殺し合い
「ふざけてるのか、レオン!?」
犯人をかばっているわけでもなさそうだが、あまりにも意味不明なレオンの言動に、アルフォンス君が眉を寄せる。
「違う、本当に言えねえんだよ!」
イラつくレオンの否定に、クマ君は不動だ。こういう場面でもクマ君判定は便利だな。
無駄なやり取りがエスカレートする前に、僕はさっさと仕切り直す。
「きっとこのゲームの禁止事項か何かなのでしょう。駄目なものは諦めて、話を元に戻しましょう」
こんなところで引っかかっていてはいつまでも話が進まない。一人語りをするには長すぎる十分という時間も、真相の追及をしようと思ったら到底足りない。
犯人を知らない面々からすれば、探し求めてきた答えを前にして断腸の思いだろうが、そこは切り替えてもらうしかない。
悔しそうなアルフォンス君をなだめるように、握った手に力を籠めて目を合わせた。
その視線を受けて、溜息とともに感情を飲み込む様子には、なんとも心が痛む。
彼の人生はきっとこんなことばかりだったのだろうと思うと、これまでの苦労に報いる結末を、どうにか見せてあげたくなる。
アルフォンス君は無理やりにも気持ちを切り替えて、改めて質問をし直した。
「証拠として見せられたマリオンの記憶の映像は、捏造されたものだったということだな。では、本当には何があった?」
質問された以上、レオンは絶対に答えなければならない。こちらも舌打ちをしながら肯定し、証言に戻る。
「実際には、ラウルとマリオンの殺し合いだった。俺はもう遺産がもらえたと思ってたんだが、※※※※……ちっ、あいつらに後で聞いた話では、まだ相続は完了してねえってことだった。相続完了の条件で全員参加が必須ってのはつまり、誰を殺してもいいって意味じゃなくて、全員が殺すか殺される側で立場が確定することだってよ。だから、家族を殺されて、絶対に味方に引き入れられないマリオンは、殺すしかなかったんだろ」
「――殺し、合い……ラウルが……? そんな、馬鹿な……」
アデライドが呆然自失に呻き、そんな様子をレオンは小ばかにしたように笑う。
「証拠映像、見たか? なかなかの傑作だったよな。俺も現物見て、思わずガッツポーズしたぜ。なかなかうまい具合に、ラウルが一方的に殺されたようにできてたろ? あれ、実際にはラウルの手にも、ごついナイフが握られてたんだぜ。視点をずらせば、周りに真犯人達もいたのに、全然分からなかっただろ」
その説明は、自身の仕事の出来を自慢するかのような調子だった。
「俺の洗脳は、イネスおばさんにやったみたいに、思い込ませるだけなら割と簡単だ。でも映像で録れるレベルで記憶をいじるのには、繊細な作業がいる。0の記憶を1にはできないが、10あるのを7とか0とかになら調整できるって感じだな。ラウルの手から凶器を消去したり、都合の悪い部分や音声をカットしたり、とにかく矛盾が出ないように記憶を作り変えたんだよ」
怒りで震えているアルフォンス君の手を、しっかりと握った。もし彼の足が動いたなら、レオンを殴りにいっていただろう。
そこで僕は、気になっていた疑問を投げかけてみる。
「ところで、その洗脳を相手に使う場合の条件といったものはありますか?」
これは確認しておきたい。その内容如何でその『洗脳』とやらの脅威度や対応策が大きく変わる。
本人もそれを分かっているから、詳細は語らずに、むしろ大きく見せるくらいの表現をしていたのだろうが、そうは問屋が卸さないのだ。これまでの話を聞いた限りでは、レオンの魔力量は、それなりに魔法が使いこなせるレベルには達しているようだ。
まあ、今後彼に対応する機会はないだろうが、知っておいても損はないだろう。
問われたせいで、レオンはもはや答えを開示するしかない。恨みがましく僕を睨みながら、吐き捨てるように答える。
「ある」
「具体的にはどのような?」
「相手に触らないと、洗脳はできねえ。解除だったら、離れていてもできる」
「なるほど。疑問が解けたので、僕はもう結構です。他に質問のある方、続きをどうぞ?」
大体想定通りの答えが得られたので、速やかに引いた。内心では憤りを溜め込みながら。
マリオンが十四年以上眠り続けた理由。数か月前に突然目覚めた理由。
やはり全部、この男のせいだった。
かける時は対象に触れていなければいけないが、解除するだけなら、マリオンが隔離状態でもできたのだ。
おそらく僕と同じ結論に達したのだろう。アルフォンス君も、冷静さを保ちながらも射るような目つきで、質問を再開する。
「証拠になった映像が作り物だったというなら、実際には何があった? その犯人達と、マリオンとラウルはどうなったんだ……?」
震えそうな声を押し隠しているのが、隣にいる僕には分かった。
無理もない。殺人鬼の疑いは晴れても、大好きな姉が、互いに凶器を持って殺し合いをしていたという事実は、それはそれでかなりショッキングだ。
同様にアデライドも、全面的な被害者だと信じていた弟が、実際にはむしろ逆の立場であった事実の発覚に、真っ青になっている。
レオンは思い出しながら、再びその当時のことを語り出す。
「あ~、あの時は俺の登場に、中にいた連中がみんな一瞬気を取られたとこだったんだよな。俺もドア開けていきなり見えた光景に、さすがに驚いたし。その隙にマリオンが、止血してたルシアンから離れて、壁に走っていったんだ。で、飾ってあった剣を掴み取った。マイペースな奴だと思ってたけど、なかなか勇ましかったぜ。ナイフを持ってたラウルも慌てて追いかけていって、そのままサシのバトルになった。つっても、どっちも格闘なんて素人だし、お互いに最初の一撃で呆気なく終わったけどな。俺の位置からだと、相討ちに見えたんだよな。ラウルは首で、マリオンは胸か腹辺りに刃がヒットしたと思った。そうしたら同時に倒れて、どっちもピクリとも動かなくなってさ。結局死んだのはラウル一人で、マリオンは気を失って倒れてただけだった」
彼の証言から、その後の顛末を簡潔にまとめるとこうだ。
サロンに残ったのは、気絶したマリオンを含めて、全員が人殺し。
親戚ということもあり、立場を共有したなら話は早い。
ひとまず手を組むことにしてから、最初の課題は、マリオンを殺すか否かだった。
そこで、レオンの能力が洗脳であったことが、マリオンの命を繋いだ。
その時点では、死体は機動城の外に返されないなんてことは知らない。大量殺人の犯人になる人間が必要だという結論に至った。
実際にラウルを殺していて、しかも現在意識がなく、精密な洗脳を今すぐ施せる状況。犯人に仕立て上げるのに、マリオンはうってつけだった。
今後の方針、全員参加を強制しなければならない状況などを確認し合った。
さすがに自分の家族は殺したくないから、味方に引き入れるしかない。納得しないなら、洗脳して人を殺させればいい。
少ない時間で助ける者と殺す者を選別し、いくつかの取り決めをして、他の二人はサロンを出ていった。
それぞれ、残る獲物を探しに、あるいは人殺し仲間を増やすために。
一方、この場に残ったレオンは、マリオンの記憶の改竄に取り掛かった。
マリオンの洗脳が終わったところで、ちょうどイネスがやってきた。
事前の話し合いで、イネスが目撃者役に選ばれていた。出ていった殺人者の一人に、サロンに行くよう誘導されたのだ。
計画通りイネスには、目撃者としての暗示をかけた。
更に最低でも一人、殺す命令を与えようとした時。
予定外のことが起こった。