第5話「下駄箱と佐々木さん。」
放課後。
昇降口の下駄箱前は、今日もざわざわしている。
制服の裾が揺れて、靴音が混ざって、なんでもない日常が流れていく。
僕はいつものように靴を履き替えようとして、しゃがんだ。
そのとき、ふと視界の端に佐々木さんの姿が映った。
「……あれ?」
下駄箱の前で、佐々木さんが片方の靴を手に持って固まっている。
どうしたんだろう。
「佐々木さん?どうしたの?」
声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。
その表情が、なんだか子どもみたいで、思わず胸がきゅっとなる。
……可愛い、なんて思ってしまったのは、たぶん僕だけの秘密。
「……靴、片方ないかも」
「えっ!? 片方って、どっち?」
「右」
「左はあるんだ?」
「うん。左はいる」
「“いる”って……」
(生き物みたいな言い方だな)
佐々木さんは、困った顔で、下駄箱の奥をのぞき込む。
「……もしかして、昨日の雨で濡れて、乾かそうと思って持って帰った……かも」
「かもって。記憶あいまいすぎない?」
「うん……でも、左がいるから、右もいたはずなんだけど……」
「いや、左がいるからって右もいるとは限らないよ!? 靴は双子だけど、別行動することもあるよ!?」
佐々木さんは、しばらく考え込んだあと、ぽつりと言った。
「……じゃあ、今日は左だけ履いて帰る」
「それはやめよう?いろいろ勘違いされるから!?」
僕は、笑いながら自分の靴を履き終え、佐々木さんの下駄箱を一緒に探すことにした。
「……あった」
「えっ、どこに?」
「隣の子の下駄箱に入ってた。間違えたみたい」
「よかった……じゃなかったら、佐々木さんが片足で帰るところだった」
「うん。ありがとう、助かったよ」
佐々木さんは、靴を履きながら、ふわっと笑った。
その笑顔が、なんだか今日の夕焼けよりも眩しくて、僕はちょっとだけ目をそらした。
(……なんでだろう。急に、胸が熱くなった)
「ねえ、木戸君」
「なに、佐々木さん」
「一緒に、帰らない?」
突然の言葉に僕の心臓は跳ね上がる。
(え、今なんて? 一緒に……? 僕と?)
頭が真っ白になって、言葉がうまく出てこない。
「え、…あ、うん」
僕は、それしか言えなかった。
もっと気の利いた返事、できたらよかったのに。
なんでこんな時に限って語彙力が消えるんだ
「じゃあ、行こ?」
佐々木さんが、何気なく言ったその一言が、
僕の世界を少しだけ変えた気がした。
突然の下校イベントが発生した。
もちろん僕は、女子と一緒に帰ったことはない。
僕の心臓は、今にも破裂しそうだ。




