと、転がる距離が短いから“焦らない方がいい”」
「物理的な話じゃん!?それ、運勢っていうか摩擦係数の話じゃない!?」
佐々木さんは、もうひとつの消しゴムをはじいた。
今度は勢いよく転がって、机から落ちた。
「これは、“思い切りが大事”」
「落ちたら“注意力不足”じゃないの!?ていうか、消しゴムが命がけで占ってる!?」
彼女は、落ちた消しゴムを拾って、そっと机に戻した。
そして、僕の方を見て言った。
「木戸くんも、やってみる?」
「俺の運勢、消しゴムに委ねるの!?いや、ちょっと怖いんだけど!?」
「大丈夫。消しゴムは、裏切らない」
「重い!信頼の置き方が重い!!!」
僕は、自分の筆箱を開けて、消しゴムを取り出した。
角が丸い。転がす前から、なんか不安。
「……これ、どうなるかな」
僕が指ではじいた消しゴムは、机の上でくるくる回って、
そのまま、机の下に消えた。
佐々木さんは、静かに言った。
「それ、“見失う”だって」
「俺の運勢、机の下に消えたんだけど!?誰か拾ってきて!!!」
佐々木さんは、ふっと笑った。
その笑顔は、、でも確かに僕の心に残った。
僕は机の下に手を伸ばした。 消しゴムは、机の脚の影に転がっていた。 拾い上げると、角が少し削れていた。
「……これ、もう占えないかも」
佐々木さんは、消しゴムをじっと見つめて言った。
「削れた角は、“過去の迷い”だって」
「え、今度は過去まで占えるの!?消しゴム、万能すぎない!?」
「でも、戻ってきたから、“見つかる”ってこと」
「俺の運勢、回収された……?」
佐々木さんは、ふっと笑った。 その笑顔は、さっきより少し長く続いた。
「木戸くんの運勢、悪くないと思うよ」
「……根拠、消しゴム?」
「ううん。なんとなく」
その“なんとなく”が、なんだか嬉しかった。
僕は、消しゴムをそっと机に置いた。 佐々木さんが、それを見て言った。
「じゃあ、次は“相性占い”してみる?」
「え、誰と誰の!?」
「木戸くんと……この消しゴム」
「人じゃないの!?俺、文房具と相性診断されるの!?」
「大丈夫。消しゴムは、裏切らないから」
「だから重いって、その信頼感!」
佐々木さんは、笑いながらもうひとつ消しゴムを並べた。 僕の消しゴムの隣に、彼女の消しゴムが並ぶ。
「並べると、ちょっと似てるね」
「……そう?」
「角の削れ方とか、色とか。なんか、並んでると落ち着く」
僕は、消しゴムじゃなくて、佐々木さんの横顔を見た。 その言葉が、消しゴムよりずっと柔らかくて、あたたかかった。
「……じゃあ、俺の運勢、今日からちょっとだけ良くなるかも」
「うん。たぶん、“微笑み運”が上昇中」
「それ、佐々木さんのせいじゃない?」
「かもね」
その“かもね”が、僕の心に静かに積まれていった。 消しゴムみたいに、崩れそうで崩れない。 そんな一日が、始まっていた。
――おまけ。
数学の授業中。
先生が黒板に図形を描いてる間、僕はノートに三角形を書いていた。
隣の佐々木さんは、筆箱から消しゴムを取り出して――積んでいた。
(またやってる……)
静かに。慎重に。まるで儀式のように。積んでいく。
気づけば、塔は12段。
僕は、ノートの隅に“消しゴム塔、安定”と書いた。
その瞬間だった。
「佐々木。何してる」
先生の声が、教室の空気を切り裂いた。
佐々木さんは、手を止めて、塔を見つめたまま答えない。
僕は、隣で冷や汗をかきながら、手を挙げた。
「先生、それは……あの、造形的集中力の訓練です」
「造形的……?」
「はい。えっと、空間認識と、手先の繊細さを養う……その……」
先生は、塔をじっと見つめた。
佐々木さんは、静かに言った。
「崩れそうで崩れないのが、いいんです」
「それ、人生語ってる!?今じゃないでしょ!?」
「……佐々木、授業中はやめておけ。崩れたら騒ぎになる」
「はい」
佐々木さんは、そっと塔を解体し始めた。
ひとつずつ、静かに。まるで片付けも儀式のように。
僕は、ノートの隅に“塔、解体。意味は残った”と書いた。
たぶん、今日いちばん頭を使ったのは、あの説明だった




