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「人殺し」

 気を失っていたマリオンが、目を覚ました。

 すでに洗脳は終わっていて、早く確認したかったところなので、それ自体はかまわない。


 問題はその後だ。


「あいつは周りを確認してから、目の前の俺を見てはっきりと『人殺し』と言ったんだ」


 レオンは、渋い顔で述懐する。


「俺の洗脳が、効いてなかった。クロードもおばさんも完璧にコントロールできたのに、マリオンには失敗してた……。ラウルを殺して、完全防御を得たんだと思った。咄嗟に、俺の最大のパワーで眠らせたら、それは何故かちゃんと通用したんだ。だったら、全力でやればなんとかなると思って、今度はもっと強く洗脳をやり直すことにした。だけど、やってる途中で時間切れになっちまった。いきなり機動城の外に放り出されて、周りは軍とマスコミだらけで、もうそれ以上は手が出せなかった。マリオンはすぐ病院に担ぎ込まれて、イネスの証言でそのまま警察に身柄を拘束されて……あとはもう事前の計画通りに押し進めて、運を天に任せるしかなかった。去年、マリオンの記憶からラウルの殺害映像が録れたって聞いた時は、公開情報を確認するまでヒヤヒヤしたぜ。――ああ、それにしても、マジでなんだったんだ、あれは? まだ時間に余裕があったはずなのに……あの時計が遅れてやがったんだ。ツイてなさすぎだろ」


 最後の方は、完全に独り言めいた愚痴になっていた。時間配分を間違えてしまったと悔しがっている。


 この部屋にも、玄関ホールほどではないが、相応に立派な振り子時計がある。

 なんとなくそちらに視線を送ると、何事もなく振り子が揺れている。


 この屋敷にある物は、一見レトロなようでいて、実際は軍曹の超技術の賜物で維持されているようなものだ。

 そんな都合の悪い時を狙い澄まして、偶然時計が狂うとは思えない。

 おそらくその辺でも、機動城サイドから妨害なり嫌がらせなりが入ったということだろうか。

 そう考えると、何も知らない面々が、他の殺人者に見つからず無事生還できたのも、それぞれに何らかの介入があったためだろうか?

 いや、矛盾している。これだけ殺す意志に溢れた屋敷内で、そんな助けるような真似をするか? むしろ殺人者側に追い風を吹かすくらいの方が納得できる。


 しかし、気にはなるが、今はそれどころではなかった。

 こんな重要な考察がどうでもよくなってしまうほど、僕は人知れず激しい動悸に襲われていた。


 いっそショックで、現実逃避的に気でも失いたい気分だ。


 できれば、一生気付かないままでいたかった。

 永遠に分かるはずがないと、この僕が思考すら放棄していたのに。まさか答えを見付ける日が来るとは……。


 マリオンが、何と言ったって?

 周りを確認してから、目の前のレオンを見て、「人殺し」?


 ――ああ、なんてことだ。

 発覚した無情な事実に、思わずめまいがしそうだ。


 これは、あまりにも残酷だ。


 レオンは、大きな勘違いをしている。

 マリオンにとっての「人殺し」とは、父と弟を殺した他の二人を指している。

 おそらくラウルがマリオンを追ったのは、彼だけがまだ人を殺していなかったから。口封じ以上に、殺人のノルマを果たすためだったはずだ。


 そしてレオンが殺したのは、図書室にいたクロヴィス。

 サロンで敵と修羅場真っただ中だったマリオンが、あとからやってきたレオンの犯行を知っているはずがないと、何故気付かない。


 お前を「人殺し」と詰ったわけじゃないんだ。


 マリオンがラウルを殺して得た魔法も、無関係だ。

 洗脳も暗示も防いでなどいない。

 その時のマリオンは、今僕が利用しているこの能力を、使いこなせる状況にはなかった。この力にも、発動に必要な条件はある。


 マリオンへの洗脳は、間違いなく成功していたんだ。

 だからこそ、記憶の証拠映像も見事なくらい、被害者のラウルを惨殺した光景に仕上がっていたし、解除されるまで命令通り、ずっと十四年以上も眠り続けていたんじゃないか。


 その時のマリオンが、「人殺し」と言ったのは――。


 また思考放棄したくなる。いったい何に怒ればいいのか。

 強いて挙げるなら、運命か――。


 それにしても、こんなひどい偶然を起こすなんて、いくらなんでもあんまりじゃないか。

 やはり神などいないと、改めて思い知る。


 目の前で家族を殺された挙句、言い分を聞いてもらう余地もなく十四年も眠らされ続け、やってもいない家族殺しの罪を被せられて、目覚めさせられた時にはすでに正常な精神状態すらも失っていて、そのまま死刑。

 これほどの不条理があっていいものか。


 どうしようもない憤りとやりきれなさが、胸に渦巻いた。

 今更分かっても、後の祭りだ。すでに冤罪で処刑されてしまった。


 だから僕が今、ここにいるのだ。


「コーキさん? 何か?」

「いいえ。何も」


 僕の些細な変化に、アルフォンス君が気が付いた。

 けれど素知らぬ顔で否定するだけだ。表沙汰にできる情報ではない。


 だが内心は激しい怒りに打ち震えている。

 あまりにも、気の毒で理不尽だ。何の落ち度もない。ただひたすらに、巡り合わせが悪かった。


 無自覚なまま、その場で最も言うべきでない一言を口にしてしまったがために、相手の勘違いで全てを失った。

 せめて意識さえあれば、たとえ洗脳をかけられた状態でも、窮地を切り抜ける目はあったのに。

 それを思うと、心の底から悔しい。


 君の真実を、僕の胸に永遠に収めておくのは心苦しいけれど……。

 せめてその無念だけは、今、必ずこの場で晴らすから。


 すでにこの体からいなくなってしまった若い魂に、改めて誓った。


 レオンは別に僕の家族の仇ではない。

 ――けれど、出会ったことすらなくとも、僕にとっては誰よりも近い存在である、君の仇だ。

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