第3節 “ハズレ”の刻印と、動かざる者
《保有スキル:平時調整(分類:支援系/評価:E級未満)》
その一文は、カナスの頭上に文字通り浮かんでいた。淡い魔力の光を帯びて、ゆらゆらと宙に揺れている。
“可視化された評価”という地獄じみた制度は、この異世界でもしっかりと機能しているらしい。
魔族たちの反応は、分かりやすいものだった。
鼻で笑う者、眉をひそめる者、露骨に舌打ちをする者。それぞれの動きはバラバラだが、“見下し”という感情だけは揃っていた。
「やっぱりハズレだな」「また外したのか、最近はツイてないな」「帰還させても無駄だ、燃料代がもったいない」
言葉が好き勝手に飛び交い、耳に入る。それらは感情的というより、業務連絡の一部として発せられているようだった。
カナスはそれを見ながら、スキルウィンドウの表示構造を無意識に分析していた。
フォントは楔形文字風。階層的には“名前・種別・評価”の順。
装飾は最小限。おそらく、視認性重視のUI。魔法で形成されているにもかかわらず、設計思想は妙に“事務的”だ。
《分類:支援系》というのも気になる。
支援系――攻撃でも防御でもない。“戦闘に関与しない”ことの裏返し。
評価はE級未満。つまり、S~Eの一般等級すら与えられていない、という意味だろう。
……なんてことだ。ここでも“評価不能枠”とは。
皮肉にも、かつて人事査定に追われた立場として、彼女はこの構造に**“見覚え”があった**。
「前職と違って、こっちはS~Eで済むだけマシか……」
小さく呟いた声は誰にも届かなかったが、自分だけにははっきり聞こえていた。
魔族たちは、それぞれ自分の持ち場へ戻ろうとし始めていた。
“失望”が“無関心”に変わり、“無関心”が“放置”へと変わるまでの流れは早い。
この手の現象には、どの世界でも“処理速度”というものがあるらしい。
だが、たった一人だけ――動かなかった。
玉座に座する魔王が、沈黙を守ったまま、依然としてカナスを見下ろしている。
彼の瞳は色を持たず、焦点もない。だがその視線には、情報を吸い取るような質量があった。
目を合わせているだけで、何かが“監査”されている気分になる。
カナスはその圧力を、表情一つ動かさずに受け止めていた。
――評価されていない。されていないが、見られている。
この状況を、かつて加納司として経験した場面に重ねるとすれば、それは「会議中の沈黙している役員」だった。
発言しないが、権限を持ち、いつでも鶴の一声を放てる。
その存在は発言者よりも重く、沈黙するだけで場の“方向”を支配する。
つまり、今のこの場で最も恐れるべきは、口を開かない魔王――。
「貴様」
その魔王が、ようやく発声した。音の濁りがない。呼吸がなかったかのように、言葉だけが空間に放たれた。
「“平時調整”とは何だ。説明しろ」
その問いは、質問というより、**“試問”**だった。
誰も彼もが彼女をハズレと切り捨てていく中、唯一“確認する価値”を見い出した者の声だった。
カナスは、少しだけ目を細めた。
「……私自身、完全には理解しておりません。ですが、少なくとも“戦闘では使えない”という意味で間違いないでしょう」
魔族たちの失笑が走る。だが魔王は動かない。
「補足を許す」
「“組織が正常に動いている”状態を維持・再構築する能力――ではないかと。言い換えるなら、“混乱を整理する力”」
沈黙。今度は、誰も嘲笑しなかった。
その言い回しが、魔族たちにとっては“具体的に理解できない概念”だったからだ。
カナスはそれを見越して、説明の深度を調整した。
“平時”という概念が、この戦争社会の中でどれだけ共有されているかは未知数だ。
だが、「混乱の後に何を建て直すか」なら、まだ通じる。
魔王は口を閉ざし、しばし沈思するかのように視線を外した。
まるで思考すらも他者に見せたくない、というかのように。
「ふむ……面白い。ならば――お前のその“平時”とやらを、我が軍に試してみせろ」
命令ではない。“期待”と“挑発”をないまぜにした提案だった。
周囲が「いや無理だろ」と言いたげな空気の中で、魔王だけが“余白”を与えてくる。
これも、どこかで見た構図だった。
“トップの思いつきに振り回される中間管理職”という構図である。
カナスは、深く息を吐いた。
やれやれ、とでも言いたげに、眉をわずかに下げ、言葉を置いた。
「まずは――業務内容の洗い出しと、各部門の役割分担から始めましょうか」
その声は、戦うでもなく、従うでもなく。
ただ、業務命令のメールに対して返すような、**“業務的同意”**だった。