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 僕はこれから、元の名前の「クルス・コーキ」という移住者として、新しい住民管理番号や国民としての権利が与えられることになる。

 体の前の持ち主は、法的には死亡とされるそうだ。いまだかつて、本人の意識が復活した例は記録されていないからだとか。


 異世界を渡って思うのは、剣と魔法のファンタジー世界というのも面白そうではあるが、実際に行くならやはり断然文明社会に限るということだ。チェンジリングは様々な異世界からきているという話だから、ハズレを引く可能性だって十分にあったのだ。

 おかしな特殊能力を持つ謎の危険生物や、日常生活で常時武器を携帯する順法精神の著しく低い世紀末のようなならず者がそこいらにひしめいているような異世界でなくて本当によかった。


 魔法技術の発展に大きく舵を切っている魔法王国というのも、それはそれでロマンだが、このアルグランジュの根幹は高い科学力にある。魔法もあることはあるが、少なくともこの国では科学ほど活躍の場はなく、魔王や妖精のような不思議生物も存在しない。

 そして明らかに日本より優に数世紀分は勝れている。王も貴族もいない民主国家なので、日本人の感覚からしても馴染みやすい社会だ。 

 その意味では、どちらの世界でも戸惑うほど大きな変化はない。


 異世界転移で一番問題になりそうな衣食住問題が、いきなり解決してしまったのもありがたいことだ。

 しかし、定年後ですら仕事を続けるつもりだった僕だ。今はすっかり若返ったのだし、何らかの職には就きたいものだ。こちらの世界で、一体何ならやれるだろう。


 ところで、子供達にお勧めされたライトノベルではおっさんと悪役令嬢が隆盛を極めていたが、おっさんが女性死刑囚に異世界転生した場合、両方のいいとこどりになるのだろうか?

 性別外見年齢が変わったからと、それに合わせて言動を無理に切り替えるつもりもないのだが、こういう場合も拓海君が大好きだった『僕っ娘』に当たるのだろうか。僕は『僕っ娘』なのだろうか? 中身がこれでも、萌えられてしまうのだろうか?

 これといった能力も現時点では特にないが、物語だったらそのうち追放されて、チェンジリングのチートとやらに目覚めたりするところだ。しかし倒すべきモンスターも魔王も、この世界にはいない。とりあえず極悪非道の悪党にざまあするのがマストだろうか?


 僕は、平穏が一番幸せだと思う。


 家族を失ってから、無情な現実を受け入れて、一人で退院したのが、幸喜少年七歳の時。それ以降、半世紀以上何の波風もなく生きてきた。

 ただ平凡に終わるはずだった人生は今、思ってもみなかった大転換を迎えてしまった。


 見上げた空には車が飛び交い、新宿アルタ前のようなプロモーション映像が、頭上にホログラムで見渡す限りに展開している。

 地面には、ムービングウォークに乗った人々が、足も動かさずに移動している。空港などでよく見るあれだ。


 散策のつもりだったが、たまにはこういうのもいいだろう。

 エスカレーターに乗る要領で、僕も行く当てのないままに乗ってみる。


 人通りはにぎやかだが、誰も僕が少々特殊な人間だなどと気付くこともない。実に普通で、安全だ。

 変に注目されたら、気楽に出歩けなくなるところだった。


 気になる何かを見つけるたびにブレスレットに尋ねれば、即座に明快な回答が得られ、不自由することもない。


 時折下心を隠さない若者に声をかけられるが、アラ還男性の枯れた対応でお断りして、観光を続ける。

 どうやら今の僕はモテるようだ――男性に。残念ながら、お相手をしてはあげる気は湧き上がらない。


 まあ僕は順応力には、そこそこ自信がある方だ。見た目通りの小娘ではない。ここの生活にもじきに慣れるだろう。


 そのためにも、現状の把握に努めることが先決だ。


「どこか、落ち着けるところなどは近くにあるだろうか?」


 ブレスレットに尋ねれば、すぐに光学スクリーンの地図が現れ、該当箇所が数点示される。


「公園がいい」


 選択肢の中からリクエストすると、今度はカーナビのような画面に変わった。実に便利だ。本当に大抵のことはこれ一つで解決できそうだ。


 ナビに従い、機能的なビル群の様相を観察しながら、数回道を乗り換えつつ移動する。


 十分ほどで、近未来都市から、緑の光景が増え始めた。まさに緑化都市の見本のようだ。


 やがて目的地にたどり着く。さすがにここからは歩きとなる。


 見るからに計算され尽くした自然が程よくある、快適空間が演出された公園だ。徹底管理されている時点で、決して自然ではないのだが、本物の自然というのは居心地の良さとは共存できないものなのだ。この公園ときたら、虫の一匹も見当たらないのがいい証拠だ。


 子供がはしゃぐ公園も好きだが、こういう散策向けの落ち着いた公園もいい。

 近くのベンチに腰を下ろし、後回しにしていた情報の整理に取り掛かった。

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