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あとで

「おい、独占するなよ、アル。時間は限られてるんだぜ。俺だってまだ聞きたいことは山ほどあるんだ」


 すっかりサロンでの出来事に移ってしまった話題に、クロードがクレームを挟んだ。

 確かに今は、クロードを優先させるべきところだろう。レオンの犯行は、図書室でのクロードの父の殺害なのだから。

 アルフォンス君の家族の仇の順番は、まだ先だ。


「……ああ、悪い」


 仇を目の前にした遺族の気持ちが誰より理解できるだけに、アルフォンス君も公務を盾にすることはなく、素直に引き下がった。


 それ以後の流れは、クロードが遺族として疑問に思うこと、知りたいことについての問答が続いた。

 他の面々も、数人は疑問点が出ればその都度口を出してはいるが、半分以上は関わりたくないようで、口を開かず居心地悪そうに見守っている。


 僕は現状で知り得る情報は大体得られたので、そのやり取りを他人事のように観察中だ。


「答えろ」


 クロードは普段の適当な振る舞いに似合わず、疑問点はなあなあにせず、的確に追及する。

 すでに一度吹っ切ったとは言っても、やはり彼の十五年間もそう軽いものではなかったのだろう。

 まして、自分の記憶を書き換えられていたなどという新事実が発覚したとあっては、新たな火種が燃え上がったようなものだ。


 ところで今、クロードの「答えろ」に対して、レオンは問題をすり替えるようなずれた回答をしたのだが、騎士クマ君が無反応だった。命令形だと正確なレスポンスは求められないわけか。

 だったらここは、「答えないのか?」と疑問形にするべきだったな。それに対してうっかり「はい」「いいえ」を言い忘れて話し出したら、無回答でマイナス2ポイントだ。もう可能な限り全部疑問形でいいんじゃないだろうか。


 今のところクロードがメインで、アルフォンス君が時折入る形で進んでいるが、見ていると二人とも、根っこのところが呆れるほど善良だと、思わず感心してしまう。


 理性的で真実追及を本筋とした、実に真摯な態度だ。きちんと本当に聞きたい問いを投げかけ、冷静に返答に耳を傾ける姿勢を持っている。

 ぶっちゃけて言わせてもらえば、仇を前にして随分と人が好い。まあ善良な若者は嫌いではないのだが。


 この舞台では、問いの一つ一つが立派な攻撃だ。

 たとえば、返答が追い付かないくらい矢継ぎ早に質問を出し続けるだけで、無回答が積み重なっていき、世にも凶悪な凶器を手にしたクマ君は二歩ずつ進むのに、せっかくの機会を悪用しようとしない。


 僕だったら最初から報復を主眼に置いて、それこそタイムやらショックやらのクイズ番組も目じゃないテンポで、ガンガン出題を繰り出すところだ。

 事件に関わらない質問だって一向にかまわない。なんなら十日前の夕飯のメニューとか訊いてやる。それこそ朝昼晩間食とローテーションだ。

 そもそもプロデュース側のこのゲームの意図は、明らかに文字通りの公開処刑だろう。


 ちなみによく観察していたら、質問に対して「分からない」の回答は、通用する場合としない場合があった。

 おそらく、本当に知らないか、記憶にはあるが引き出せないかで、判断が変わるのだろう。

 だから、たとえば十日前の食事メニューを問われて「分からない」「覚えていない」は、本人的には本当のつもりでも、実際には経験していることなので、正確な内容を答えない限りは「虚偽」、あるいは質問に対する「無回答」となるわけだ。

 これは想像以上に厄介だ。僕の番が来た時には、細心の注意を払わなければならない。


 度重なる問答の末、気が付けば、騎士クマ君のチェーンソーとレオンの距離は、残り五十センチほどになっていた。これはなかなかにハラハラする展開だ。


「――嘘だろ……? いや、まだ……まだ、大丈夫だよな? お前らも、本気で俺を殺す気なんて、ないだろ?」


 徐々に自分に迫ってくるチェーンソーを目の前にして、レオンもさすがに狼狽えている。

 残り時間は半分をとうに切っているのに、心理的にはゴールが果てしなく遠いことだろう。


 目測でも、許容されるポイントは確実に一桁を切っている。まだ残り三分以上もあることを考えれば、結構な危険水域に差しかかったところだ。

 厳密に事実だけを話すというのは、こんなにも難しいことなのかと、改めて驚く。


 レオンも哀れを誘うような芝居がかった半泣きで頼み込む。


「もう許してくれ。全部正直に答えただろう? これで外に出たら、お前らは俺を警察に突き出すつもりなんだろ? だったらそれでいいじゃないか。もう勘弁してくれよ!」


 確かに、そろそろ手を緩めてやらなければ、レオンの命は保証できない状況ではある。

 ギャラリーの当初の動転も、ようやく落ち着きを見せ始めてきていた。

 もう訊きたい疑問の答えはほとんど引き出せているのだし、これ以上追及すると本当に死なせてしまいかねないんじゃないかという空気感が漂っている。

 悪人とはいえ、さすがに身内の死ぬところなど誰も見たくないと。


 当然、僕はそんな温い結末など認めないが。

 みんな、殺人事件の真犯人の衝撃の告白に気を取られて、重要な点に目が向いていないようだ。

 タイムアップも迫ってきていることだし、彼らにその気がないなら、僕が仕上げをすることになるだろう。


 ただ、人の仇に対して、無闇に出しゃばりたいとも思ってはいないのだ。叶うものなら、最大の被害者が復讐を果たすのが望ましい。

 その基準で言えば、僕の優先順位はクロードやアルフォンス君には劣るだろう。

 必要性が生じない限り、僕は傍観者のポジションでいいのだが、今のこの良識の圧力はあまり好ましくない。少し流れを変えてみようか。


 というわけで、凪ぎかけた水面に、特大の石を投げ込んでやる。


「おや、なんともうまい言い回しですねえ」


 感心したとばかりに褒めてやる。もちろん嫌味だ。


「確かにクロードさんは、無事に外に出たら警察に訴えるでしょう。自白の目撃者も、公務を負ったアルフォンス君含めてこれだけいることですしね。ですが、レオンさん。あなた、罪を償うつもりなんて欠片もないですよね?」

「てめえ、ふざけたことを抜かすな!」


 僕の発言を終わる前から遮るように、焦って割り込むレオン。沈黙の五秒ルール回避のためのフライングもあるが、それ以上に痛いところを突かれたせいだ。


 おや、答えなくていいのかな? ほら、二歩進んだ。正直に「はい」と認めていれば、動かなかったのに。


「ああっ!!?」


 レオンの焦燥の悲鳴が上がる。

 もう誰が見ても、残された猶予はせいぜい四~五歩分といったところだろうか。下手したら、マイナス二ポイントのミス二回でも命取りだ。


 いよいよ後がなくなってきたレオンは、なりふりかまわず、ほぼ愚痴のような独り言を重ねて、五秒ルールを回避し始めた。もう、僕を相手にしている余裕もないようだ。

 言い訳や弁解は危険だが、ほぼ本音が出る愚痴なら、このゲームとは意外と相性がいいかもしれない。


 タイムアップまであと二分半。もうほんのわずかなミスで、超高速で振動する刃が自分に届く場所まで来ている。

 とにかく死に物狂いで繋ぐしかない。まさに命懸けの独り語りだ。

 他の親戚一同も、固唾を飲んで緊迫感の増した状況を見守っている。


 レオンをよそに、クロードは僕に尋ねる。


「コーキ、どういうことだ」

「このゲームに勝てば、彼は『転移』を得るんですよ? そうなったら、触らなければ洗脳できないなんて条件は、何の障害にもなりません。ロックのかかった客室にこもっても無意味です。転移と洗脳。この閉鎖空間においては無敵でしょうね。誰も彼からは逃げられません。そうですよね、レオンさん?」

「――――――そうだっ。 てめえええっ、コーキ!! ふざけんじゃねえぞ!!!」


 飄々と同意を求めるように問いかけた僕に、レオンは噛み付くように認めてから、僕への怒号を上げる。

 不本意ながらもしっかりと肯定したので、クマ君は動かなかった。今更学習しても遅すぎだろう。

 そしてその態度は、明らかに逆効果だ。


 クロードもアルフォンス君も、凍り付くように厳しい表情でレオンに向き直る。


 全員の視線がレオンに集中した一瞬だけ、僕は満面の笑みを浮かべて見せて、露骨に煽った。

 更に喚き声が聞こえるが、僕の知ったことではない。


 洗脳の力を使って、あとで目撃者の記憶を書き換えればいいと思って、高をくくっていただろう?

 だから初っ端から秘密の暴露に、大した抵抗がなかった。

 転移能力さえ手に入れてしまえば、屋敷内のどこに逃げ隠れされようが、全員を容易く捕捉できるのだから。


 荒事に無縁な一般人を、善良で無力な羊とでも思っているんじゃないか?

 そんな都合のいい生き物、いるわけがないだろう。


 敵となると分かっている相手を、法に触れずに排除する唯一無二のチャンスを前に、「あとで」などありはしないのに。ナメすぎている。


 普通の人間にだって、大事なものを守るためなら、残酷な選択はできる。

 人の命より、遺産を大事なものとして選んだ人間がいるように。

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