表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

zwei

 別れてからひとつの連絡も取っていなかった。もう会うはずのない二人だった。それでも出会えたのは、伝えたこともないバイト先に彼女が通り過ぎたからだ。


 深夜帯の暇な時間、そうとはつゆ知らず、パソコンで発注がてら僕は先輩にこぼしていた。うかつにも別れ際の情けない自分と、彼女への想いと、そして何よりも感謝の思いを。


 彼女の姿に気づいたのは、目の前にあったエスカレータで降りていく頃だった。今でもスローモーションで思い返すことができる。何かを訴えるように半身を返してこちらを見上ながら、下層へと消えていく彼女を。


 あれから数年が経った。僕は故郷を発ち、居場所を東京に移した。


 「こちらを。私からのサービスです」


 バーテンダーが、すっとゴブレットのグラスをカウンターで滑らせた。しゅわしゅわと白い泡が黄金色の液体のてっぺんではじけている。


 「ビール?」「シャンディ・ガフ風味です。少しアレンジしています」


 口をつけると、ビールの苦味を絶妙にジンジャーエールが薄めていて、辛口の炭酸が喉を通っていく。それでいて、柑橘(かんきつ)系の甘い香りが辛さを塗り替えていく。その三変化は、まるで香水のノートみたいだった。


 「サヨナラのキスに変わるものがあってもいいと思いますよ」


 「奇跡を起こせなくてもね」と微笑むバーテンダーに苦笑で応えると、不意にポケットが振動した。スマートフォンに届いたメッセージは久しく連絡を取り合っていない旧友からだった、


-久しぶり。明日の花火大会、今年で最後らしいで。行かへん?


 添付された画像は地元では有名な花火大会の告知だった。大阪南部では言わずと知れた風物詩も今年で見納めらしい。それを見計らったかのタイミングで告げてくるんだから、一生に何度かぐらい勘違いしてもいいだろう。お膳立てが整ったんだと。


-今、東京おるんやけど、明日の昼からでも間に合う?

-場所取り地獄やからな。早朝に車出すからすぐ帰ってこい。誘いたい奴、誰かおる?


 「誘えるなら」と前置きして、僕はひとりの名前を記した。すぐにOK!の返信が来たもんだから、拍子抜けもいいところだ。


 「終電が奇跡の条件らしい」


 残していたシャンディ・ガフを一気に飲み干す。なんてフルーティで後味の良いお酒だろう。それが奇跡でもラスト・キスになっても、この一杯が傍らにいてほしい。


 「明日、お酒飲むと思うんだけど、これと似た缶ビールってないかな」


 思案顔になったと思いきや、屈んで姿を消したバーテンダーはごそごそと漁る音を立てると、姿勢を正すなり、缶ビールをひとつ取り出してカウンターに置いた。


 「ペールエールです。少し味は違いますけど、さっき作ったものはこれを参考にしています。研究用にキープしてたんですけど、持っていってください」


 そう言うと、彼女はすっと伝票のボードを引いて後ろポケットに仕舞い込んだ。


 「お会計、つけときます。また来てくれるでしょう」

 「そのときはおかえりって言ってくれる?」

 「ただいまって言ってくれたら、考えてあげます」


 互いに笑みを送り合うと、鞄を持った僕は颯爽とバーを出て最終の新幹線に向けて走って行った。終電までは残り三十分。間に合うかじゃない。間に合わせてみせる。


 結末への不安と、帰る場所を見つけた安心感。うごめく感情すべてを受け入れながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ