19.お久しぶりです山田さん
「やあヤマダさん。元気してたかい?」
「あはは。それはもう、とてもとても」
例の大きな机を挟んで、シェナさんの挨拶に苦い顔で答える山田さんは言葉とは裏腹に気持ちを隠すつもりはない様子。というか、隠せないほどなのかもしれない。
さて、今日はそんな山田さんと久しぶりに一緒にアーウェズトに来ている。俺と更科さんは毎日のように来ているけど、山田さんは二ヶ月振りくらいじゃなかろうか。
「同僚の私が取引先の方に聞くのも変なんですけど、弋くんと更科さんはしばらくどうでしたか?」
「それは本当に変ではあるね。それにもし悪い評価だったら本人たちを前に私にそれを言えというのかい?」
「……そうですね。すみません」
「まあ結局のところ、そんなことは無いんだけどね。ヤマダさんだってそれくらいわかった上で聞いたんだろう?二人ともちゃんと仕事してくれているよ。毎日のようにギルドに顔を出してくれるし、転移者についての報告もしっかりしてくれる。それこそ最近は問題こそ何もないけどね。ね?」
シェナさんが急にこっちに振ってきたので、「え、ええ」なんてさも何かあるような反応になってしまった。まあ仕事の一環(?)とはいえ直接的に仕事ぽくないこともしていないこともないこともなかったというか、まあしばらくそんな感じだっからね。思わず逸らしてしまった目をすぐに戻したのが山田さんに気づかれていなければいいけど。
そんな山田さんは、シェナさんの言葉に少しだけ口角が上がったように見えた。こっちに来れないながらも実は俺たちのことが心配だったのか、それともシェナさんが真意を見抜いてくれたことが嬉しかったのか。いずれ安心したということだろう。
「ありがとうございます。アーウェズトの様子は二人からも聞いています」
「そうだろうね。それで、今日はそんな平和なアーウェズトに、久しぶりにどうしたんだい?久しぶりなんだから見学でもしていくかい?いや、ぜひしていくといい。久しぶりなんだから!」
「いやあ……」
両肘をついて指を組んで、そこに顎を乗せたシェナさんがにやにやしながら言う。そっと目を逸らす山田さん。
「しばらく顔出せなかったことはスミマセン……。今日も特別な用事があった訳じゃないんですけど、別件が落ち着いたのでやっと来れた感じでして……。それで二人の様子をお聞きするつもりだったんです。でもさっきの話だとそれももう教えていただけたんで、今日はうちの二人が行ったことがない場所に行ってみようかなあなんて……」
◇
「行ったことのない場所ってここですか?」
「そう。アーウェズトは森に囲まれてるけど、この辺りには来てないでしょ?」
山田さんに連れられてきたのは、アーウェズトの南東方面の森。これまでシェナさんとダロさんが一緒の時以外は、どちらかというと北東方面の、魔物や魔族の驚異ができるだけ少ない森にしか入っていなかったので、確かにこの辺には来たことは無かった。ただし見た目については、どこにいっても「森だなあ」という感想しか出てこない。
「ところで弋くん、その目のやつは何?見えてるの?」
山田さんが言うのは俺が目元を隠している布のことだ。そういえば山田さんは知らないんだった。
「あ、はい。いろいろあって着けることになりまして。魔法で見えるようになっています」
「そんな魔法具あんのか!初めて聞いたな。それで、いろいろあったって何が?」
「……強くなるための訓練ですかね」
あながち嘘ではない。
「おお!すごいな!それ、あれだろ。『心の目』ってやつだろ!」
「……はい。そうです」
弋灯哉は、考えることをやめた。
いいなー俺も欲しいなーと楽しそうに山田さんは言いながら、俺たちは森の中を進んでいく。実際のところ、この布は魔法具じゃなくてただの布で、魔法で見えているわけだけれど細かいところは指摘しないでおく。
そして少し木も鬱蒼としだしたところで、更科さんが質問を投げる。
「山田さん、何かこの先にあるんですか?」
「ん?別に何も無いと思うよ」
「「え?」」
想像になかった答えに、更科さんも俺も間の抜けた声が出た。一方の山田さんは足を止め、俺たちに体を向ける。
「いいかい二人とも。俺たちは別に魔物を倒しに来てるんじゃない。俺たちの、イセカイ運輸の商売が何か?それを考えれば、ここの最低限の安全だとかを確保することが俺たちの仕事の一つだ。つまり俺たちは今日、何も無いことを探しに来たんだ」
ま、あったらあったでダロさんに助けでも頼もうかな!と山田さんは笑顔で付け加えた。
俺たちは、シェナさんやダロさんと色々とやっている訳で、仕事への向き合い方はわかっていたつもりだった。それこそギルドの二人からも似たような話はされていた。ただ山田さんの言葉には変に納得した、気がした。
そして俺たちは再び歩き出す。
「さ、そういうわけだ。今日はこうして森の中を見て回ってくから、おかしなことがあったらすぐに報告するように!――そういえば二人とも、というか弋くん、武器が決まったんだね。おめでとう!」
「そうなんです。シェナさんの薦めで決めました」
俺の手には一本の短剣が握られている。刀身の長さや装飾は、転移したばかりの俺を救ってくれたあの時の短剣によく似ている。シェナさんの助言を受けて、ただの短剣じゃなくて魔法具にした。
さっきの山田さんの話じゃないけれど、俺がアーウェズトに来ているのはあくまで仕事であって、客としてアーウェズトに来ている転移者とは違って魔物と戦うとか、そんな目的は確かに無い。でもアーウェズトにやって来たあの日のことを思うと、さすがに自分の身は自分で守るくらいできないと駄目だと感じていた。ましてやこれも山田さんの話の通り、転移者のためにアーウェズトの危険に対処するためにも、戦う力はいずれ必要になることは早々にわかった。この短剣は、きっとその助けとなると信じている。
「更科さんは杖なんだね。お客さんで来てた時からそうだっけ?」
「はい!その時も私、ほとんど魔法しか攻撃手段にしてなかったので、つい自然とこれになってました」
更科さんの杖は、全体が白く塗られた、だいたい一メートルくらいの珍しくもない見た目の杖だ。しかしその持ち手にあたる部分には、五センチほどの赤い宝石のようなものがしっかりと埋め込まれている。
「じゃあ熟練度は相当だね!」
「どうですかねえ?結局使うのって魔法なんで、杖を持ってるだけじゃ上達しないですし……あ!でもこの杖も魔法具で、シェナさんにオススメされたんですけど、魔法の効果が上がる杖なんです!」
「へえ、それはすごい!」
当の本人が言うように、更科さんが魔法を使うのにその杖を選んだのはただの見栄えの話じゃない。ちゃんと杖を使うことで魔法の威力だとか、はたまた精度だとか、俺は詳しくわかんないけど魔法具らしく、物によって色々な効果が付与される。
ただし、アーウェズトにおいて魔法に最適なのが杖という道具なわけじゃなくて、ただ魔法具にとって重要な魔力をより込められ蓄えられる形と大きさで、急な戦闘に備えて肌身離さず持ち歩きやすく、かつそれが過度な衝撃で暴発とかが起きにくいように戦闘に直接は使わない物、というのうな条件で考えたら、シンプルな形状の「杖」になったと、実際はそれだけの話。つまりは俺の短剣でも程度は違えど同じこともできて、少しながら魔法の発動をサポートする能力があったりとか、なかったりとか。
「ん?」
先頭を歩く山田さんがなにかに気づいたような声を出す。
「どうしました?」
「……いや、なんか奥の方で木が倒れたような音がしたような……」
そう言うので耳を澄ますが、仮に本当に木が倒れる音がしていたなら、そう何本も倒れる音が立て続くわけがないなと、ハッとしたところで。
ガガシャ。
「……しましたね」
「でしょ?」
山田さんの気のせいではなかったらしい。
とはいえ事実、そんなことがあるとしたらどんなシチュエーションだろう。
「木の伐採でもしてるんですかね」
「そうだなあ。そんなとこだよなあ」
「どうします?もしそうならお仕事の邪魔しても悪いし、戻りますか?」
「うーん」
山田さんは悩ましい声を出しながらそれにぴったりの悩ましそうな顔をする。更科さんの言う通り、別にこのまま戻ればいいと俺も思うけど、山田さんは何かあるのか悩んだ様子のまま。
すると、奥の方からしていた音が、だんだんとこっちに近づいてくるのがわかった。
「……なんか来てますよね。魔物ですかね?」
「可能性はあるな。二人とも、身を守る準備だけしとけ」
俺たちは武器を構える。その間も、だんだんと音が近づいてくる。
そして、倒れる木の奥から音の正体が姿を現した。
「……エルフ?」
耳の長いその見た目は、俺の知るだけの知識ではそう呼ぶのが一番適していた。まず女の子だろう。年齢は中学生、いや、それよりも幼く見える。ただこっちの世界にはエルフやドワーフなんて種族が存在しない。とはいえじゃあ俺たちと同じ人間、もしくは人間種かと言われれば、エルフとする方が個人的にはしっくりくる。
「………………」
その少女はというと、俺たちの前に現われてからはずっと黙ってそこに立っている。ただ、どこか目が虚ろに見えるのは気のせいだろうか。
「……どうしたの?大丈夫?」
恐らく俺と同じことを感じたのだろう。それは、更科さんが緊張を解いて声をかけたのと同時だった。
「――!待って!その子、様子がおかしい!」
「えっ?」
それまで垂れたままだったエルフの腕が、すっと持ち上がり、そして俺たちを指すように指先が向けられうる。それと同時に彼女の周りに空気の渦ができたように思うと、風が目に見える刃になって飛んできた。風魔法だ。
前に立つ山田さんが手にしていた刀状の武器でそれらを払うが、全てに対応することはできず、いくつかが後ろの俺たちにも飛んでくる。
「――ッ!」
自然と体が動いた。俺は反応に遅れた更科さんが横目に映ると、即座に地面に倒しながら庇うように覆い被さった。
「大丈夫か二人とも!逃げるぞ!」
「はい!更科さん、大丈夫ですか?」
「あっ、うん……ごめん」
俺は更科さんの手を引き上げながら起き上がる。
「こっちだ!」
「はい!」
相も変わらず虚ろな目でこちらを見るエルフの少女は、立て続けに魔法を放つ。正直、魔法はこちらを本当に狙っているのか、というほどに甘い狙いのものばかりだが、如何せん放たれる数が異常で躱し続けられるとは到底思えない。
「――痛ッ」
踏み出した足に鋭い痛みが走り、バランスが崩れた。痛みの元を見ると、足にできた切り傷から血が流れている。更科さんを庇った時か、自分では気づかなかったけど魔法が足を掠めていたらしい。
「弋くん!」「灯哉くん!」
地面に膝をつく俺に、風の刃がいくつも飛んでくる。狙いが甘いのかと思ってたけど、単純に広範囲に魔法を放っていただけなのかもしれない。切り傷から、あの魔法は確かに人間の肉を断つくらいなら容易くやってのけるのは明らかだった。
あれをマトモに喰らえば死ぬ――!そうわかっているのに、足が思うように動かない。何やってんだ!こんな時くらい根性見せろよ、弋灯哉!!
言い聞かせたその言葉に身体が応えたのか、痛みに堪えつつも確かに足は動いた。動いたのだが、とても魔法を躱せるほどの時間が俺にはなかった。ここで終わりか――そう思った時、俺の目の前に突如として壁ができた。透明なそれは、確かに壁だった。魔法の刃はそれに当たると、傷さえつけられずに砕け散った。間違いなく俺を守ったその壁は魔法でできたものだった。
「――こっちです!早く!」
山田さんたちの方向から聞こえた、聞き覚えのない声。要は俺たちが逃げようとしていた先にいる誰かの声だった。
「弋くん!」「大丈夫?歩ける?」
山田さんと更科さんが駆けつけ肩を貸してくれる。俺たちは迷わずに、何も疑うこともなく、疑う余裕もないまま、声のした方に急いで走った。




