第6話「帰り道と約束。」
突然の下校イベント。
もちろん僕は、女子と一緒に帰ったことはない。
いや、正確には「女子と一緒に帰る」という概念が、僕の人生の辞書に載っていなかった。
今、その辞書が静かに更新されている。
横を向くと、隣にいるのは佐々木さん。
さっきまで片方の靴を探していた、ちょっと不思議で、すごく可愛い佐々木さん。
僕は緊張のあまり、呼吸がバグってる。
(落ち着け……これはただの“帰り道”……ただの……ただの……)
校門をくぐったところで、佐々木さんがふと立ち止まった。
そして僕をじっと見つめてくる。
「木戸君、家どっち?」
「こっち」
僕はそう言って、右の道を指さす。
佐々木さんは、少し首をかしげて言った。
「私の家、反対だね」
その言葉に、僕の胸がしゅんとしぼんだ。
(ああ……下校イベント、即終了…)
「じゃあ、私こっちだから、また明日ね」
「え…あ、うん。またね…」
そう言って手を振った。
肩を落として、僕は一人で歩き出す。
佐々木さんとは違う方へ。
夕焼けが、少しだけ寂しく見える。
数十メートルほど歩いたところで、後ろからトコトコと走ってくる足音が聞こえた。
振り返ると、佐々木さんが制服の裾を揺らしながら走ってきていた。
「えっ、どうしたの!?」
「今日、習い事があって、こっちだった」
息を弾ませながら、佐々木さんは笑った。
(……なんだよ、それ。心臓に悪いよ)
でも、嬉しい。
夕焼けが、電柱の影を長く伸ばしている。
僕と佐々木さんは、並んで歩いていた。
会話はぽつぽつと続いたり、途切れたり。
でも、それが不思議と心地いい。
そのときだった。
「…あっ」
佐々木さんが急に立ち止まった。
「え、どうしたの?」
「猫」
「え?」
「猫いた。猫。ねこ。ネコ。CAT。Calico cat」
「急に英語!? しかも発音めっちゃ良かったよ!?」
ブロック塀の隙間から、白と茶色の猫が顔をのぞかせていた。
佐々木さんは、しゃがみこんで猫にじりじりと近づいていく。
なぜか頭に両手を当てて、猫の方へ人差し指を向けた。
牛のポーズみたいに。
「佐々木さん…なにしてるの?」
「送ってる」
「え、何を!?」
「電波、意思疎通してる」
「まって!? 猫、Wi-Fiじゃないよ!?」
猫はじっと佐々木さんを見つめたあと、ぺたんと座り込んだ。
「5Gだから通信速度はやい」
「いや、それただの“ここがちょうどいい”から座っただけじゃない!?」
佐々木さんは、猫と目を合わせたまま、ふわっと笑った。
その笑顔で、僕の心にも電波が飛んできたので、顔が熱くなるのを感じた。
「……行こっか」
僕は照れ隠しで、そう言うしかなかった。
「うん」
ふたりで歩き出すと、猫が小さく「にゃあ」と鳴いた。
佐々木さんは振り返って、手をふった。
「またね、Wi-Fi猫」
「名前つけたの!? しかも通信系!?」
帰り道の途中で、ちょっとだけ寄り道。
それだけで、今日が少し特別になる。
並んで歩きながら、佐々木さんがぽつりと言った。
「この道、ちょっと怖いんだよね。細くて、夕方暗くなるし」
「へえ、そうなんだ」
「だから、次から習い事ある日は、木戸君と一緒に帰ってもいい?」
その言葉に、僕の心臓はまた跳ねた。
(え、今のって……約束?)
「う、うん。もちろん」
もっとスマートな返事ができたらよかったのに。
でも、佐々木さんは満足そうに笑ってくれた。
夕焼けの道を、ふたりで歩く。
(……次の“習い事の日”が、待ち遠しい)




