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21.親というもの

「私たちを操って、それを()()()()()()()ということです」


 ヤウルさんの言葉に、俺は思わず身を乗り出した。


 「そ、その魔族は魔王の手先と言っていたんですか!?」


 驚くヤウルさんとカフィさん、そして山田さんも。山田さんには俺と更科さんが魔王と知り合いであることは話していないからだ。

 魔王。魔王アヴィステラ。人間とはおよそ敵対関係にあると言える魔族や魔物、その王。

 魔王については俺も更科さんも、そしてシェナさんやダロさんも、その強さは十分に知っている。ただその一方で、魔王は魔族に誘拐された俺を助け、あまつさえシェナさんたちと一緒に俺と更科さんの手助けもしてくれている。


「ああ、いや。言ったように、あくまで恐らく、そうだろうという程度です。まさかイグルミさんは、マスヴァラを知っているんですか?」

「いや、その魔族は――全く知りませんが、魔王なんて聞こえたのでつい気になって……すみません」


 おずおずと前のめりだった体を戻す。


「弋くんがそんなに大きな声出すのも初めて聞いた気がするな」

「あはは……すみません」

「別に謝らなくてもいいけど……しかしなあ、魔王なんて――」

「そ、そのマスヴァラって魔族についてもっと聞きたいんですけど!」


 このまま魔王の話が盛り上がって、山田さんに色々突っ込まれるのも良くない。会話の流れがそうなりそうと察した更科さんが素早く軌道修正する。元はといえば俺のミスなので、更科さんに心の中で感謝する。


「ええ、もちろんお話します。ですが、私達も詳しくは知らないんです。具体的にどんな魔法を使って、どんな能力(ちから)があるのかも確実でなく、本当のところはわかりません。ただ見た目については、浮遊する大きな目玉、大きさで言うとちょうどこれくらいだったでしょうか。いや、もうちょっと小さかったかもしれません」


 ヤウルさんはそう言いながら両腕を左右に少し開く。だいたい一メートル無いくらいに見える。ただその大きさの目玉と思うと当然かなり大きい。小さく「気持ち悪……」とは更科さんの言葉。


「その目玉から、先が鋭利になった触手のようなものが何本も伸びていました」

「………………」


 こちらの三人が一斉に想像して、一斉に嫌な顔をした。


「まだ子どもとはいえアリスを洗脳したことから考えれば、魔法はそれなりに使えるんだと思います。私たちほどではないにしても、アリスもそういった魔法への抵抗はある程度できるはずですので」

「簡単に言うと、なかなか強い魔族ということでいいんですかね?」

「そういうことになるかと思います」

「そうですか……」


 山田さんは難しい顔をする。ただでさえ人間種は魔族や魔物よりも弱い、というこの世界。その中でも強い魔族というのなら、常識的に考えればこの世界における人間種や、それと大差ない俺たちにはどうしようもない相手に違いない。


「その魔族を倒すのにはどうすれば?」

「マスヴァラを倒すだけなら、希望的観測でもありますが私たちだけでも十分だと思ってます。洗脳の魔法を使う奴が、自分自身の戦闘力を伸ばそうとは思わないでしょう」

「なら問題はアリスさんですね」

「その通りです」


 二人のやり取りを聞くに、目玉魔族を倒すのにはアリスさんと戦わないといけないということらしい。マスヴァラに操られているのならそうなるだろう。アリスがどのくらい強いかはわからないけど、少なくともヤウルさんとカフィさんは戦いたくなんてないはずだ。


「そこで皆さんにお願いがあります」


 ヤウルさんは俺たちに強く訴えた。


()()()()()()()()()()()()()()()


 ……いま、勇者って言った?

 まあ、そうか。魔王もいるんだから確かにそういう人もいて当然か。そう思いながら頭でその単語を反芻していると、山田さんがちらと俺を見る。

 ………………はっ。俺が魔王という言葉にあれだけ反応したから、勇者という言葉にも同じ期待をされていたのか!

 とはいえ今さらさっきと同じ反応するのもおかしな話。えええ!ゆ、ゆゆゆ勇者ですかあ!と、ひとまず驚いたような顔だけしておいた。


「勇者を紹介してほしいと言われても、別に私たちも勇者に会ったことなんてないですよ?」

「ああ、そうなんですか……」

「勇者は()()()()()()()という国で生まれるんです。私たちはアーウェズトという国から来たんですが、アーウェズトを訪れたなんて話も聞いたことがないです。ただ、どうして勇者なんですか?」

「勇者は――私たちも聞いただけですが、魔族や魔物に対して特別な力が発揮されると聞きます。さらには通常では人間種ができないはずの、魔力を体内に取り込み使うことができるとも聞きます」


 さすが勇者というべきか、特に魔族、魔物特攻能力持ちとは主人公にも程があるってもんではないか。さらには魔族ができて俺たち人間種ができない、魔力を取り込むことまでできるときた。つまりは俺たちなんかより強力な、そしてたぶん、特殊な魔法も使えるという事なわけか……すごいな勇者。拍手喝采。なんなら魔族に足突っ込んでるまである。


「つまり、勇者であれば魔族に勝てるだろうってことですよね。でもそれじゃあ、勇者がアリスさんと戦うことになりませんか?いくらお二人が戦うことができないからって、それはさすがに……」

「……こればかりは仕方がないんです。いずれこのままでは、アリスはあの魔族の、ひいては魔王の手先も同然です。荒っぽい方法でも、どうにか少しでも早く手を打たないといけないんです……あ、そうでした!先代の勇者は、人間種にはもちろんですが、魔族や魔物にもとても友好的だったと聞きますので、きっとなんとかしてくれます」

「………………」


 ヤウルさんは無理やり笑顔を作っているが、声からも苦しそうなのが伝わってくる。

 それもそうだ。勇者がアリスと戦えば、マスヴァラは倒せる。しかしそれはアリスの無事を保証するものではない。ましてやアリスがマスヴァラに操られている以上、生かすも殺すもそいつ次第。勇者が魔族に友好的だろうと、いくら上手いことアリスを傷つけずに戦ったとしても、そんなことは関係ない。マスヴァラが自分の最後にアリスを――ということだって否定できない。それら全てを踏まえた上で、ヤウルさんは勇者に任せることが最もアリスが無事に助かる可能性が高いと判断したということだ。

 その事実を考えれば考えるほど、俺自身もヤウルさんとカフィさんと似た気持ちになっていく。

 すると、更科さんから小さく声がかかった。


「……ねえ、灯哉くん。あの魔族、灯哉くんならなんとかならない?」

「無茶言わないでくださいよ。勇者がどうのって言われてるのに、俺なんて短剣(これ)振り回したって当たりさえしないですよ」

「そうじゃなくて、――」


 更科さんが耳元で囁く。

 その時だった。

 ガガガガ……。

 鈍い音を立てながら、近くの木が倒れた。嫌な予感は、当然のように当たる。


「ミィ……ツ……ケタ……」


 声がした方に一斉に振り向く。そこにいたのはアリスだった。彼女は今も虚ろな目をしたままだ。


「――ナンダ、コイツ、オヤ、イッショ」


 アリスの後ろから彼女とは別の声がした。電波が乱れた放送のような、聞いた人を不安にさせる声。そして現れたその姿を、俺たち三人は確かに初めて見たのに知っていた気がした。

 浮遊する大きな目玉、それから伸びる手足なんだか触手なんだか。まさしく聞いていたとおり。強いていえば、肉感というかが当然ながらリアルで想像してたよりも余計に――。


「キモ……」


 更科さんが代わりに言ってくれた。いずれアリスと一緒にいるそいつこそ、マスヴァラそのもので間違いなかった。

 ただ、今はあいつの見てくれについてをどうこう言っている場合じゃない。


「皆さん、下がって!」


 ヤウルさんと、カフィさんが俺たちの前に立つ。そして素早く、手をアリスとマスヴァラに向け――そのまま動かない。いや、動けない。きっとそれは、攻撃魔法を放つための動作。ただ、マスヴァラはぴったりアリスの後ろから動かず、二人ともそれを自分の子に向かって撃つことはできない。


「ナンダ、?」


 じっと動けないでいる二人に、今度はアリスが手を向ける。その動きに躊躇いは全く見られない。


「――――――」


 それはあの時にアリスが使った、風が刃となって飛んでくる魔法。咄嗟にヤウルさんが防御魔法を張る。魔法の壁には少し傷がついたように見えたけど、それでも攻撃を全て防ぎきった。

 しかしアリスは繰り返し、何度も魔法を放つ。それを全て防ぐヤウルさんの魔法。


「オマエ、ジャマ」


 するとマスヴァラのさらに後ろから、いくつも黒い影が湧いて出てくる。獣の形をしたその魔物たちは、間違いなくその全匹がマスヴァラによって操られていた。

 そしてその内の何匹かが飛びかかる。


「カフィ!」

「うん!」


 ヤウルさんは今も止まない風魔法を防御魔法でふせぎながら、カフィさんが後ろから魔法を放つ。炎魔法だ。

 高温の炎に包まれた魔物は、苦しみながらもそれでも最後には全匹が起き上がる。それはマスヴァラによって無理やり動かされているように見えた。そして再び火だるまになることを知りながらも、そのうえ自らの後方から風魔法が飛び続ける中を、猛然と飛びかかってくる。


「なんなんだよあいつら!これじゃキリがない――でも俺にできることなんてなあ……!」


 結局この戦いを終わらせるには、アリスとマスヴァラ、その両方に勝つしか方法はない。しかもアリスを傷つける訳にはいかない。打開策はなく、ただヤウルさんとカフィさんに守られるだけの現状に山田さんはもどかしさを隠せない。それは俺も、更科さんだって同じだった。


「ねえ、灯哉くん……!」


 俺は言葉に詰まる。更科さんの視線が痛い。

 わかっている。ヤウルさんとカフィさんは、きっと最後までアリスに向けて魔法を放つなんてことはできない。じゃあ今ここで守られるばかりの山田さんと更科さん、そして俺も、たぶん純粋にアリスに()()()ほどの力があるかといえば、そんなことはないはずだ。それをわかっているから、こうして縮こまることしかできていない。そしてマスヴァラがどれだけの魔物を操れるのかもわからない。このままヤウルさんの防御魔法が持ち続けられるのかもわからない――。

 どうやったって、この先に事態の好転は見込めない。つまり俺たちがここで生き延びられることはきっとない。

 ――ただしそれは、このままじっとしていたなら、の話。


「……仕方ないですよね」


 別に俺が何かやったって、結果は変わらないかもしれない。でも、このまま何もしない俺のまま死ぬのは自分自身に納得がいかない。

 俺は覚悟を決めた。


「やってみます!……死なない程度に!」


 俺はそう叫んで、防御魔法の外側に飛び出した。

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