遺影の女
ホラージャンルになります。
ホラーは「夜読むと眠れなくなりますように」と願いつつ書いていますので、怖いのが苦手な方はお避け下さい。
「読んだけど全然怖くない」と、言われるのも悲しいのでお酒下さい。
よろしくお願いします。
「孝子さんが亡くなったって。孝子叔母さん。覚えてる?」
転勤族の親父のせいで親戚付き合いはほとんどなかったのだか、夏休みなどは母親に連れられて俺と妹は、まだばあちゃんが生きていた頃の母親の実家で過ごしてた。
近所には母親の弟一家が住んでいて、叔父さんの奥さんである孝子叔母さん。
豪快な叔母さんの息子のやんちゃな雅史兄ちゃん。その弟の洋二君。
俺と妹は従兄弟たちに連れられて、毎日山や川に連れられて一日中遊んでいたのが夏の記憶。
その孝子叔母さんが亡くなった。
「雅史くんが喪主を務めるそうよ」
。。。
どうしても休みが取れなかった親父以外、あの頃の夏休みと同じように俺、妹、母親と新幹線に乗って斎場に直行。
「おお。祐希、佳奈ちゃん、久しぶり!おばさんも遠いところありがとうございます」
久しぶりに会った雅史兄ちゃんは…田舎のヤンキーがそのままオッサンになった感じ。変わってないなと笑ってしまう。
隣に並ぶ女性と、その女性が抱く赤ん坊に目を向ける。
「あ、これ、ウチのと子ども」
ちょっと照れくさそうに、それを隠すようにぶっきらぼうに紹介する雅史兄ちゃん。
「はじめまして」
お互い簡単に挨拶をする。
デキ婚で式は挙げず籍だけ入れた二人。子どもは最近産まれたと聞いてはいた。
「うわー!可愛い赤ちゃん!」
子ども好きな妹は、赤ちゃんのほっぺをぷにぷにとつついたりしていた。
「ありがとうございます。ほら、こんにちはーって」
おっとりした雰囲気の奥さんもニコニコと応じてくれている。
病気で亡くなった叔母さん。
仕事で夜遅くまで家に戻れない雅史兄ちゃんの代わりに、赤ちゃんを抱えた奥さんが叔母さんの世話をよくしてくれたそうだ。
「いいお嫁さんだな」
「ん…」
「大事にしないと叔母さんに叱られるぞ」
「化けて出るのは勘弁してほしい」
「叔母さんなら出そう」
妹がそう言えばみんなが笑った。
こうやって笑えるのは…叔母さんの人柄だろう。
。。。
葬儀が始まり、全員が焼香を済ませると、叔母さんの棺は隣に併設された火葬場に運ばれた。
これから火葬する準備でバタバタと慌ただしく動く皆んなと違い、俺はやる事もなく邪魔にならないようにタバコでも吸おうと外に出る。
火葬炉がある建物。近くに寄れば、三台ある火葬炉の真ん中は稼働中だった。
田舎の鬱蒼とした樹々に囲まれ、妙に静かで誰もいないこの場所。この中で人が焼かれていると思うと、一人でタバコを吸っているのがちょっと怖くなった。
炉の扉の横には遺影が置かれていて、見ると俺と同い年くらいの若い女性。
「笑った写真なかったのかな…」
今時の遺影には珍しく、真顔で真正面を向いていた。
「おーい、祐希」
雅史兄ちゃんの声がし、そちらを見やる。
ゆっくりとこちらに歩きながら、ズボンのポケットからタバコを取り出す雅史兄ちゃん。
「おー、雅史兄ちゃん。お疲れ様」
「ん〜。バタバタしてて別れに向き合う余裕ねぇわ…」
「仕方ないよ。落ち着いた頃に寂しくなるもんだよ」
「そうだな…」
「叔母さんには世話になったから…。今日来れて良かったよ」
「うん、遠いのにありがとうな…」
ここにきてやっとしんみりした感じになり、あの夏、野山を駆け回ってた頃からずいぶんと月日が経ったもんだと改めて思った。
初めて二人で並んでタバコを吸うのが叔母さんの葬儀とは…
「雅史くん!ちょっと来て、挨拶が…」
探しに来た奥さんが手招きしているのが見えた。
「おー!今行く。悪い、呼ばれたわ。タバコ吸う暇もないわ」
苦笑いしながら走って行く雅史兄ちゃん。
俺も戻るかと、タバコをしまう。
ふと…
なんとなく火葬炉にある遺影に目を向けた。
稼働中の炉の扉の横。遺影の女の目がキョロキョロと激しく動いていた。
瞬間、目を逸らす。
背中に氷水を掛けられたような感覚。全身に鳥肌が立ち、恐怖に包まれる。
あれは誰かを探している目。
…誰を?
この場から離れたいのに足がすくんで動かない。
カタリ…
カタリ…
カタカタカタカタカタカタ…
遺影の方から音がした。
視界に…
白い手がにゅっと伸びてきて俺の肩を掴んだ。
「お兄ちゃん?何ぼけっとしてるの?もうみんな集まってるよ?」
いつのまにかそばに来ていた妹の手だった。
「呼んでもぴくりともしないんだもん」「……あ…あ、ごめん…ごめん」「ほら、戻ろ!」妹の暖かい手が背中を押す。
さっきのは何だった?
遺影の女と目が合ったらと思うと…恐怖で振り返る事は出来なかった。
。。。
叔母さんは右側の炉に入れられた。
俺は一刻も早くその場から去りたくて「ちょっとコーヒー飲み過ぎたみたい。腹痛え…」とかなんとか言ってトイレ行くふりをしてその場から離れた。
正直一人になるのも怖かったが、炉の前には居られなかった。
あの女の遺影が右を向き、満面の笑みだったから。
「悪い、仕事でトラブルがあったらしいから帰るわ」
俺は仕事を理由にここから去る事にした。
妹と母親も夜には帰るとの事で安心する。
「忙しい中来てもらって悪いな。今度はもっとゆっくり遊びに来いよ」
急に帰る事になった俺を、雅史兄ちゃんとその奥さんが斎場の門まで見送ってくれた。
夫婦で並ぶ二人を…
俺はまともに見る事が出来なかった。
。。。
叔母さんの葬儀から3ヶ月しない頃、事故で雅史兄ちゃんが亡くなったと連絡が来た。
その時わかったらしいが、雅史兄ちゃんは浮気をしていたそう。
浮気相手とホテルから出た所に車が突っ込んできたって…
入院中の叔母さんの面倒を奥さんに任せて、子どもの世話もせず、自分は浮気。
うちの母親も妹も…親戚が皆怒っていた。
皆んな「バチが当たった」とか「孝子叔母さんが怒った」とか言ってたけど。
俺はそうじゃないと思っている。
あの日、葬儀場を離れる時。
俺を見送る雅史兄ちゃんの左肩に、嗤いながら雅史兄ちゃんの顔を覗き込んでいる遺影の女が見えていたから。
。。。
俺は仕事を理由に雅史兄ちゃんの葬儀は欠席した。
遺影の女がいたらと思うと…無理だった。
たぶん…あの女は探している。
次に連れて行く誰かを。
拙い文章、お読みくださりありがとうございました。