eins
きっかけは何気なく見上げた夜空を目に入れたからだった。
大都会に立ち並ぶ高層ビルを潜り抜けるように、打ち上げ花火が夜空を舞った。バンと音が鳴ると同時にオレンジの光は円を大きくして、やがて青色へと変化して、程なく消えていく。
「菊先にも種類があって、色に応じて呼び方も変わるんだよ」
楽し気に指差しながら屈託のない笑顔を向けてきた彼女の顔は、薄暗がりだったのに今でもずっと憶えている。思い返した教えに従えば、夜空に浮かぶあいつは菊先青ってやつなんだろう。
奇跡を起こしてくれた彼女は、残念だけど隣にはいない。その事実はきっと時間が解決するだろうと思っていた。学生から社会人になって、ずっと流れのままに過ごしてきて、奇跡に応えられなかった僕が今日もここにいる。
「奇跡って、二度、起こると思います?」
立ち寄ったバーのテーブルで頬杖をつきながら、僕はバーテンダーの女性に尋ねた。髪を後ろで一括りにして跳ね上げたその人は、見た目はすごくバイタリティ溢れる感じだけれど、客に向かうときはどこまでも静かに、穏やかに聞き入る。
「確率の問題は私にはわかりません」
小気味良く振ったシェイカーは、グラスと軽い口づけを交わすと透明色の液体を注ぐ。
「ただ、ひとつだけ確実に言えるのは……」
「起こるではなく、起こすから奇跡なんじゃないでしょうか」
バーテンダーの言葉が心臓の奥底まで響いた気がした。僕はグラスを二、三度傾けると、ゆっくりと喉に流し込む。