洗脳
レオンの言葉は、僕にとっては答え合わせのようなものだった。
ああ、やはりそうだったかとしか思わない。
ちなみに『洗脳』系の魔法全般は、かの魔法王国でも使い手はいない。近年民主化が進んで以降、法で徹底して禁止されたという。精神に対する傷害という位置付けだが、ひいては二次被害への拡大や更なる犯罪にも繋がりやすいため、練習しただけでも重罪になる。
なので現在は、少なくとも公的には失われた技術ということになっている。実際のところがどうなのかまでは知らないが。
もちろんアルグランジュでも、仮に使用が発覚すれば厳罰に問われる。
その『洗脳』の魔法が、マリオンが全ての殺人の犯人だとの判決を導いた。
それだけで彼の罪は、家族から見れば万死に値するだろう。
僕の隣にいるアルフォンス君は、青褪めた顔でレオンを鋭く見据えた。
「俺を、その魔法で洗脳したってことか?」
ほぼ無表情になったクロードも、改めて確認を取る。彼の心情も相当に複雑なものだろう。
「そうだ。クロヴィスを殺した直後に、俺の中に魔法の能力が入ってきた感じだった。使い方も息をするみたいに自然に理解できてた。目撃者のお前も殺すつもりだったけど、もう“遺産”は手に入ったし、洗脳も試してみたかったから、事件の記憶と矛盾する部分を消したり書き換えたりして、元通りかくれんぼの途中って設定で追い出したんだ。完璧に成功したのはいいけど、逃がしたのは結局失敗だったな。後になってから、全員が殺すか殺されるか、どっちかをやる必要があったなんて分かったって、遅えって話だよ」
開き直って正直に答えるレオンは、まるで殺さなかったんだから感謝しろとでも言わんばかりだ。
父親が殺された記憶をきれいさっぱり消去されたクロードは、何事もなかったように一人でかくれんぼの続きに戻り、その日初めて入ったつもりの図書室で、父親の遺体を発見した、という流れになるわけか。
全員が巻き込まれかけていた事実が発覚し、何も知らないまま生還した面々に衝撃が走る。
身内であるベレニスとヴィクトールも、もはや言葉もない。
「俺は、親父が殺されたところを、見てたのか……? それを、忘れている?」
呆然と独り言のように呟くクロードに、レオンはルーチンのように逐一「そうだ」と答える。このゲームのルールに大分慣れてきたようだ。
「だとしたら、イネスさんの目撃証言も、お前が記憶をいじったということか?」
そこまで黙って見守っていたアルフォンス君が、クロードに譲ってから初めて、質問を発した。
マリオンを連続殺人犯にした第一の証言。彼にとって、長年崩せなかった厚い壁だった。
その種明かしが洗脳だったなんて、心の底から「ふざけるな」と叫びたいところだろう。
イネスや他数名に行われたのは、切り張りする「編集」とは違う。オリジナルデータに手を加えて「加工」してしまうのだから。
この世界にはトリックに魔法や超常現象が平気で混ざってくるのだから、まったくもって質が悪い。
今更誤魔化しても仕方がないと腹をくくったのだろうか。レオンはしゃべりでの時間稼ぎのためにも、当時の記憶を思い起こしながら新たな証言を続ける。
「そうだ。俺が図書室からこの部屋に来た時には、もうセヴランとルシアンは血まみれで倒れてた。マリオンは、ルシアンの傷口を必死で押えてるとこだった。相続のからくりに気が付いたのは、俺だけじゃなかったんだ。とにかくそこでいろいろあって、イネスおばさんがここに来たのは、全部が終わってからだ。おしゃべりだし、目撃者役にちょうどいいから、俺の洗脳で、マリオンを犯人にするストーリーを暗示で埋め込んだんだよ。ついでに残りの狩りも手伝わせる予定だった。生かすなら、一人は殺させなきゃだし、人手は多い方がいいからな。なのに、マリオンの奴がっ……」
怒涛の情報量に、みんな消化が追い付かず、絶句したままだ。
いろいろ気になるが、特に最後の一言、マリオンがどうしたって? 僕的には一番知りたい情報なのだが。
ともかく一つ一つを解き明かしていくしかない。
真っ先に食いついたのは、やはりイネスだ。
「ちょっと待ってよ! 私の記憶をいじったって、どういうことよ! マリオンがこのサロンで、三人を殺したところをはっきり覚えてるのよ!? それが全部偽物だっていうの?」
「そうだ。あんたは何も見ちゃいねえよ。そう思い込んでるだけだ。ここに来た時には、三人ともとっくに死んでた。記憶装置で読み取りをかけても、そんな記録は一切録れないはずだぜ。見てない以上、オリジナルデータが脳ミソに存在してないんだからな。さすがにバレるから、絶対にそっちの協力は拒否するように暗示もかけといた」
信じられない顔で尋ねるイネスに、レオンはもはや作業のように面倒臭そうに答える。
「じゃあ結局ラウルを殺したのは誰なのよ!?」
痺れを切らして、アデライドがヒステリックに割り込んだ。
「マリオンだ」
「何なのよ! やっぱりそうなんじゃない!」
動かないクマ君を見て、アデライドが憤り、アルフォンス君は硬直した。残念ではあるが、事実は事実として受け止めるしかないところだ。
しかしレオンの言葉には続きがあった。
「だけど、決定的な証拠になったマリオンの記憶は改竄したやつだ。オリジナルのままだと、正当防衛になっちまいそうだったからな」
「正当防衛?」
「マリオンはすでに家族二人やられてたし、それこそ敵の中に一人囲まれて、あとは殺されるのを待つだけって状況だったからな」
「ちょっと待て! その場にまだ犯人もいたのか!? しかも何人も!? 誰だ!? 誰が、父さんとルシアンを殺した!?」
アルフォンス君が、驚きのあまり叫ぶように割って入る。
どうやら犯人逃亡後の描写だと思い込んでいたようだ。それがまさかの、複数の殺人犯と対峙の真っ最中という危険度最高潮のところ、更にレオンという別口の殺人犯も加入という救いようのない状況――改めて考えるとぞっとする。
もう道連れにするつもりか、レオンは何の抵抗もなく口を開く。
「誰が誰を殺したかまでは知らねえけど、少なくともそこにいたラウルか※※※※か※※※※だろ? ――あ?」
口にしたレオンが、一番驚いた顔をしていた。
肝心の人名が、意味のある言葉として音になっていなかった。ご丁寧に、口の動きまで止まっている。それならばと、首や視線を向けようとしても、思い通りにならないようだ。
「※※※※と※※※※だ! くそっ、何で言えねえ!?」
レオンは本気で忌々し気な顔をしている。本人の意思に反する何らかの外部要因で、他の犯人の名前だけ口にできないようだ。せいぜい、ラウルの他に二人いるということしか分からない。
さて、ギャラリーの魔法使用は可となっているから、他の犯人の何らかの能力による妨害か。それともゲームのシステム上、挑戦者本人以外の秘密は明かせない仕様にされているのか。
まあ、僕の予想では後者かな。挑戦者リストを、基本的に読めない字で掲載している点から考えても。
この屋敷で行われることは、全てがショーなのだ。答えがあっさり分かってしまっては、次のゲームが盛り上がらないといったところだろうか。
あるいは、自身の口から懺悔させることが目的なのか。
さっと視線を走らせれば、他の犯人の表情から、かすかに安堵の色が見て取れた。やはり彼らの仕業ではなさそうだ。
今はレオンの番だから、あまり余所見はしないでおこうか。
僕もだが、いずれ、君達の番も来る。わずかに先延ばしされただけだ。