表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

第10話「消しゴムと、消えない安心。」

放課後。

夕焼けが校舎の窓を染めて、僕と佐々木さんは並んで歩いていた。


佐々木さんの習い事の日。

いつもの帰り道。だけど、今日は少しだけ、空気が違っていた。


「……木戸君」


「ん?」


「消しゴムって、便利だよね」


「急にどうしたの?」


「間違えたこと、なかったことにできる。  

誰にも見られずに、そっと消せる」


佐々木さんは、制服のポケットから小さな消しゴムを取り出した。

角が丸くなっていて、少しだけインクの跡が残っている。

何度も使われたその形が、なんだか彼女らしいと思った。


「……私、こんなだから、みんな私のこと変な人だと思ってるの」


「えっ……」


「Wi-Fi猫とか、消しゴム積んでたりとか……。  

“変わってるね”って言われること、よくある」


彼女の声は、夕暮れの風よりも静かだった。

その言葉に、僕は少しだけ胸が痛くなった。


「だから、たまに思うの。  

この消しゴムで、自分の“変なところ”を消せたらいいのにって」


佐々木さんは、消しゴムを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

その表情は、どこか遠くを見ているようだった。


佐々木さんの手の中で、消しゴムが小さく震えているように見えた。

僕は、何か言わなきゃと思った。

でも、言葉がうまく出てこない。


「……でもね」


佐々木さんは、ふと僕の方を見て、少しだけ笑った。


「木戸君は、私のこと普通に接してくれるから……なんか安心する」


その笑顔は、夕焼けよりもあたたかかった。

風が吹いて、彼女の髪がふわりと揺れた。


「……僕は、佐々木さんの“変なところ”が好きだよ」


「ほんと?」


「うん。Wi-Fi猫も、消しゴムの塔も、佐々木さんらしくて……なんか、いいなって思う」


佐々木さんは、少しだけ顔をこちらに向けた。

夕焼けが、彼女の瞳にやさしく差し込んでいた。


「……それ、ちょっと嬉しい」


「よかった」


ふたりの影が、並んで伸びていく。

その影は、まるでふたりの距離をそっとなぞるようだった。


「じゃあ、この消しゴムは……木戸君の“照れ”を消す用にしようかな」


「それ、僕の感情が消去対象になってる!?」


「うん。でも、安心は消さない」


佐々木さんは、ふふっと笑って、消しゴムの側面に小さく「安心」と書き込んだ。


僕はその文字を見て、なぜか胸がじんわりと熱くなった。

それは、消せない気持ちだった。


「……じゃあ、僕も書いていい?」


「え?」


僕は、彼女のペンを借りて、消しゴムの反対側にそっと書いた。


『佐々木さんの“変なところ”は、僕の安心です』


佐々木さんは、目を丸くして、そして笑った。


「それ、ちょっと照れる」


「だから、消しゴムで消してもいいよ」


「ううん。これは、消さない」


――佐々木さんは、変な人かもしれない。

でも、僕にとっては、それが“普通”で、“特別”だった。

そして、今日の帰り道は、いつもより少しだけ、心が軽かった。


僕たちの関係はこれからも続いていくだろう。

変なところも、照れるところも、消しゴムで消さずに、 そのまま残していけたらいい。


たとえ言葉にできない気持ちがあっても、

夕焼けの帰り道みたいに、静かに並んで歩いていける気がする。


そして、僕の心の余白には、これからも少しずつ、 “消したくない気持ち”が増えていくのだと思う。








おまけ。




数学の授業中。 先生が黒板に図形を描いている。

僕は、ノートに三角形を描いていた。

その隣で、佐々木さんは――鉛筆を立てていた。


(……え?)


消しゴム塔の次は、鉛筆。 しかも、シャープペンでもなく、木軸の鉛筆。

机に垂直に、まっすぐに。 指先で微調整しながら、静かに立てている。


(また始まった……)


僕は、ノートの隅に書いた。 「鉛筆塔、第一段。重心、未知。」


佐々木さんは、集中していた。 まるで、空気と対話しているみたいに。

鉛筆は、かすかに揺れていた。 でも、倒れない。


先生が振り返る。 一瞬、佐々木さんの机に目をやる。

そして、何も言わずに黒板に戻った。


(……黙認!?)


僕は、ノートに追記した。 「先生、塔の進化を見守る姿勢。」


佐々木さんは、二本目の鉛筆を取り出した。


(まさか……二本立て!?)


その瞬間、一本目が――倒れた。


カラン。


教室に響く、乾いた音。 先生が振り返る。

佐々木さんは、静かに言った。


「……まだ、風が読めてません」


先生は、しばらく沈黙したあと、ぽつりとつぶやいた。


「……佐々木。次は、風速も計算に入れろ」


「はい」


僕は、ノートの隅に書いた。 「塔、倒壊。風、敵。佐々木、次の段階へ。」


たぶん、今日いちばん高度な物理を使ったのは、佐々木さんだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ