第38話
その日の夕方。カミラはいつかシントレアに来たときと同じように、荷馬車の荷台に座っていた。身なりはドレスではなく、アルスが町で買ってきたものたち。華美な装飾は一切なく、チュニックとコルセに編み上げのブーツ。アルスはほとんど舗装されているとは言っていたが、まだまだ王城周辺のきれいな舗装とは言い難い。地面の凹凸が直接骨に響いてくるようだった。
馬に乗っていた行商のおじさんが、こちらを振り返った。
「おーい、商家のお嬢ちゃん。今日はそこの宿場町で休んでいくつもりだけどいいかい?」
「はい、もちろんです。お安く乗せてくださり感謝します」
「いいんだよ。それにしても、一人で売り歩いていたなんて、感心だねぇ」
アルスとの作戦会議のあと。カミラはすぐに身分を平民にやつし、丁稚奉公に出た商会の娘ということにして、シントレアを出る行商人の荷馬車にのせてもらい、エミリスワンに向かっていた。この行商人はチュビルワからエミリスワンまで行く途中らしい。
「しかも、あのクレールと知り合いだとは。エミリスワンは国民同士みな顔見知りだと言うが、本当だったんだねぇ」
「はい。クレールおばさんには、いつもミートパイをいただいていました」
「おお、俺も昔はよく食わせてもらってたよ。まだ行商人としては半人前の頃から、よく世話になったなぁ。クレールの旦那とは古くからの付き合いでさぁ」
作戦会議の中で、アルスはこの先近いうちにエミリスワンへとシントレア国王が交渉を差し向けると思うと言った。そのときに、国王が切り札にするのは間違いなくカミラだ。カミラを盾に、ウォルトレスへの密偵を頼まれるか、あるいは最悪の場合、ウォルトレスへの戦争拠点とされるだろう。そうなれば、カミラの存在がある以上、エミリスワンは従わざるを得ない。
(アルスさんは心配してくれたけど、このままならうまくエミリスワンに辿り着けそう)
作戦は端的に、交渉材料にされないようエミリスワンへ脱出してしまうこと。
アルスはカミラとともにエミリスワンに逃げ落ちるつもりだったようだが、カミラにも思うところがあった。そうすると、国王陛下にアルスが共犯だと思われてしまう。だったら今回はカミラ独断の行動だと思われるように、なんとか一人でエミリスワンまで逃げると提案したのだ。
確かに危険ではあるが、戦場で戦うヴィンセントのことを思うと、自分だけ暖かい城の中にいるのは気が引けた。それに、アルスが城にいてくれることで情報のやり取りができるのは大きい。アルスには昔からの知り合いに戦場でも国外でも、どこにでも手紙を出してくれる配達人がいるらしい。その人づてにヴィンセントのいる戦場への手紙も出す予定らしかった。
荷馬車が止まり、宿場町らしいにぎわいが聞こえてくる。カミラは荷馬車から降りると、行商人のほうへ向かう。
「明日は早くに出るから、日の出前に荷馬車に乗っておきな」
「わかりました。今日はありがとうございました。これ、今日の運賃です」
「ありがとうね。うちに嫁に来てくれりゃあ、こんなもん貰わなくていいんだが。うちの息子は……」
また長くなりそうな話に笑顔で相槌を打つ。シントレアに来て以来、こういう井戸端話をする機会もなくなってしまったカミラにとって、どうしても懐かしさが勝ってしまう。
「お嬢ちゃんは、もう嫁ぎ先は決まってるんかい?」
「はい。すみません」
「そりゃあそうだろうね。商会の娘じゃ、引く手あまただろうに。もし嫁ぎ先が嫌になったら、いつでもおいで」
「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、たぶん嫌になることはないと思います」
カミラが笑ってみせると、おじさんもがはは、と大きく笑った。
「えらい度量のある息子に嫁いだんだねぇ。じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
カミラは頭を下げてから、御者が去っていくのを見送った。
(帰ったら、クレールおばさんのところにも行こうかな)
シントレアの国王陛下が自分を探しているだろう状況にも関わらず、まったく危機を感じない。カミラは今回の旅がうまくいくことを確信していた。




