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第一ゲーム

「それではゲームの準備をします!」


 クマ君の宣言とともに、レオンが見えない十字架にでも磔にされかのように、両腕を左右に開いて不自然な感じで停止した。今にも「アイキャンフライ!」とか言いそうなポーズだ。


「あっ、何だよっ、これ!?」


 暴れようとしているようだが、首から下はピクリとも動かない。


「君が次に動くときは、ゲームセットになってからだ!」

「その時生きてるか死んでるかは分からないけどね~。あ、死んでたら動けないか!」

「ふざけんなよっ!」


 レオンは睨みつけて散々に罵るが、クマ君達に効くはずもない。

 それにしてもゴスロリちゃんはやっぱり性格が悪くて愛らしい。


 ――と思っていたら、僕の執事クマ君が何故か僕に顔を向けた。

 おっと、思考が読まれているせいだろうか。

 心配しないでほしい。一番可愛いのは君だよと念を送ると、納得してくれたのかまた顔の向きを元に戻した。

 やはり彼らにはプログラムされた見せかけの個性ではない、心のようなものがあるのだろうか。


 宣言通り、クマ君達はショーの準備を始めるように、それぞれの持ち場に散っていく。

 主に自分の担当の相続人候補の傍へと戻っていった。


 僕の執事クマ君も、今は僕の隣にいる。アルフォンス君のメイドクマ君も。


 ショーの主役となったレオンの正面には、騎士クマ君。

 五メートルほど離れた対面で、見つめ合うように立っている。


 もふもふの右手が前に突き出されると、フッと突然現れたサーベルがその手に握られていた。


「『転移』のアイテム、サーベル召喚!」


 おお、盛り上げるな、かっこいいなと、僕はショーの観客気分で観覧に興ずる。


 ちなみに騎士クマ君は腰に剣を下げているのだが、それはただの飾りらしく、ぶら下がったままだ。

 それだけに、この転移のアイテムとやらは、余計特別感を醸し出している。


 サーベルの切っ先は真っ直ぐレオンの胸に向けられ、しかもヴィ~~~~ンという感じの不気味な低い音を発し始めた。

 どうやら超高速で刃が振動しているらしい。


「お、おい、ちょっと待て、まさか……」


 ここではっきりと形が見え始めた舞台設定に、レオンの顔が強張った。

 答えるクマ君達の声は、相変わらず明るく軽やかだ。


「はい、マイナス1ポイントごとに、一歩ずつ近付いていきま~す!」

「あなたのハートを狙い撃ち!」

「距離がゼロになった時が、ゲームセットなのだ!」

「オ・ダ・ブ・ツよお~!」


 明かされた演出に、その場の全員に緊張や恐怖が走る。それにしても最後のオチはゴスロリちゃん担当になっているのだろうか。


 目の前の光景には、うわあ、と僕も若干引いた。

 いや、さすがにここまで悪趣味とは思ってなかった。

 映画で似たようなシチュエーションを見たことがある気がする。人形の手に握られているのは本物のナイフで、執拗に付け狙い神出鬼没に襲いかかってくるやつだ。


 こっちのは強いて例えるなら、ジェイソンの(クマの)チェーンソー。これほど恐ろしい凶器もそうそうないんじゃないだろうか。


「くそっ、クリアすればいいんだろ!」


 レオンはやけくそのように叫んだ。


 レオンと騎士クマ君の間の頭上に、十分を示すデジタルタイマーが映し出された。

 こちらは親切なのか意地悪なのかは知らないが、アルグランジュの文字だ。いや、やはりプレッシャーをかけるという意味で、悪意の親切か。


 BGMはドラムロールに切り替わり、演出が盛り上がって……。


「では、ゲームスタート!」


 開始の合図とともに、とうとう最初のゲームが始まった。


 タイマーは一ずつ数字を減らし始める。

 そして減っていく黒い数字の隣には、逆に1、2……と、一ずつ増える赤い数字がある。こちらは沈黙時間のカウントで、5になったらマイナス1ポイントということだろう。


「俺は人を殺した!」


 レオンは開始三秒ほどで、いきなり宣言した。


 ああ、やったか――僕は最も期待していた展開に、けれども皮肉な気分で、冷ややかな視線をレオンに向けた。


 クマ君は一歩も動かなかった。


 つまり、事実ということだ。

 周囲が騒然とする中、レオンだけはひと仕事果たしたとばかりに、晴れ晴れとした表情を浮かべる。


「よし、一番の秘密はもう言った。後はしゃべって時間潰せばいいんだろ?」


 自分を取り囲む驚愕や困惑の目など気にもせず、レオンは息子に顔を向けた。


「くそ、だりいな。おい、ヴィクトール。こないだひっかけた女、どうなったんだよ」


 突然まったく関係のない世間話をし始める。さすがのバカ息子ヴィクトールも、唖然とする。


「レオン! そんな話してる場合じゃないでしょ! なんなのよ、さっきのは!?」

「ああ? だから、俺の一番の秘密だよ。もう終わったんだから、お袋も邪魔すんなよ。まだほとんど丸々十分残ってんだぜ。後はだべってる間にゲームクリアだろ?」


 非常識に見える行動に、ベレニスが思わず咎めるが、息子は鬱陶しそうに、それでいて食い気味で答えた。

 相手が発言中も、赤い数字は増えていく――つまり沈黙カウントは取られているのだ。ここは要注意だな。相手の言葉に気を取られている間に、簡単に五秒が経ってしまう。どうやら相槌の類も無効なようだ。


 ところでこのギャラリーを味方に引き込むやり方だが、レオンの言う通り作戦としてはアリだ。

 五秒間の沈黙までは許される。その五秒以内を、会話相手の発言時間に充てることはルールの内。

 一人でしゃべり続けるよりは、相手と会話のキャッチボールで発言を引き出して、自分のネタ切れを防ぎながら時間を稼ぐというのも、しゃべりの素人にとっては一つの方法だ。

 

 ただ、僕ならこの手は怖くて使いたくない。

 レスポンスの時間は五秒しかないのだ。いや、相手が言い終わる頃には考える時間などほとんどない。

 熟考できないまま放たねばならない回答では、必ず粗が出る。

 何度か失敗でもすれば、どんどん迫りくるチェーンソーに冷静な思考は奪われ、回復不能なドツボにはまりかねない。

 しゃべり続ける自信さえあるなら、他者の介入を極力排して、全てを自分の立てたプラン内で、トークの内容を完全にコントロールした方が確実だと思う。


 一人で長く語ればいいだけなら、いっそ落語でも披露してやりたいところだ。しかし一言一句間違えず完璧にやり切るなんて不可能か。僕の記憶の深層にはどこかで見た名人の一席がしっかり残されているわけで、それと比較して間違った部分を嘘とでも判定されたら目も当てられない。

 あるいは落語の登場人物が嘘を吐いた場合はどういう判定になるのだろう? そもそも落語自体が架空の作り話だ。嘘、大袈裟、紛らわしいからこそ面白いようなものじゃないか。そう考えると、このゲームとの相性は最悪だな。

 根本的に、嘘の定義が曖昧すぎて、もうわけが分からない。


 やはり余計な小細工は弄せず、正攻法が結局は一番いいとうことなんだろう。


 レオンはヴィクトールとの対話形式で発言を維持する方法を選んだわけだが、すでに致命的なミスをしている。

 なんでそんな作戦が通るなんて思ったんだろうと不思議になるくらいだ。


「人を殺したとは、どういうことだ。いつ誰を殺した」


 アルフォンス君が、親子の対話に口を挟んだ。

 当然、この流れになるに決まっているのに。彼は警察官としての職責以上に、遺族として、更には冤罪をかけられた家族がいる者としての意識が強いのだから。


「ああ!? テメーの知ったことじゃねえだろ! 黙ってろよ! 警察官の癖に俺を殺す気か!?」


 反射的にレオンが、どの口で言うのかとしか思えない理屈でキレて怒鳴ったが、赤い数字が5にカウントされる前に、騎士クマ君が二歩前進した。

 質問への無回答だ。


「くそ!」

「いつ、誰を殺した?」


 アルフォンス君が、再び問う。


「十五年前に、俺がクロヴィスを殺したんだよ!」


 今度は開き直ったような答えが返った。


「ホントにもう、黙っててくれ! この後でいくらでも教えてやるし、外に出たら自首もするって!」


 苛立ちを叩き付けるように叫ぶ。もちろん後で教える気などあるはずがない。ましてや自首などと。

 ほら、やはり嘘で一歩前進した。と思ったら、もう一歩?


 どうやら嘘に関しては、出た瞬間ではなく、一文が終わるのを待ってからまとめての判定になるようだ。

 今のは、嘘二回分ということか。後で教えないし、自首もしないと。


 しゃべりがひと段落付くまでは動かず、加算だけされていき、言い終わってからまとめて嘘の回数分前進する――となるのかな?

 なるほど。このシステムは、僕にとっては重要になるな。今後の攻略プランを考える上で念頭に置いておこう。


 とにかくこうなるから、自供は最後の最後まで引き延ばすべきだったんだ。

 よく考えないから、行き当たりばったりで更なる次の悪手を指すことになる。

 せめて、悔いているフリだけでもすればいいものを。


 クロードの放つ雰囲気が、少し離れている僕でも分かるほどに、はっきりと変わった。

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