質問
レオンはたった今、盛大にやらかした。自ら掘った墓穴に助走を付けて飛び込んだようなものだ。
自らの殺人を暴露するならするで、せめてやり方というものがある。少なくとも後ろめたさや反省を、嘘にならない範囲でアピールするべきだった。内心がどうであれ。
こんな風に開き直って平然と言うべきではなかった。
周りが親族だらけだと思って甘く考えているのだろうか。この状況下で最悪と言っていい悪手だ。
己の犯した罪に大した罪悪感を覚えてもいないから、こんな簡単なことにも気付かないのだ。
クロードの目の色が変わったことに。
「お前が親父を殺したって? マリオンじゃなくて、お前が、親父を殺したのか?」
ゆっくりと、繰り返し問う。
クロヴィス殺害に関してだけは、現場が違っており、目撃者もいないことから、マリオンの容疑はあくまでも推定だった。
ここにきて真犯人が名乗りを上げた形だ。
「だから、そう言ってんだろ! 後にしろって!」
レオンは明確に認めているのに、数秒後クマ君が二歩進んだ。
「はあ!? なんでだよ!!?」
目を剥くレオン。
嘘ではないから、無回答判定ということか。
なるほど、肯定のニュアンスなどでは駄目なわけだ。回答のすり替ええとみなされたのだろうか。ここは「はい」というきっちりした肯定、あるいは「自分が殺した」と明確な事実で答えるべきだったのだな。
やはり機械判定は厳しい。僕の順番が回って来る前に、もっといろいろな失敗例を見せてほしいものだ。
焦るレオンとは対照的に、クロードの目は冷ややかだ。
「馬鹿か。事実を尋問するなら、今しかねえだろ? 誰が用意したのか知らねえが、自白させるには実に都合のいいゲームだな。事件の真相を犯人の口から直接聞けるわけだ」
クロードがしゃべっている間に五秒が過ぎ、また一歩、騎士クマ君は近付く。レオンの悲鳴が漏れた。
このゲームが一筋縄ではいかないのは、これがあるからだ。
つまり、被害者の遺族が、自供の場にいること。
ただの親戚だったなら、この緊急事態の場だけはとにかく乗り切るように全面協力して、追及は後回しにしようという良識も働くかもしれない。
けれど、家族を殺した憎むべき犯人が、目の前で俎上に載っている事実を知ったのだ。
この瞬間、ただの観客は復讐者へと姿を変え、仇へと牙を剥く。
仮に復讐までは選ばないとしても、事件の真相だけは容赦なく知ろうとするはずだ。
彼も言う通り、犯人の口から事実を知るために、遺族にとってこれほど都合のいいシチュエーションは、二度とない。
ただ、問いかけ続けるだけ――たったそれだけで、事実が明らかになっていき、憎い犯人の命を追い詰めることができるという一石二鳥だ。前のめりにならないはずがない。
この展開になったら、少しでも手心を加えてもらえるよう真摯に反省している風を装って、相手の追及に正直に答え続けるしかないだろう。あまりに遅きに失するが。
無反省で横柄な態度は、復讐心を煽るだけだ。この状況は、復讐者に自分の処刑執行のスイッチを握らせているに等しい。
「分かった、分かったから! 何でも答える! 質問は手短にしてくれ!」
レオンも降参し、クロードに付き合う覚悟を決めたようだ。
「なんで親父を殺した」
当然の質問をする。
バトルロイヤルが裏で勝手に繰り広げられていたことを知らなかった者にとっては、マリオンが犯人とされていた時からの謎だ。
「人を殺したら、技術系の遺産がもらえるって分かったんだよ」
当時のことを、レオンは思い出しながら語り始めた。
思ってもみなかった裏事情の発覚に、知らなかった面々が騒然とする。
驚きに目を見張るアルフォンス君も、今はクロードに質問役を譲ることにしたようで、黙って続きを見守る姿勢を見せている。
レオンの口から、とうとう十五年前の殺人の動機が明かされた。
知っているはずの他の犯人も、驚きを装ってはいるが、いつ自分の名前が出るかと内心は戦々恐々としているだろう。
レオンは初っ端から自供しただけあって、今更誤魔化すつもりもないようで、十五年前のあの日、選定会の残り時間が三時間を切ってからの出来事を、問われるままに答えていった。
以下が、その内容だ。
廊下を歩いてたら、突然壁に飾ってあったナイフが目の前で落ちた。
このままでは手ぶらで帰ることになりそうだし、土産のひとつでも持って帰ろうかと拾い上げたら、脳内にメッセージが流れた。
“人を一人殺したら、技術系の遺産を一つ進呈するものとする”と。
遺産は、殺人の実行直後に“魔法”が先渡しされ、ゲーム完遂後に“設計図”が渡されるということも理解した。
遺産を受け取る方法がようやく判明した歓喜と、実行すべきかというわずか迷い。
考えながら歩いていて、ドアの開いている図書室前を通り過ぎる時、たまたま中にいたクロードとクロヴィス親子が目に入った。
かくれんぼで屋敷中を歩き回るクロードに付き添い中のクロヴィスは、地面に落ちている刀剣に気付き、拾おうと手を伸ばしかけていたところだった。
レオンにとっては、従弟に当たるクロードより叔父のクロヴィスの方が年齢が近いが、これまでの親戚付き合いはなく、最初の印象からお互いに反りが合うとは言い難い相手だった。
性格が正反対だからではなく、むしろ似たタイプであるからこそ反発し合ってしまうという意味で。
そんな相手が、つい先ほどの自分のように遺産の相続方法を知ったら――そう思った瞬間、反射的に行動していた。
「見逃せば俺と同じ情報を得て、敵になると思った。誰かに渡すくらいなら、俺がもらうと決めた」
「ちょっと待て」
その告白で、クロードが矛盾点に気付き話を止めた。
「その場に、俺はいなかったぞ」
クロードは、一人でかくれんぼの鬼をしていて、探しに入った図書室で、父親の遺体を発見したのだ。
しかしレオンの証言は明らかに違っているのに、クマ君は動かない。
「どういうことだ?」
「クロヴィスを殺して、俺がその場で相続した遺産は――いや、もう魔法って言った方がいいか。とにかく俺が手に入れた能力は、『洗脳』だったからだ。強力な暗示と、記憶の改竄ができた」
その言葉に、その場の空気は凍り付いた。
身近にこの能力者がいたら、これほど怖いことはない。