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22.勇者の襲来

「やってみます!……死なない程度に!」


 自分に言い聞かせるように、最後に背中を押すように。そう言いながら、ヤウルさんが俺たちを守り続けている防御魔法の、その外側に飛び出す。


「弋くん!何してんの!」

「あ、危ないです!戻って、早く!」


 山田さんとヤウルさんの言葉には聞こえないふりをしながら、俺は目元を覆っていた布を外した。露わにした視線をマスヴァラに一直線に向ける。自分を狙えと言わんばかりに現れた標的に、マスヴァラもぎょろりとこちらを向く。飛び交う魔法の中で交わる視線。更科さんに叫ぶ。


「更科さん!お願いします!」

「わかった!カフィさん、手伝います!――炎よ(ファイア)!」


 視界の端で、魔物の集団に炎が飛び込んだのが見えた。カフィさんの魔法にも負けず劣らずの威力に思える。

 更科さんの加勢を受け、マスヴァラはただ突っ立つだけの俺は無視して魔物たちへの指示に集中したようだった。押され気味になったあの数の魔物に細かく指示を出すのは、さすがに片手間でできることではないということらしい。しかしこの間もアリスの魔法は止まることはない。

 ――あと少しか?


炎よ(ファイア)!」


 更科さんが再び魔法を放つ。炎に苦しむ魔物。しかし炎が落ち着けば、魔物たちは無理やりマスヴァラによって何度でも立ち上がる――はずだった。


「――?」


 さっきまでゾンビのように何度も襲いかかってきた魔物たちは、糸が切れたように動かなくなった。マスヴァラもその事態に困惑しているように見える。


「ナン、ダ?」


 マスヴァラはやたらと触手を動かしている。魔法でも使っているのだろうか。しかし魔物が動き出す気配はない。


「ぁ……うぅ……」


 様子が変わったのはアリスもだった。明らかに放たれる魔法の数が減っていっている。


「オマエ、ナニヲ、シタ……!」


 マスヴァラが再び俺の方を向いた。さすがに自分のことともなれば原因の元くらいはわかるらしい。

 そしてついに、魔法を放ち続けていたアリスがふらついたのが見えた。


「更科さん!今です!」


 更科さんにそう叫び、マスヴァラから視線を逸らさないようにしながらもアリスに向かって一直線に走り出す。


「――麻痺(パラライズ)!」


 更科さんの放った魔法は、見事にマスヴァラに命中する。それと同時に、俺に今にも襲いかかりそうだった触手の先まで、全ての動きが目に見えて鈍くなる。

 雷系魔法の応用で、痺れる程度の威力で狭い範囲にのみ放たれる相手の動きを僅かな時間だが大きく制限する魔法。自らを守るものもいなくなった、それなりの大きさの的に当てるのは難しくなかった。それに万が一アリスに当たっても、麻痺(パラライズ)なら命に関わるほどのこともない。

 俺は動けないマスヴァラを横目に、その場に倒れこんだアリスをなんとか腕の中で受け止めた。


「うおおおおお!」


 この様子を見たヤウルさんは防御魔法を解くと、マスヴァラとの距離を一気に詰める。そして腰から引き抜いた剣で仕留めにかかった――のだが、麻痺(パラライズ)を受けてなお、マスヴァラは全身を回転するようにして直撃を避ける。しかし触手の二本が本体から切断された。


「グアアアアア!」


 とどめを刺せなかったヤウルさんは、しかしそれよりもと、お姫様抱っこの形でアリスを抱いたままの俺を守るようにしながら二人でカフィさんの元へ急いで戻った。無事にたどり着いた俺はアリスをカフィさんに引き渡す。


「……、――」


 途中、薄らと瞼の開いたアリスが俺を見て何か言いかけたようだったけれど、そのまま眠ってしまった。


「オノレ、ユル、セナイ!」


 マスヴァラは残った触手を動かし、今度は俺たちに向かって魔法を使った、ように見えた。アリスに使ったものと同じ魔法でも使ったんだろうか。しかし二人だけではなく、俺にすら何も起こらない。


「……その程度の魔法、なんだというんだ!」

「オオ……!」


 もしかすると、俺には魔力はないから元より効くことのない魔法だったのかもしれない。一方、 反応を聞くにヤウルさんたちには本来は効果がある魔法だったようだけど、これは今のマスヴァラでは力不足か何かで二人にも効果が出なかったらしい。

 得意の魔法が効かず、勝ち目のないことを悟ったマスヴァラ。やがて麻痺(パラライズ)の効果も切れたことで、慌てて森の奥へ逃げようとした。


「待て!」


 ヤウルさんは咄嗟に叫ぶが、待てと言われて待つ奴なんていないのはどこの世界も同じこと。しかしヤウルさんにしても今はアリスの方が心配に違いない。それにマスヴァラが二本触手を失っていたからといって、大したアドバンテージになるとも限らない。そして少なくとも山田さんを筆頭に探索部の俺たちでは、正面切って戦ったとしても勝てる確証もない。あえてそのことをお互いに確認することなく、そこにいた全員が逃げ帰るあの目玉を見送ろうとしていた。

 ――その時だった。


「――お前か」


 どこからともなく声がした。どこからともなく聞こえた声に動揺したのか、マスヴァラの動きが一瞬止まった。


「――消えろ」


 声が再び聞こえたかと思うと、森の中へ消えようとしていたマスヴァラの頭上から、ひとつの影が突き刺さる。


「ゥグッ……」


 断末魔とともに地面に押し潰されたマスヴァラ。突然の出来事に唖然とする俺たち。そして影は、立ち上がると人間の姿だった。性別は男、歳は俺と同じくらい――いや、それよりも下、二十歳前くらいに見える。


「勇者……?」


 カフィさんは確かにそう呟いた。

 勇者?あれが例の?

 影はこちらにゆっくり近づくと、マスヴァラの血であろう青い液体に塗れた剣を、そのままこちらに向ける。


「!」


 俺たちは一斉に各々の武器を構える。すると勇者と呼ばれた少年は、不思議そうな顔をする。


「?どうした。君たちは人間種だろう」

「な、何を言ってるんだ?こっちに剣を向けておきながら人間種だとか何を言って――」


 山田さんが言い返すと、ますます不思議そうな顔をする。


「別に君たちに用はない。俺が用があるのはそこにいる魔族たちだけだ」

「……は?」


 次の瞬間。俺の横を、少年が一瞬で通り過ぎた。

 ――キィィィン!

 ばっと後ろを見ると、そこにはヤウルさんの防御魔法。そして少年の剣は、その強固な壁に突き立てられていた。


「ほう。やるじゃないか」

「……ぐっ!」

「なっ、おい何してんだ!やめろ!」


 俺は慌てて少年の腕を掴む。


「――――――!」


 確かに俺が掴んだのは、自分より若いひとりの少年の腕。それなのに、なんだこのおぞましさは!体験したことのない恐怖に駆られ、掴んでいた手を思わず離す。


「なんだ?君も敵か?」

「て、敵?」

「魔物や魔族に味方する者など、敵に決まっているだろう?」


 少年はさも当然という風に言いながら、防御魔法に突き刺さる剣を抜くとそのまま俺に向ける。


「君は人間種の敵か?」

「ち、違うに決まっているだろ!」


 たじろぎながら、それでもはっきりと答える。


「ふん……なら聞くが、この魔族たちは君たちにとってなんだ?仲間か?」

「仲間……そう、仲間!仲間だ!」

「そうか」


 そう言って少年はヤウルさんたちをまじまじと見つめると、急に驚いたように俺に視線を移す。


「君は――いや、違うか――」


 そう少年は呟き、再び、今度はアリスを抱えたヤウルさんたちに尋ねる。


「……この幼い魔族は、さっきの魔族にやられたのか?」

「あ、ああ。そうだ」

「そうか――確かに敵意は無いようだな」


 少年は少し間を置いてから、剣から僅かに残る血を振り払ってから鞘に収める。


「君たちの言葉を信じて、この魔族たちもこの場は見逃すとしよう。――だが忘れるな。人間種にとって魔族は敵だ。もし君たちが人間種の敵となれば、俺は君たちを必ず排除する」


 そう言い残すと、少年は森の中に消えていった。


「な、何だったんだ今の……」


 山田さんは愕然とした様子で零す。まったく、俺も同じ気持ちだ。


「――あれが勇者です」


 ヤウルさんが言う。カフィさんも静かに頷いて同意する。


「見た目だけでは判断がつきませんでしたが、あの魔力の雰囲気は勇者に間違いないです」

「勇者には人間種と違って魔力が流れていると言ってましたが、それですか?」

「はい。それでも魔族か判断はつかないものと思っていましたが……初めて見て確信しました。あれは普通の魔族では()()()()()魔力です。そのうえ、魔力の動きも異常に――はっきりと言えませんが、鋭いというか、とにかく見たことがないものでした」

「ヤウルさんが言うんじゃあ、そうなんでしょう。でも勇者はヤウルさんを殺そうとしていたように見えたんですが……」


 恐る恐るというふうに山田さんが聞くと、ヤウルさんはゆっくり、しかしはっきりと頷く。


「魔王や、その下につく魔物や魔族はその在り方からして人間種の敵であるように、勇者は絶対的に魔族や魔物の敵なんです。私たちのように魔族は全てがそうでなかったり、過去に少し例外もあったようですが、少なくとも魔王や勇者とは()()()()()だと聞きます」

「だからヤウルさんたちを庇った弋くんまで敵だなんて言ってたのか……」

「それもイグルミさんが人間種であることは理解した上で、です。それほど勇者としての()()()というのは強いものなんでしょう。まあ最後に私たちを見逃してくれたのは、理由はわかりませんが幸いでした。たぶんイグルミさんの言葉を信じてくれたんだと、そう信じています」


 ヤウルさんは俺に向かって話すと、「ありがとう」と穏やかな笑顔で言う。実際どうかはわからないけど、とにかく全員が無事でいられたのは紛れもない事実。俺も静かに、ぎこちなくなった笑顔で返す。そして慌てて視線を逸らす。

 ……そう。俺たちは助かったのだ。

 カフィさんに頭を撫でられながら静かに息をするアリスを囲みながら、全員がその結果を見つめる。暫くぶりに落ち着いて流れる時間を、俺たちは全身で感じていた。

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