第4話「佐々木さんとくろまる。」
佐々木さんの髪は長い。
綺麗な黒髪を、左右におさげにしている。
「佐々木さんって、髪長いけど……何センチあるの?」
「1メートル」
……センチじゃないんだ。いきなりメートル単位。
「へぇ……長いね」
「うん。“1メートル”って言いたくて、伸ばした」
なんで!?目的が単位!?
しかも顔がちょっと誇らしげだし……。
「でもさ、長いと大変じゃない? ボブとかにしたことないの?」
「ないよ。切ったことない」
「えっ、一度も?」
「うん。髪の毛って、ほっといても生え変わるし」
それ、動物の毛の理論じゃない!?
「いやいや、髪の毛ってそういうもんじゃ……」
「あと、長いと風になびくから、ちょっと楽しい」
「それ、風と遊んでるみたいだね、髪で」
「うん。たまに、風と会話してる」
「風と会話!? 髪で!? どんな会話!?」
「“今日もいい風ですね”って」
「風に挨拶してるの!?髪で!?」
「……でも、1メートルってすごいよね。何年かかったの?」
「えっと……たぶん、20年、くらい?」
「20年!? 髪の毛、人生の先輩じゃん!」
「うん。私より落ち着いてるかも」
「髪に人格宿ってるの!?」
「うん。たぶん、名前もある」
「えっ、名前!? 髪に!?」
「“くろまる”って呼んでる」
「ペット感すごいな!?」
「だって、長いし、いつも一緒にいるし……」
「いや、確かに一緒にはいるけど!?」
「あと、風と会話するときも、くろまるが通訳してくれる」
「通訳!?髪が!?風語わかるの!?」
「うん。“そよそよ”って言ってた」
「それ、風の音じゃない!?語じゃなくて音じゃない!?」
佐々木さんの顔は、どこか誇らしげだ。
「……くろまる、今日も元気だよ」
「髪のコンディション報告!?朝のニュースみたいに言わないで!?」
「でもね、くろまるが元気だと、私も元気なの」
「それ、完全に依存関係できてるよ!?」
「うん。だから、くろまるが“今日はメロンパンが食べたい”って言ってる」
「髪の毛が!?メロンパンを!?食べたいって!?」
「うん。だから、買ってきた」
佐々木さんは、カバンからメロンパンを取り出した。
……本当に買ってきてる。くろまるのために。
「……それ、佐々木さんが食べるんだよね?」
「うん。でも、くろまるにも見せてあげる」
「見せるだけ!?髪に!?パンを!?」
佐々木さんは、メロンパンをそっと髪の毛に近づけて、優しく言った。
「ほら、くろまる。今日もいい匂いだよ」
佐々木さんは、ふわっと笑って、髪を指でくるくる巻いた。
その仕草が、あまりに可愛らしくて、僕はそれ以上ツッコめなかった。
本気なのか、冗談なのかはわからない。
それでも――僕は、佐々木さんの髪に、ちょっと嫉妬した。
――数日後。
「くろまるがね、最近ちょっと嫉妬してるの」
朝の教室で、佐々木さんは僕にそう言った。
ちなみに“くろまる”は佐々木さんの髪の毛の名前。人格があるらしい。
「嫉妬って……誰に?」
「木戸君」
「僕!?髪の毛に嫉妬されてるの!?」
「うん。最近、私が木戸君と話す時間が増えたから」
「それ、髪の毛が焼きもち焼いてるってこと!?」
佐々木さんは、真顔でうなずいた。しかも、ちょっと申し訳なさそう。
「だから、くろまると木戸君が仲良くなる方法を考えたの」
「えっ、僕、髪の毛と和解しなきゃいけないの!?」
「うん。共存計画」
共存計画。
なんかSFっぽい響きだけど、対象は髪の毛。
僕の人生、どこで分岐したんだろう。
「まず、くろまるに挨拶してみて」
「……お、おはようございます」
佐々木さんの髪の毛に向かって、僕は小声で挨拶した。
誰にも聞かれたくない。これは僕の尊厳との戦いだ。
「くろまる、ちょっと照れてる」
「髪の毛が照れるってどういう状態!?」
「たぶん、静電気」
「それ、物理現象じゃん!?」
「次は、くろまるにメロンパンを見せてあげて」
「また!?髪の毛にパン見せるの!?僕、何してんの!?」
でも、佐々木さんが嬉しそうだから、僕はメロンパンをそっと差し出した。
佐々木さんは、髪の毛に向かって優しく言った。
「ほら、くろまる。木戸君、ちゃんとくれたよ」
「いや、僕があげたんじゃなくて、見せただけだからね!?」
「でも、くろまるが“ちょっと好きかも”って言ってる」
「僕、髪の毛に好かれ始めてる!?」
「うん。これで共存計画、第一段階クリアだね」
佐々木さんは、ふわっと笑った。
その笑顔が、風みたいに僕の心を揺らしてくる。
……髪の毛と仲良くなるなんて、想像もしてなかったけど。
佐々木さんの隣にいるためなら、僕はくろまるとだって手を組む。
――こうして、僕とくろまるの共存計画は始まった。
目指すは、佐々木さんの“いちばん近く”のポジション。
ライバルは、1メートルの黒髪。




