ゲーム終了(一人目)
僕は更に、質問の体で煽り続ける。
「あなた、被害者に悪いなんて思ったこともないでしょう? もう少しで手の届くところにある大富豪人生をドブに捨てるわけがありませんよね? このままあなたがクリアすれば、きっと僕達はあなたの犯罪行為もすっかり忘れて、四日後外に出ることになるんですよね? あ、もしかして今、無事生き延びたら、僕に報復してやろうとか思ってます?」
レオンはギリギリと悔しそうに、しかし掠れるほどのかすかな声で、クエスチョンの都度「そうだ」と呟く。
周囲の、特にクロードの放つ気配が、はっきりと変わった。
逆にアルフォンス君は、わずかに表情をこわばらせる。僕がここで、後顧の憂いを断っておくつもりなのを察したようだ。
実際のところ、仮に二つの魔法を駆使してもレオンが僕に危害を加えることは多分不可能だが、だからと言って不穏分子を野放しにする理由もない。
まだ選定会タイムアップまでは三日と十八時間ほどもある。
同じ弱みを持つ他の犯人二人と、レオンの家族を除けば、緊急性のある洗脳対象は多くても七~八人くらいか。
これなら魔力切れの怖れもなく、十分対処可能だろう。
しかも一人洗脳するごとに、レオンの手勢は増えていく。逃げる側は協力し合いたくとも、誰が味方かも分からない。というより、一緒に逃げているつもりの家族の中に、初めから黒い羊を抱えている時点で完全にアウトだ。何らかの異能持ちの殺人者は、ここにあと二人も紛れているのだ。
日毎に敵が増えていく未来予想図は、まるでゾンビ映画のように絶望的だ。
復讐はもちろんだが、僕達の安全のためにも、レオンはここで削っておく必要がある。
だから今、僕が優先席を譲っているクロードがもしここで許す選択をしても、僕は絶対に見逃さない。
しかしそれは、僕の杞憂だったようだ。
レオンの目論見を知ったクロードから、表情が消えた。
「そうか……お前は、どうあっても……この上に罪を重ねてでも、償いから逃げ切るつもりなんだな?」
「許してくれ! 死にたくない!」
切羽詰まったレオンは、クロードの静かな気迫に怯んだのか、「そうだ」と答えそびれた。
不動ですむところが、無回答で更に二歩追加だ。
「くそおっ!!」
もう、完全な悲鳴だ。
それからは淡々とした作業のように、クロードは質問責めを開始した。
その姿勢は誰が見ても、「自滅するもやむなし」の意図を持った復讐だ。
事実を答えれば良し。答えないならそのまま死ねと言わんばかりに。
ただ、僕が想定するようなトリッキーな出題はない。答えづらくとも、正直でさえあれば答えられる質問だけにして、未来が繋がる余地を残してくれているのは、彼の誠意であり慈悲だろう。
けれど崖っぷちに立たされたレオンは、完全に冷静さを失い、自業自得の失点を重ねていく。
「親父を殺した時、どんな気分だった?」
「後悔してる! 本当に自首するから、もう許してくれ!」
クマ君がまた二歩、いや、更にもう一歩進む。「虚偽の回答」と「嘘」か。本当に救いようがない。
このゲームで最も致命的なのは、パニックに陥ること。今必要なのは、その場しのぎのきれいな言い逃れではなく、醜い本音だ。
ベレニスとヴィクトールの懇願にも、もはやクロードは効く耳を持たない。
チェーンソーの切っ先とレオンの距離はあと数センチ。どう見ても、猶予は終わった。
もはや一回のミスも許されない。
さすがにやりすぎだと、アルフォンス君も見かねて制止に入ろうとした。その手を、僕は引くようにして留める。
これは、ただの一度だけ天が与えてくれた、父親の仇を自ら討てる唯一無二の機会だ。まあ実際に与えてくれているのは軍曹だが、そもそも大元となる殺人の機会を与えたのも軍曹なので、そこは素直に認めたくないところだ。
これは、遺産などとは違って形には残らない、けれど人によっては遥かに価値のある報酬でもある。
それを従弟で友人とはいえ、君が邪魔する権利はない。警察官であっても、止められるものではない。
決断は、彼自身がするべきだ。
そんな思いでじっと見つめる僕を、アルフォンス君は無言のまま見返して。やがて複雑な表情を浮かべ、二人のやり取りに視線を戻した。良心と復讐心と保安と公務と……いろいろなもので揺れた結果、ただ結末を受け入れることを選んだのだろう。
僕は目の前の光景から、まさに夜の女王に復讐を命じられている様を思い起こした。
渡された武器は、ナイフではなく言葉。質問の一つ一つが、仇を追い詰めていく。
よけ損ねて傷を作り、やがてダメージが積み重なっていくように、問いの積み重ねが、標的の命を風前の灯火へと変えていく。
一方でこの展開を目の当たりにしてみて、改めて肝に銘じた。やはり質疑応答形式は、かなり危うい手法だ。他の点でもいろいろと、非常に参考になった。
そこだけは、レオンに感謝しよう。
ここで万が一にも取りこぼすことのないよう、僕はレオンの反応を漏らさずうかがう。
僕はアルフォンス君以外は誰も信じないし、人でなしになる覚悟くらいとうにできている。ここで逃せば明確な敵となる仇を引きずり下ろすことに、もはや何の抵抗もない。
洗脳と転移を持った無反省の人殺しを、同じ檻の中に解き放つなんて真っ平だ。
必要になれば、「今、何回目の質問?」とか、あのクイズ番組でもおなじみの悪意しかない質問を投げかけてやる準備だけしつつ、推移を見定めている。
しかし僕の出題が必要となる機会は、とうとう来なかった。
残り十秒ほどになった時、レオンの表情が、突然何の予告もなく激しい驚愕に染まった。
「な、なんで、お前がっ!? あり得ねえっ! ――まさかっ……まさか、これは全部お前のっ……!!」
正面の騎士クマ君を凝視しながら、出し抜けにわけの分からない発言をし始めた様子は、誰の目にも極限状態で錯乱しているように見えた。
――僕だけは、分かっている。
今、レオンの目に映っているだろう「お前」。
最後の最後で、ゲームマスターの介入だ。
差し当たり、フィナーレを迎えての舞台挨拶と言ったところか。ただし、永遠のお別れだが。
しかし意味が分からないギャラリーは唖然として、その異常な言動に言葉を失い、ただ釘付けとなる。
時間的に最後となるであろう質問は、結局出されることなく終わった。
仮に出していても、きっと現実を見失ったままのレオンの耳には届かなかっただろう。
悲鳴や意味のない言葉の繰り返し。それはあるルールに反している。
――五秒間の沈黙。
こんな結末か。
「ゲームオーバー!!」
クマ君の内の誰かの軽やかな声が響き渡る。「ぶっ殺のお時間よ~!」と楽しそうに言ったのは、ゴスロリちゃんだね。
そして再び、「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」が大音量で奏でられ始める。
はっと我に返り、恐怖と絶望に引きつるレオン。
「う、嘘だろっ!? こんなことで、マジに!? いやだっ! た、頼む、やめてくれっ! 死にたくないっ、やめっ……」
騎士クマ君の足が、前進を始め――。
「ギイ君、ルネさん! 目を瞑っていなさい!!」
僕は咄嗟に叫んだ。
タイマーは、残り二秒で止まっていた。